D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

山田マミのやっぱり、パリが好き

山田マミのやっぱり、パリが好き

フランス・パリ在住の山田マミさんが、現地発信の最新ダンス情報をタイムリーにリポート!
ダンスだけでなく、ワイン、フェスティバル、市場などなど、パリっ子たちの日常生活も、
山田マミさんによる独自の視点でお伝えします。動画によるダンス映像の配信も見所です!

map1-2

リヨン・ダンス・ビエンナーレ

偶数年の9月はリヨンのダンスビエンナーレ。

5000人のダンサーたちが街を練り歩く恒例のデフィレは、町を挙げてのお祭り。今まで雨が降ったことがないという。今年から新しいディレクターになったので、どうなるかと思っていたけれど、ばっちり晴れた。リヨンにはダンスの神様が住んでいるのかも?
このデフィレには行けなかったけれど、私の滞在中もお天気が良くて気持ちよかった。まずは、ホテルの窓からノートルダム寺院を拝む。

横を見れば、屋根に煙突がずらり。

中心地はお金持ちの家が多かったからなのか、煙突まで赤煉瓦でできている。パリとは違う景色だ。

会場ではカーテンコールまで撮影禁止だったので、舞台の様子は伝えられないので、ホームページでサクッと見てください。
http://www.biennaledeladanse.com

ビエンナーレ関連イベントで上演されたユヴァル・ピック振り付けの「LOOM」で、素晴らしい踊りを見せてくれた小林円香さん。

マギー・マランの後を継いで、現在はユヴァル・ピックがリヨンの国立振付センターCCNを仕切っています。身体の使い方が半端じゃなくすごくて、うわ~こんなムーブメントができちゃうんだ!って驚きました。

独特の木造の建物。

木漏れ日が優しい建物の中で踊れるなんて、素敵!

ダンスビエンナーレの事務局がある元証券取引場は訪れる価値のある素敵な建物。特に吹き抜けのホールが素晴らしくて、あ〜ヨーロッパだぁと毎回ため息をつく。ビエンナーレ期間中は、手前がカフェで奥にイベントスペースができている。今年は黒いボールのプールだ。木の枠でできているから、温泉みたい。「靴を脱いで」といわれて、温泉気分で浸かってみた。

行きは良い良い帰りはこわいで、入るのはいいけれど、出ようと思ったらボールに滑って出られない。底なし沼にはまった感覚。

一つ一つのボールに言葉が書いてあって、湯船につかりながら哲学に浸る「哲学スパ」。入浴後に係員に感想を聞かれたけれど、日本人の私に理解できるわけがなく、笑ってごまかした。この湯船に浸かりながらの討論会もあるそうで、フランス人って、本当に哲学が好きなのね。
私は背中のマッサージをして、天井を見上げて、ため息ついて、一風呂浴びました。

無料で楽しめるものはまだある。恒例の路上ダンス教室。散歩ついでに誰でも参加できるのが嬉しい。

お母さんだって、踊っちゃう。乳母車の中で子供も踊ってるし。

これは翌日。日替わりなので、今日は別の国のアフリカンダンス。そうか、アフリカンといえどアフリカ広し。いろんなタイプのダンスがあるんだ。

リヨンはフランス第2の都市。それなのに、パリと全然違う。人はピリピリしていないし、変に観光地化していなくて、それでいて見るものがたくさんある。

二つの川が市内を通るというのが良い環境を作っているのかしら?でも、この川のせいで冬は超寒い・・・。

丘の上にあるノートルダム寺院をお参りして、

その少し先にある古代劇場まで足を伸ばした。

織物装飾芸術博物館に行ったら、舞台衣装展をしていた。

オペラの衣装は超豪華。手の込んだ手作りオートクチュールにため息が出る。

あ、見たことのある衣装。マギー・マランの「サンドリヨン」とアンジュラン・プレルジョカージュの「ロミジュリ」だ!

歩行者専用橋のたもとに噴水。おっしゃれ~

そうか、リヨンはフランス語でライオンの事。だからあちこちにライオンのモチーフがある。

あ、日本の電車みたい。横長の椅子につり革。それに超きれい。
そういえば、道路にもゴミはほとんど落ちていないし、バスも電車も新車みたいにきれいだし、臭くない。掃除が行き届いているからなのか、住民のモラルなのか。パリジャン、少しは見習ってよ!

市内を走るバスは、パンタグラフ付き。環境に優しい交通機関を使用するところに、リヨン市の姿勢が感じられるけど、これも原子力発電のおかげかぁ。2重連結のバスがガンガン走ってる。

光の祭典が大々的に行われるリヨンだけあって、夜のイルミネーションが素敵!

リヨンでは偶数年にダンス、奇数年に現代アートのフェスティバルが行われている。隔年だからビエンナーレ。ビエンナーレ自体のホームページはややこしいけれど、日本語ホームページを見つけた!
http://jp.rendezvousenfrance.com/ja/events/65394
この中のシネダンスのビデオ必見!参加できなかったのが残念。

タダで見学!

「タダ」という言葉ほど響きが美しく、そして怖いものはない。

毎年9月中旬の週末は「歴史的建造物公開日」。これはヨーロッパ各地に広まっていて、この日のためのツアーも用意されているらしい。美術館の入場料もバカにならないから、この日に無料で見学しちゃおうということだ。美術館がタダなのも魅力だけれど、普段入れないところに入れるというのは価値がある。大統領官邸とか、大使館とか。で、そんな建物がたくさんあるパリは恐ろしいことになっている。2時間待ちは当たり前。タダの恩恵に被るためには、サンドイッチ持参、飲み物持参で気力と体力がモノを言う。そんなのかったるいから、今年も人混みを避けて、パリを避けて、たまたまいたクレルモン・フェラン市の地味なところを目指した。並んでまで見学する気力はない。

外観は全く普通の家なのに

チャペルがあり

天井画まである入り口

ドアを開ければこの通り。ルイ王朝風寝室

マリーアントワネットのヴェルサイユ風寝室

サロンには噴水まである

お食事はこちらでございます。

外観からは予想でできない内装に驚いた。

お天気が良ければ彫刻のあり中庭でお茶でもどうぞ。

ちなみにここに宿泊することもできるそうで、ご興味のある方は下記へどうぞ。

一軒のフツーの家をここまでルイ王朝風に改造してしまう人たちの熱意に驚きを受けて、翌日もフレンチカルチャーを見学しに出かけた。予約なしで入れる建物を選んだ。列を作らず、濃厚な説明を受けるコツは、午後一番のガイド付き見学に参加する事。回を重ねると、ガイドが疲れて説明が短くなる・・・

ここは県の文化事業局DRAC。昔のお屋敷を買い取ったそうで、石の建物なのに見事な曲線の外観に、ほ~。隣の汚い外壁を隠して広がりを見せる装飾は、山がないのにそれを想像させる石庭のフランス版みたいだ。

中に入れば、見事なだまし絵。フランス人って結構パロディ好き?

でも、隣のサロンは超豪華

金で囲まれた彫刻は四季を表すとかなんとか、解説員の話に耳を傾ける。フレンチカルチャーで育っていない私には、ほぉ~、ふ~んの連続。

中庭はさすがにフランス式庭園。こんな環境で仕事してみたい。

勢いついて、隣町まで行ってしまった。
ここクレルモン・フェランはキリスト教の歴史としては由緒のある街で、ローマ法王が1095年に訪れているのは、街の誇り。昔はクレルモンとモンフェランという二つの街があって、宗教戦争に負けてモンフェランはクレルモンに吸収合併されて、現在のクレルモン・フェランになったのだとか。クレルモンのガイドと、モンフェランのガイドの説明に微妙に食い違いがあって面白い。モンフェランのガイドは吸収されたなんて言わないもの。街の中心地がクレルモンに移ってしまっても、プライドは捨てない。この辺りがオーヴェルニャ(クレルモン・フェランはオーヴェルニュ県にあり、ここの住民をオーヴェルニャと言う)は頑固だというわれる所以かな。
このモンフェランは中心地から外れたために、家賃が安い=低収入者が住む=治安が悪い、と言われているけれど、観光客の私から見れば中世そのままの面影が残る街並みがレトロで素敵。車1台がやっと通れるほどの道にそびえ立つ教会。

なんで時計が赤いんだろう?ガイドに聞くのを忘れた・・・

中に入れば過去の栄華を容易に想像できる装飾に唖然。王室とかなり深い関係があったのだそう。剥げ落ちた壁画は、修復予算が出ない街の財政なのか、県や市が価値を見いださないからか。きっちり修復したら観光の目玉になりそうなんだけどなあ。

見事なステンドグランス。パリのサントシャペルに負けてない。

本堂の横の小さな部屋。ここには何か重要なものがあったらしいのだけれど、フランス革命の時に反王朝派に壊されてそのまま今日に至るのだとか。革命は1789年だから、200年以上放ったらかし。ここに何があったのかもわからないんだって。革命の爪痕を間近に見るとは・・・。200年がぶっ飛びましたね。

このマリア像もかなり古いものらしい

教会近くのメディシスの庭。黒い壁が不気味。

この中には、アダムとイヴの彫刻が埋め込まれている建物があって、今でも人が住んでいるそうな。いつ建てられたのだろう。200年以上前なのかな・・・住んでみたいけれど、ちょっと怖いな。
パリとは全然違う雰囲気の歴史的建造物見学。なんかぁ、ずっしりきました。

山田マミ プロフィール

幼少よりダンスを始め、80年代はアメリカに没頭するが、今は亡きダンス・ア・エックスでローザスの「オットーネ・オットーネ」を観て、ヨーロッパの歴史の深さに圧倒され、フランスに移住。しかし、言葉の壁に阻まれ、英語圏への脱出を計画。ところがその矢先、腹ぺこで歩いていた私に「ヴォワラ、マドモアゼル」と林檎を差し出してくれたおじさん。レストランに仕入れる林檎が1個足りなくなってもいいのかしらと心配しつつも感動!もしかしたらフランス人ってすっごく優しいかも?脱出計画は一挙に吹っ飛び、フランス定住を即決める。住んでみたら奥が深いフランス生活。1年が2年になり、、、あっという間に13年。住めば都のフランスはパリで、納豆と豆腐を食べ、中華街でベトナム麺をすすり、日曜日はマルシェで季節の野菜と魚を買い、時に日本のカボチャを育て、楽しく過ごしております。

 
map1-2