D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.16イングリッシュ・ナショナル・バレエ ローラン・プティ『カルメン』他

ロンドン中がエイミー・ワインハウスの訃報にショックを受けた日、私はまだその一週間前のローラン・プティの死を引きずりながら、奇しくもタイミングよく上演されたイングリッシュ・ナショナル・バレエによるプティ作品のトリプル・ビルを鑑賞した。プティは私の最も好きな振付家のひとりだけれども、不思議なことに英国では滅多に彼の作品を見ることができない。英国とフランスの間の確執には長い長い歴史があるが、今でも英国人とフランス人は誇り高い国民性ゆえにお互いを嘲笑しあうようなところがある。タバコの煙、セックス、死・・・。客席には空席が目立っていたが、小粋でスタイリッシュなプティ作品は、皮肉っぽい英国人にとってあまりにも〈フランス〉的で敬遠されてしまうのかもしれない。

今回上演されたのは、『アルルの女』、『若者と死』、『カルメン』というプティの代表作三作品。ファム・ファタルに翻弄され絶望し、死と直面することになる若者というテーマは三作品に共通しているものの、それぞれの作品の印象はまったく異なる。ヴァン・ゴッホの牧歌的な絵を背景幕に、ニジンスカの名作『結婚』を思わせる形式的なマイムが多分に取り入れられた『アルルの女』、パリのアパルトマンから見えるメランコリックな街の景色、鮮やかな黄色のドレスと黒い手袋を纏った猫のようにしなやかで冷たい女、そして絶望の中で若者が見せるアクロバティックな踊りが刹那的な『若者と死』、けばけばしい酒場やうらぶれたタバコ工場、ロマンティックな寝室のシーンなど次々と舞台が展開する中で浮かびあがる、ドン・ホセとカルメンの闘牛のように荒々しい情熱―――三作品続けて観ることで、スペクタクル性を前面に押し出したプティ作品の魅力にあらためて浸ることが出来た。

残念だったのは、この一週間前に『ロメオとジュリエット』で客席をセンセーションに包んだばかりのボリショイ・バレエの若きスター、イワン・ワシリーエフが『若者と死』に急遽客演した22日の公演を見られなかったこと。彼は尊敬する振付家プティの訃報を聞いて、無償で出演を引き受けたのだという(この日のチケットだけはあっという間に完売)。今まさに飛ぶ鳥落とす勢いのワシリーエフの踊りは各誌で大絶賛されていた。

この日一番の喝采を受けていたのは、『アルルの女』に主演したスペイン人ダンサー、エステバン・ベルランガ。パリ・オペラ座のマニュエル・ルグリの印象が強すぎるこの作品だが、婚約者がいながら闘牛場で一度見かけたきりの女に心奪われ、精神のバランスを失って自殺する若者を、クリーンなステップの中に、控えめながらも若者特有のナイーブさをうまく表現して踊りきった(相手役を務めたのは、バレエ団の日本人プリンシパル高橋絵梨奈)。ただ、三作品とも全体的に綺麗にまとまっていたものの、控えめでこぎれいにまとまりすぎていて、何かが物足りなく感じたのも事実だ。〈フランス〉的ダンスの代名詞ともいえそうなスタイリッシュなプティのバレエと、その対極にあるような英国的で重厚なバレエを得意としてきたイングリッシュ・ナショナルバレエ団。相性抜群とは言い難いかもしれないが面白い組み合わせだけに、これをきっかけに英国でもっとフランスのバレエが上演されていくといいと思う。

實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。