D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.10英国ロイヤルバレエ団『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』

 
 
 長かった暗い冬が終わり、ようやくロンドンにも春がやってきた。特に今年は、ここ30年間で最も寒い冬だったそうで、雪が珍しいロンドンで大雪が続いたり、3月に入っても真冬並みの寒さだったりとなかなか厳しい冬だったから、私も今年は例年以上に春を心待ちにしていた。
 
 
   
 春といえば、日本ではまず梅や桜などのピンク色が連想されるかもしれないが、英国の春の色はなんと言っても黄色である。3月中旬からあちこちで黄色い水仙が顔を出し、スーパーマーケットなどでも、イースターを祝う黄色を基調にしたデコレーションがあふれる。黄色は、寒くて暗い冬を耐え抜いた人々の心を明るくする、希望の色なのである。
 
 
 
 待ち焦がれた春に対する人々の喜びを反映するかのように、ロイヤルバレエ団のスプリング・シーズンの幕開けを飾ったのは、明るさに満ち満ちた『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』。日本では『リーズの結婚』としておなじみの作品は、収穫の秋という設定ながらも、メイポール・ダンスやのどかな田園風景が春の喜びを髣髴とさせる、フレデリック・アシュトン卿の傑作である。全幕バレエとしては珍しく、姫や王子、妖精や魔法などが一切登場しないこの作品は、小さな村に暮らす素朴な農民たちの暮らしを描いたもので、フランスの田舎が舞台になってはいるものの、実に英国的なバレエでもある。また、親の許しを得られない若い恋人同士という『ロミオとジュリエット』と同じテーマでありながら、重々しいドラマは一切起こらず、軽快でコミカルなほのぼのした物語というのも、この季節にふさわしい。

 今回、唯一プリンシパル以外でリーズ役にキャスティングされ、ロールデビューを飾ったのは、このコラムでも何度も取り上げているファースト・ソリストの雀由姫。この日は、同じくロールデビューとなったブライアン・マロニーがコーラス役を務めた。
 
 
   
 
 
 リボンのサポートでのアラベスクのプロムナードなど、小道具を使用した難しい場面の多いリーズ役。リボンを使った「あやとり」の場面ではリボンに結び目が残ってしまうなどのハプニングもあったが、雀はパ・ド・ドゥ、ソロともに非常に安定しており、特にアシュトンの振付特有のひねりの効いた上半身の動き、複雑でありながら弾むように軽いポワントワーク、そして音楽と戯れているかのような絶妙な間のとり方などによって、雀の持ち味がアシュトン作品によって存分に発揮されることを証明してみせた。
 
 
   
             
   
 また、テクニックに加えて雀が観客を魅了したのは、その演技力である。リーズ役に要求される演技力は相当なもので、まず第一に、リーズ役はお姫様や妖精、神話的な役とは根本的に全く違う。リーズは現実に生きる生身の女性であり、恋する女でありながら結婚生活がどんなものかを現実的に把握し、恋の妄想に浸りながらも働く手を休めないような、堅実な女性。かつ、牧歌的な環境で伸びやかに育ったおおらかさ、陽気さなどを表現しなければならない。これまでクラシック作品では神秘的な役を踊ることが多かった雀だが、今回のリーズ役ではじめて見せたコミカルな演技やマイムも、演技過剰になることなく、観ているだけで自然に笑みがこぼれてしまうような好感の持てるものだった。特に2幕でのコーラスとの結婚生活を想像するマイムでは、雀が見せる新たな一面を前に、客席でどっと大きな笑いが沸いた。

 雀由姫は今月下旬、同じくアシュトン振付の『シンデレラ』でも他のプリンシパルを差し置いてシンデレラ役に抜擢され、主役デビューを飾る予定になっていることからもわかるように、吉田都に次ぐアシュトン・ダンサーとしての素質を認められ、現在バレエ団内外から相当な期待が寄せられている。『シンデレラ』の舞台を最後に吉田都はロイヤルバレエ団を退団するが、これからはこの日本出身の雀が、英国を代表する振付家アシュトンの作品を踊り継いでいくことになるに違いない。
   
             
       
實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。