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ニュース・コラム

舞踊評論家・日下四郎氏の連載コラム「ダンスレビュー」

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Dance Theater Ludens の新作「1hour before Sunset」:
借景を取り込んで大胆にライヴ感の領域を拡げた 9月16日-19日 4ステージ at ヨコハマ埠頭 象の鼻テラス

日下 四郎 2011年9月26日

日本の伝統的造園メソードに〔借景〕という技法がある。京都の修学院離宮や竜安寺の庭園などに見られる古くからの手法だが、これを 21 世紀の今日、エキゾティックな近代都市横浜の公園埠頭をバックに、しかもダンスイベントの背景として用いた場合、いったいどういうことになるか。これが 今回 ヨコハマトリエンナーレ 2011 連携企画として、岩淵多喜子が提出した Dance Theater Ludens が 試みた新しい演出のポイントである。

そもそもこのダンスグループは、90年代にダンサー岩淵が、ロンドンにあるラバンセンターで、じっくり近代ダンスの技法を身につけて帰国、ほどなく仲間の日本人ダンサーらと語らって結成した舞踊集団で、鍛え上げた身体だけを唯一の武器に、共同作業で作品を構築していくその手法は、はやくからその緻密さとライヴ感で定評を得た。数多いこの国のモダンダンス・グループの中では、情緒を排し動きを客体視する知性の斬り込みで、群を抜く貴重な活動を続けている。

そして今回上演する舞台は、大桟橋と赤レンガ館の中間に位置する〔象の鼻〕と呼ばれるヨコハマ埠頭の一角。それも新しく建てられた3面ガラス張りの海に面したギャラリーで、内部にはかってアメリカの提督が上陸した場所に因んで、〔ペリー〕と名づけられた長い2本の牙を持つ巨大な象の彫刻が置かれている。もっともふつう昼間の時間は、軽食やドリンクなどを注文できるランチカフェとして使われており、各種のイベントの組まれた日にかぎり、閉店後など適宜インテリアを模様替えして使用される仕組みになっている。

ただこれまでオープン以来過去2年と少々、展覧会や小さなコンサート、ゲストを招いてのトークショー、お料理会などが企画されたが、その中にパフォーミングに類する催し物としては、オープニング式典での神奈川県出身のダンサー森山開次の参加や、その後フォーサイスに籍を置く安藤祥子のソロ・ダンスとワークショップがあったぐらいで、まだ本格的にオリジナルな創作ダンスが上演されたためしは1度もなかったようだ。そこへこのたびようやく Dance Theater Ludens の 、4夜にまたがる創作ダンスが、この空間に挑戦する運びになったというわけだ。

サテこの日私はこの〔象の鼻テラス〕を訪ねるのは初めてということもあり、かなり時間に余裕を持って出向いた。到着したのは5時45分。まだあたりは明るく、テラスにはお茶を飲む人たちもいて、開場まであと30分以上もある。やむなく自然の流れでそのまま公園のベンチに座して一息入れていると、折しもこの日は日曜日の夕刻のせいか、海に面したプロムナードは、デートするカップルや、若い娘さんたち、子供連れの若夫婦などでにぎやか。しかしほどなく夕闇が忍び寄って来て、公園の樹木や遠くのビル、また横付けの船の甲板にも明かりが入り、ちょっと絵に描いたような“夕暮れ時”の一瞬がやってくる。するともともと私の好きな近代都市ミナトヨコハマの、オリジナルなエッセンスのようなものが、ジーンと胸の裡から流れ出す。今回 Ludens の新作 「1hour before Sunset」のタイトルも、こんなひと時を指しているのかと、ふとそう思った。

時間でカフェテラスへ引き返す。いつのまにか内部のテーブルはきれいに片付けられ、床に敷かれたリノリュームの周辺には、コの字がたに椅子とマットがセットされて、昼間とは違った〔象の鼻テラス〕が、われらダンス・ファンの來場を待っていた。彫刻とカフェのカウンターを除いた半分がステージで、奥のコーナーには演奏に使われる何台かのマリンバ台が一列に並び、一方それを取り囲む両サイドのガラス壁は、それぞれ中央に大きなドアを目いっぱいにオープンして開演を待っている。