D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.11バーミンガム・ロイヤルバレエ団『眠れる森の美女』

このところロイヤルバレエ団の記事が続いているが、実は英国にはもう一つロイヤルバレエ団ある。2008年に来日公演を行い、日本での知名度も上がったバーミンガム・ロイヤルバレエ団である。もともとサドラーズウェルズ・バレエ団という名前で英国内の地方巡回公演を主とするバレエ団だったが、1990年にピーター・ライト卿の監督の下、英国第二の都市バーミンガムを拠点とするバーミンガム・ロイヤルバレエ団として生まれ変わった。女王をパトロンとし、ロイヤルバレエ学校を傘下に置く点はロンドンのロイヤルバレエ団と共通しているものの、現在2つのバレエ団は経済面・経営面においては独立しており、レパートリーも全く異なる。今秋から新国立劇場バレエ団の監督も務めるデイビッド・ビントレーが1995年に監督に就任してから、ますます意欲的な作品に取り組むようになったバーミンガム・ロイヤルバレエ団は、ロイヤルバレエ団の二番煎じ的な位置づけとして考えたら大間違いの、若々しいエネルギーに満ちた個性的なバレエ団である。

オーロラ姫を踊る佐久間奈緒

今回鑑賞したのは、『眠れる森の美女』のロンドン公演の初日。この公演は、毎年春にコロシアム劇場で開催される「スプリング・ダンス」フェスティバルの一環として行われた。以前このコラムで、今季ロイヤルバレエ団の『眠れる森の美女』で、小林ひかると高田茜の2人の日本人ダンサーが主演したことをお伝えしたが、このバーミンガム・ロイヤルバレエの公演のファーストキャストもまた、オーロラ姫役がプリンシパルの佐久間奈緒、青い鳥のフロリナ王女役がソリストの平田桃子という2人の日本人ダンサーだった。つまり今シーズンは、英国の2つのロイヤルバレエ団で、『眠りの森の美女』のオーロラ姫とフロリナ王女の両役に日本人ダンサーが同日にキャスティングされたことになるわけで、これは海外での日本人ダンサーの活躍ぶりを象徴する画期的な出来事といえるだろう。
バーミンガム・ロイヤルバレエの『眠れる森の美女』は、豪華で重厚感あふれるピーター・ライト版。ロイヤルバレエ団のレパートリーとなっている、華やかな色彩のニネット・デ・ヴァロワ版とは全く雰囲気が異なる。衣装も、シェイクスピア演劇を髣髴とさせる暗めの色合いを基調にし、チュチュも下に重心がくるタイプのものが使用され、おとぎ話と言うより時代絵巻のような、ドラマティックな演出。また、リラの精は踊らずマイムのみで、カラボスとの対比が明確になっている。もう一つの大きな違いは、オーロラ姫が目覚める場面。大抵はオーロラ姫が目覚めて第二幕が終わるが、ピーター・ライト版では、目覚めた後に王子とのパ・ド・ドゥがあり、二人が恋に落ちる様子が描かれる。目覚めた後いきなり第三幕で結婚式の場面になるよりも、ずっと納得のいく物語展開になっているのは、物語を重視するライト卿ならはの演出である。

第2幕目覚めの場面での佐久間奈緒

佐久間奈緒は、吉田都と入れ違いに1995年にバーミンガム・ロイヤルバレエ団に入団、2002年にプリンシパルに昇格し、今やバレエ団を代表するダンサーとなっている。8年間プリンシパルを務めているだけあって、舞台に登場した瞬間から、プリマとしての存在感と風格が違う。中でもオーロラ姫役は、佐久間奈緒の最大の当たり役と言われているだけあって、音楽と遊んでいるかのような余裕さえ感じられた。日本人らしい着実で丁寧な踊りと、日本人離れした物語の世界に引き込む演技力が、古典主義的なオーロラ姫の踊りと、英国演劇的な重厚な演出によく合っていて、ロイヤル・スタイルのオーロラ姫の手本とも言うべき踊りだった。
フロリナ王女を踊った平田桃子は、ローザンヌで入賞後、2003年にバレエ団に入団した若手ダンサー。別の日にはオーロラ姫役にもキャスティングされていたが、この所様々な作品で主役に抜擢されており、現在バレエ団で最も期待されているダンサーの一人である。短いフロリナ王女のヴァリエーションの中でも、軽やかで繊細なフットワークと柔軟な身体、優美なアームスの動きを存分に見せつけ、鮮烈な印象を残した。
實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。