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ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.15ペットショップ・ボーイズ&ハビエル・デ・フルートス『とても信じられないこと』

3月中は毎日のようにこちらで報道されていた東日本大震災関連のニュースだが、3月後半になると英国メディアは一気にロイヤル・ウェディング関連のニュース一色になった。その早変りぶりに正直はじめはなんだか釈然としないものを感じたものの、人々の熱狂ぶりをみて、いかに人々が景気の良いニュースを求めていたかを改めて思い知った。そんな中、奇しくも〈ロイヤルウェディング〉を登場させタイミングよく話題になった公演が、サドラーズ・ウェルズ劇場で行われた『とても信じられないこと』(The Most Incredible Thing)。以前このコラムでも触れた鬼才ハビエル・デ・フルートス(vol.5参照)が、あのペットショップボーイズとタッグを組んで全幕バレエを手がけるというので、公演前からダンス界を超えてかなりの注目を集めていた。ペットショップボーイズの二人が原作に選んだのは、アンデルセンの同名の童話『とても信じられないこと』。とある国の王が出した、〈とても信じられないこと〉を作り出した者に王女と国土の半分を譲るというとんでもないお触れにまつわる短い物語だ。なんでも〈ロイヤル〉と付くものが旬な時期にぴったりといえばぴったりのテーマだが、ペットショップボーイズがバレエ音楽を手がけるというだけで既に〈インクレディブル〉度は満点。意外性といえばそれはキャストにも当てはまった。摩訶不思議なイメージを見せる時計を作った若者レオに、2008年英国ナショナルダンスアワードでスポットライト賞を受賞し、マシュー・ボーンの『ドリアン・グレイの肖像』のバジル役初演キャストにも選ばれたアーロン・シリス、そして彼に嫉妬するエゴイスティックな軍人カール役に元ロイヤルバレエ団のプリンシパルのイアン・プトフ。ノーブルな役で定評のあったプトフからは想像も付かないサディスティックな悪役ぶりは見ものだった。

中でも見ごたえのあったのは、冒頭の工場のシーン。作業員の人間味のかけらも感じられないメカニカルな動きとエレクトリック音楽が作り出すイメージは強烈で、その後のダンスに期待が高まった瞬間だった。国王のお触れはテレビ中継という形で大きなスクリーンに映し出され、英国の人気視聴者参加型オーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」の形式をとったコンテストの場面も観客に大受け(両方とも台詞付き)。そして、トニー賞受賞で名高いデザイナー、カトリーナ・リンゼイの手がける独創的なデザインの巨大な時計も観客の目を奪った。

しかし残念なことに、これだけの名高い面々を動員し、次から次へと従来のバレエでは考えられない目新しいシーンが展開されたにもかかわらず、2幕、3幕と物語が進行していくにつれ、作品の勢いは失われていった。一見斬新で、その場では面白おかしく思えても、これだけ視覚的にわかりやすい受けを狙った場面・説明を連ねられると、その奥に観客の心に訴えるような物がなかなか見えてこないのだ。これはロイヤルバレエ団の『不思議の国のアリス』でも感じたことだが、もしかしたら、ツイッターやフェイスブックなど、瞬時のレスポンスと広く浅い情報に想像以上に依存している現代人の感覚が、盛りだくさんの斬新な手法で観客の興味をひきつけ、これでもかとわかりやすい説明を与えようとさせてしまうのかもしれない。でも、観客に親切すぎることと、観客の心に何かを訴えることはまったく別のことだ。第一幕でのキャラクター描写や冒頭の工場のシーンの迫力が素晴らしかっただけに、なんだかもやもやとした気分で劇場を後にした。現代における物語バレエの難しさについて改めて考えさせられた夜だった。

實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。