D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.1Just Add Water? Shobana Jeyasingh Dance Company


ロイヤル・オペラハウス
 バレエとオペラの殿堂、ロイヤル・オペラハウス。実はオペラハウスには、メインのオペラ劇場の他に、2つの小劇場があるのをご存知だろうか。

 ひとつは、Clore Studioと呼ばれる、オペラハウス上層にあるリハーサル・スペース。通常はバレエのリハーサルに使用されているが、200人収容可能なこのスペースでは、小規模なパフォーマンスやトークイベントなどが行われることもある。
もうひとつのLinbury Studio Theatreと呼ばれる客席数420の小劇場は、ちょうどメインのオペラ劇場の地下にあり、教育イベントや新作の実験上演、外部カンパニーの公演など、なかなか面白い公演が行われている。


 今回は後者のLinbury Studio Theatreで、英国を代表する振付家の一人、Shobana Jeyasinghによる新作のプレミア公演を鑑賞した。
 インド出身でロンドンを拠点に活躍するJeyasinghは、インディアン・ダンスを基盤に、知的で力強く、エッジの効いたコンテンポラリーの動きやクラシックのテクニックを取り入れた振付で評価の高い振付家で、1995年には大英帝国勲章MBEも受勲している。
 今回の新作、「Just Add Water?」は、いろいろな意味で衝撃的なダンス作品だった。
 まずは、そのテーマである、「食」。あまりにも身近な題材だけに、ダンスという形を通して改めてその問題を突きつけられた体験自体がショッキングだった。


オペラハウス内・通路
 Jeyasinghの問いは、「食をめぐる異文化交流は、我々の時代で最も偉大な異文化交流の成功例といえるだろうか?」というもの。
 アメリカ出身の女性ダンサーは、「私は甘ーいパンプキン・パイが大好き!アメリカの感謝祭を思い出すから」と言って、そのレシピを繰り返し叫んでは攻撃的とも見える直線的な動きを見せ、インド出身の男性ダンサーは、ミント・チャツネへの思い入れを一通り語った後、「でも、レシピはない!」と言ってインド風に手首を曲げて足を踏み鳴らし、客の笑いを誘う。メロディアスな音楽はなく、ホワイトノイズのようなサウンドに被さって発せられるダンサーの台詞が音楽なのだった。
 前述の男女は、タンゴ風のダンスを踊りながら、「パンプキン・パイ」と「パンプキン・カレー」をめぐって口論。「鶏のワイン煮込み」のレシピをフランス語で説明しながら軽快に踊る男に、ベジタリアン宣言をするまでの葛藤を踊る女。あらゆる食べ物をめぐってクレイジーになる姦しい人々を見せた後に、突如訪れる静寂。
 すりおろし器の目のような照明パターンが舞台に映し出され、喋るのを辞めた6人のダンサーたちがその上を這いまわり、絡み合いながら、無言でひたすら踊る。
 少し前まで、恐ろしいまでの食への執着をけたたましく表現していたダンサーたちが、あたかも食材そのものに変身したかのようで、滑稽ながらも哀しさの漂う光景だった。
 食べ物や料理への執着、そうしたものがどれだけ「異文化間の差異」を形成しているかということを散々見せ付けられた後に、異文化の構成要素として提示された個々のダンサーたちが突如として混ざり合っていくさまを見ていたら、絡み合う身体が、鍋にグツグツ沸いた湯の中で躍る米や南瓜に見えてくるような錯覚にとらわれた。一見バラバラの文化を背負い、見た目も大いに異なるように見える我々も、結局は単なる有機体であることに変わりがないのだ。

コベント・ガーデン
 公演が終わって劇場を出れば、インド料理、イタリア料理、ベルギー料理、ケバブ屋にチャイニーズ・テイクアウェイ、オリエンタル・ヌードルショップ・・・ありとあらゆる多国籍なレストランがひしめくコベント・ガーデン。歩く人の顔も、それこそ多国籍。ギリシャ人がフィッシュ&チップスを揚げ、マレーシア人が寿司を握り、イギリス人がケバブをかじりながら歩き、家では和食恋しさに醤油味のものを作ってばかりの日本人の私がモロッコ料理屋でクスクスを食べる―そんなロンドンでは当たり前の光景が、ダンスとなって問いを投げかけてきたことに、改めて衝撃を受けたのだった。
實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。