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ニュース・コラム

舞踊評論家・日下四郎氏の連載コラム「ダンスレビュー」

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4月の公演より

日下 四郎 2014年4月28日

【とりふね舞踊舎“舞踏展2014”「献花」(2-3日)&「sai-」(5-6日) 神奈川芸術劇場KAAT】

〔とりふね舞踏舎〕の誕生は、今から20年を越す1992年の出来事で、湘南は江の島での旗揚げ公演〔天文館〕は、ほかならぬ今回の「献花」だった。集団の主宰者である三上賀代は、今は少なくなってきた暗黒舞踏の祖土方巽から、直々の指導を受けた数少ないダンサーの一人であり、同時に代表を受け持つ作家・演出の三上宥起夫も、寺山修司の〔天井桟敷〕の出身という、ある意味歴史的な存在ともいえる。

日本人が生んだオリジナルな現代舞踊とされるブトー。だが、昨今はその将来図や命運が種々論議されているようだ。そんな中にあってこの集団は、主宰の還暦記念と湘南舞踏派結成20周年を掲げて、述べ4日間にわたる公演を地元神奈川県の芸術劇場KAATで実現した。その生命力の要因は、多くのブトー・グループにおいてはとかく軽視されがちな、ダンサーの振付演技性と、それを舞台空間いっぱいに生かして見せる、台本演出との見事な相乗効果にある。

中でも「献花」はその点で結果を出した代表作と言ってよく、他のレパートリーである「私の生まれた日」や、「ひのもと」などに比べても、この1点できわめて高いレベルに達している。したがって初演以来、国内はもちろん、ナンシー、アヴィニョン、ペルミ、ニューヨーク、ミラノ、エジンバラ等々、毎年のように海外のフェスティバルや演劇祭に参加、その都度高い評価を得ているのも充分に頷けるわけだ。

ところで私がこの作品に接したのはかなり遅く、‘10年夏のシアターXでの公演だったが、ほとんど純粋態に近い舞踏ダンスの本質を追求しながら、同時にそれを極限まで高めた演出技法に感激、直ちに評論の筆を執って「ポスト土方に誕生したホンモノのブトー」と記した覚えがある。ただし今回はどうしても所用のため、生での再演チャンスを見逃した。

もう1本の出しもの「sai-」は、〔湘南舞踏派〕の出演を主体とした作品。初演は2年前の〔日暮里d-倉庫〕での発表である。近年三上宥起夫が手掛けている〔寒立馬シリーズ〕のvol.6にあたり、総勢13名の出演者で演じた。このグループは関西での〔平安舞踏派〕と並び、その地区の一般市民をベースに、〔野口体操〕と呼ばれるメソードを加えた実践団体で、いわば母体としての〔とりふね舞踊舎〕に連なる副次的組織としての存在である。

タイトルの「」は「言霊の入れ物をあらわす」(松岡正剛)漢字記号だそう で、外見はただの形のようにみえても、肉体には魂という言霊がびっしり埋められているというメタファーであろう。今回のヴァージョンには振付・造型に三上賀代が加わり、“器としての身体”(三上近著のタイトル)が生み出すもろもろの諸相を、張りつめた静謐と鎮魂の祈りを込めて、1時間にわたって展示した。セットひとつない空間だが、そこには計算されたサウンドと照明の緻密な参画があり、その意味で〔とりふね〕ならではの演出が、ここでも見事に生きていたと言えるだろう。(6日所見)。



【MFY創立75周年パスカル・ザバロの世界19日 オリンピック記念 青少年センター(小)】

MFYというのは、戦前から宣教師である両親といっしょにこの国に在住したペンシルバニア生まれのアメリカ人、エロイーズ・カニングハム女史が発足させた〔青少年音楽協会(MUSIC FORYOUTH)〕の略称。「日本の子供たちに本物の音楽を聴かせたい」という主旨の下に1939年に発足し、戦争で一時中断しながらも戦後まもなく再開、彼女の死(2000)を跨いで今日まで、熱心にその活動を続けている。

その75年記念のプログラムとして、今回は日仏友好コンサートの企画に白羽の矢が立った。登場するのはパリのコンセルバトワール音楽院出身で、フランス人であるパスカル・ザバロ。この新鋭作曲家はその後日本にも留学し、桐朋学園でマリンバと和声法を学んだ知日派で、この日は室内楽ベースの構成で、ポーランド人E・グラブの弾くヴァイオリンをはじめ、ピアノ(及川夕美)、フルート(木ノ脇道元)、クラリネット(田中正敏)、チェロ(松本卓以)、クラリネット(古澤裕治)の演奏で、ソロから合奏に跨る新・近作の数曲を、前後2部に亙って披露した。

いずれの曲も即物的でひねった観念性がなく、楽器の音色をたどっているだけで、情景やドラマ(筋の展開)が生き生きと立ち上がってくるのが特色。いかにもラテン系アーティストの感性が際立っていて楽しい。中で前半はトリの「絶滅動物記」が出色。MFY主催という子供オーディエンスを意識したせいもあろうが、「コスタリカのヒキガエル」「マダカスカルのダチョウ」あるいは「スリランカの蝙蝠」など、いずれも危機に瀕した動物がテーマで、全9曲が巧みにまとめられている。

後半に入ると、全面的に登場してくるのが、サイガ・バレエ団による視覚領域への積極参加である。ハイライトはトップの「Densha Otoko(電車男)」。いかにもIT時代らしく、この日本発の題材がフランスのアーティストによって楽曲化されたこと自体も驚きだが、さらにそれをバレエのイメージに再昇華して振付けた日本人雑賀淑子の才能もシタタカ。

中央奥に演奏用のグランドピアノが置かれ、上手には三角錐型に組まれた銀色布の大きなオブジェが見える。最初にホリゾントには高架電車の走る街の風景が投影され、続いてメールの画面へと変わって、きっかけとなったデートへの誘いの文面が打ち込み。上手の布を操るのは銀色のマスクを被ったコロス役の3女で、その中央から黒タイツの電車男が飛び出して、以後この出会い系のプティ・イストワールが、男のソロとコロスの描写によってフォローされていく。

なおこの公演のフィナーレには、「ずいずいずっころ橋」「あんたがた何処さ」「通りゃんせ」の3曲が、〔Trois Duos Japonai〕と題して、バレエと2重奏の組み合わせで踊られた。MFY創立75周年を記念にとある。以上ちょっとした異色の日仏米合作の催しであった。(19日マティネ所見)

おなじみの架空のペアABには、今回も青少年センターからの帰途、小田急線上をわたる陸橋付近で見かけた。折しも〔パフォーミングアーツ〕について何か意見を交わしているらしい声がきこえた。しかし小生このところ膝の関節を痛めていてノロノロ歩き、おかげで階段を急ぐ彼女らの動きに追いつけず、会話の内容を終りまで聞き取れなかった。そのため今回はレポートはお休みとします。あしからず。



【新国立劇場バレエ団2013/14公演「ファスター」「カルミナ・ブラーナ」オペラパレス】

2011/12シーズン期以来、新国立劇場の第3代芸術監督に就任、以来その任に当たってきた英国人舞踊家デヴィッド・ビントレー。その3期にわたる活動も、いよいよ最終段階に入り、ここのところ掉尾を飾るにふさわしい、新旧・東西の力作が次々と舞台にかけられている。ディレクター、プロデューサー、コリグラファーを一身に受けて立つ、この人ならではの超一級の活躍と称していい。

ピリリと辛味の効いた3月の「トリプリビル」に続き、今月のプログラムは「ファスター」と「カルミナ・ブラーナ」の2本立て。前者は2年まえのロンドン・オリンピックの際、ビントレーが祖国での開催を祝して作ったオリジナルの1幕もので、タイトルはスポーツの精神である「Faster, Higher, Stronger」の冒頭の文字を持ってきたもの。マラソンをイメージして、舞台の左右から無数のダンサーをノンストップで走らせるなど、一見ビントレーらしい才は窺えるが、どうしても表面的で奥がない。お愛想に途中でケガなどさせても、それだけのこと。スポーツとバレエは“真摯さ”で共通するとは言っても、それは次元の違う話では?ともあれビントレーの最新作であり、日本初演である。

逆に後者は新国立劇場ではすでに3度目の登場になるが、2005年秋の初演によって俄然ビントレーの存在が注目を浴び、その後12年6月に芸術参与の資格で再演された。このときはラストテストのような周囲の目線のうちに、直後に当劇場の芸術監督が本決まりになった。そんな経緯からもこれはビントレーの命運を左右した折り紙付きの1本かも。いやいやこれは冗談で、芸術家の勝負はもちろん作品の質にある。

この創作バレエは、振付とともにその切り口と視線がアイロニカルで面白い。もともと19世紀の初めにドイツ南部の修道院で発見され、その後カール・オルフがカンタータとして作曲した中世の詩歌集「カルミナ・ブラーナ」が原作だが、これをビントレーは神学生たちの聖と俗との間に引き裂かれる苦悩と快楽といった物語に焦点を置き、あくまでも地上の存在である人間相のお話しとしてバレエ化してみせた。

音楽にみる修練の主題としての3景は、ここではそれぞれ現代の〔ダンスホール〕〔ナイトクラブ〕〔売春婦〕という環境に置き換えられている。そこへ3人の神学生が迷い込んで“愛”“欲望”“性愛”という生々しい凡欲の渦中に巻き込まれるのだ。オープニングとクロージングでは、あの有名な大合唱のメロディをバックに、〔運命の女神:フォルトゥナ〕が、黒いアイマスクとセミドレス、ハイヒールというコケティッシュなモードで人間を誘い込む。しかし各挿話は決して陰鬱なペシミズムの産物ではなく、すこぶる現世的であちこちにユーモアや風刺を織り込んだビントレーならではの振付だ。それはあたかも彼の敬愛する同郷の偉大な詩人ウイリアム・シェイクスピア(本人ノートより)の、透徹した人間宇宙を垣間見せられるような思いでもある。(20日所見)

日下四郎
日下四郎(Shiro Kusaka)
芸術文化論・ダンス批評・演出
 
本名:鵜飼宏明 京都市出身。
東京大学ドイツ文学科卒業後、東京放送(現TBS)へ入社、ラジオ・テレビのプロデューサーとして数々の番組を送り出す。1979報道制作部長職を経て退社、 故・三輝容子とダンス・シアター・キュービックを設立、13年間にわたりトータル・アッピール展の創作(台本・演出)にかかわる。90年代は淑徳短期大学、日本女子体育大学大学院にあって非常勤講師、主にドイツ表現主義芸術を論じた。現在はフリー・ランス。著書:「モダン・ダンス出航」「太陽と砂との対話」「竹久夢二」「現代舞踊がみえてくる」「東京大学学生演劇75年史」「ダンスの窓から」「ルドルフ・ラバン」(翻訳)など。他に、ビデオシリーズ「日本現代舞踊の流れ」(全6巻)の完成があり、その全テキスト・演出を担当した。