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コラム:幕あいラウンジ・うわらまこと Vol.34:ダンス・舞踊専門サイト(VIDEO Co.)

うらわまこと 2012年8月11日


Vol.34

2005.01/11
 
「ますます増えるコンクール ー存在は否定できないが、問題は内容ー」

 


 2005年、戦後60年の年が明けました。しかし、あまりおめでとうという気にはなれません。世界はどんどん悪くなっています。国際紛争は収まる気配を見せませんし、弱肉強食はますます激しく、人心はすさび、地球環境の汚染はさらに進んでいます。スマトラ沖地震津波が神の怒りであるとこじつけるつもりはありませんが、このままいけばいずれ地球は破滅します。人間の自覚と知恵がこれを解決するであろうことを心から祈っています。
 そのなかでは芸術、とくに舞踊はいいですね。もちろん問題はいろいろあるにしても、美と感動の創造のためと考えれば、それらを超えていけるのではないでしょうか。
 ということで、今年の舞踊界をどうみたらよいかを考えてみたいのです。
 私は、現在の日本の舞踊界を性格づけるキーワードはなにか、といったら、「コンクール」ということを前から思っていました。もちろん、良い、悪いということとは別に、ここに日本の舞踊界のもつ特性を見ることができるのです。そして今年はそれがさらに進むと思います。
 ある雑誌の対談で、熊川哲也さんが、日本では「バレエ教室文化」だ、といっているのを見て、さすがに彼も本質を理解しているなと思いました。わが国のコンクールの隆昌は、まさにバレエ教室文化から咲いた花なのです。
 先に結論をいうと、バレエ舞踊教室文化を変えない限り、コンクールを否定、非難できないし、しても意味がないということです。この理由については、このページでも、耳にたこができるほどいっていますし、ほかでも再三触れていますので、詳しくは説明しませんが、基本は次の通りです。
 わが国の舞踊活動は、国などの公的な部分でもなく、企業などの支援によるものでもなく、多くの個人の後援によるものでもなく、主として舞踊団体、あるいは舞踊人の自助努力によって成立しているのです。それは具体的には、生徒を集めて、その授業料とチケット販売力に依存しているということです。全国に多数散在する教室、スタジオがなくなったら、日本の舞踊界は存在できないといっても過言ではないでしょう。これを変えるには、たとえばヨーロッパのように、国や自治体が劇場を用意し、経費を負担して、そこで舞踊家が生活や活動資金の心配なく(もちろん、スポンサー探しは重要ですが)創造や発表活動に専念できる状況を作らなければなりません。私はこれが望ましい姿だと信じていますが、遠い将来は別として現実にはまず不可能です。
 公式なデータはありませんが、間違いなく全国で一万に近い教室で、百万に近い(あるいはそれを超す)老若男女が舞踊を習っています。そのなかには趣味で習っている人もいますが、それを職業としたい人もでてきます。急にそこまでいかなくても、年に1回や2回の発表会ではものたりない、もっと高いレベルの舞台を踏みたい、大勢の人の前で踊りたい、踊りを見せたいという人がでてくるのは、しごく当然のことです。
 しかし、その望みをかなえる場としての公演は教室ではほとんどない。それにこたえるのがコンクールなのです。付け加えますと、コンクールを卒業したか、それだけでは物足りない人は、東京へ出てくるか、さらに海外に行ってしまうかするのです。
 いろいろな舞踊関係者の話を総合すると、舞踊を学びたい人は、子供の数の減少、経済不況(家計の収入減)のもかかわらず、減るどころか増えているようです。しかし、踊る場はほとんど増えていません。その代わりに増えているのがコンクールなのです。コンクールは、原則1曲ですが、準決選、決選にでられればそれだけ踊る機会も増えます。しかも多くの審査員(一流の舞踊家や評論家など)に見てもらえ、審査料だけでチケットを売る必要もないのです。もちろん、指導者にはなにがしかの謝礼は必要でしょうし、交通費、宿泊費も必要ですが、それよりも踊りたいという気持のほうが大きいのです。これからもコンクールは増えることはあっても減ることはないでしょう。
 今年も正月早々2つのコンクールが開かれました。ひとつは第8回を迎え、もはや老舗の部類に入るNBAバレエ団の主催する全国バレエコンクール、そして青少年のためのバレエ・コンクール今年が初めて福岡で主催する、第1回のザ・バレ・コン福岡で、どちらも正月4日からのスタートです。
 NBAコンでは延約1550名の参加、バレコン福岡が同時に行われたにもかかわらず昨年よりも50名以上の増加、一方福岡でも第1回なのに450名を超えるダンサーが参加しました。つまり、同じ時期に2000名余のダンサーが舞踊の技術を競っていたのです。さらに、日本舞踊の世界でも、ほとんど同じ時期(1月7~9日)に、新春舞踊大会として、80名を超える若い舞踊家が技能を披露、審査を受けるという、一種のコンクールが行われていました。
 先に述べたように、コンクールそのものは、現在の舞踊界のシステムの抜本的改革がないかぎり、否定するわけにはいきません。ただ、コンクールの存在は是認しても、その内容には検討が必要な点がいろいろあると思います。
 もちろん、個々のコンクールによってそれぞれの運営も内容も違いますから、一般論ではいえませんが、ここではバレエに重点をおいて、気がつくことをいくつか取り上げてみたいと思うのです。
 まず参加者の方です。多くのコンクール(上記の2つでも)で、多少年齢区分は異なりますが小学生の部を設けています。これは海外のコンクールではまず考えられないことです。なぜならば、海外では、きちんとしたカリキュラムをもった学校が中心ですから、9歳や10歳では勉強が始まったばかりで、まだ踊りにならないからです。
 それに対して日本では10歳くらいでも古典バレエのヴァリエーションを堂々と踊り切ってしまうお嬢ちゃん、お坊ちゃんもいるのです。ただ、残念ながら多くの参加者は、バレエの基本よりも、跳んだり回ったりというテクニックに主眼をおいて訓練しているように見えます。コンクールに参加する以上は作品を踊らなければなりませんから、その練習をするのはよいとしても、ぜひ基礎をきちんと勉強しているということも分かるようにしていただきたいのです。これはとくに男性に重要です。率直にいって、まだきちんと舞台を歩くことさえおぼつかないのに、ピルエット4回も5回も回る子がいます。ピルエットは2回でいいから、爪先、ひざ、そしてとくにアンドォルを徹底的にたたき込んで欲しいと思います。現実問題として、男性は趣味や教養で幼い時からバレエを習うことはほとんどないと思います。プロを目指すならなお、基礎をきちんとしないと後で困ったことになります。さらにいうと、男性が少ないせいもあって、ある程度踊れるようになると発表会ゲストなどの仕事がたくさん入ってきます、そうするとまず欠点を指摘されることなく甘やかされてしまいます(十代のダンサーを先生と呼ぶのはやめて欲しい)。ぜひ若い時に基礎をきちんと身に付けるようにしてください。もう一つ、これは女性に多いのですが、ジュニアクラスになると、はっきりいって肉付きのいいダンサーが目に付きます。基礎も技術も身に付いており、踊りも上手なのに、あのスタイル(姿態)では本公演には出られないというダンサーが少なくありません。女性はまずプロデビューは群舞ですから、なおスタイルは大事です。技術を習得するのと同じ位、あるいはそれ以上の意識、努力でダンサーとしてのスタイルを作り上げて下さい。直接本人にいうと侮辱、セクハラにとられかねないし、節食し過ぎて健康を害したり拒食症になってはいけませんので、なかなか微妙な問題。本人の自覚を期待したいところです。その上で個性を伸ばして下さい。
 主催者側についても、細かくはいろいろありますが、大きくいえば、参加者に十分力を発揮できる環境を作り、運営しているかどうか、審査が公正で信頼できると出場者、指導者が感じられるかどうか、もうひとつは報償を含むフォローが、そのダンサーにとって意義があるものになっているかどうかです。これからも間違いなく20を超えるコンクール、コンペティションが行われるでしょう。この点を各主催者に配慮してほしいと思います。

 
 

うらわまこと(Makoto Urawa)
舞踊評論家

本名 市川 彰。慶応義塾大学バレエ研究会において、戦後初のプリマ松尾明美に師事、その相手役として、「ラ・フィユ・マル・ガルテ」のアラン、リファールの「白鳥の死」の狩人役を日本初演。企業勤務の後、現在大学で経営学を講義しながら舞踊評論を行っている。 各紙・誌に公演評を寄稿するほか、文化庁芸術選奨選考委員、芸術祭審査委員、多くの舞踊コンクール審査員、財団顕彰の選考委員などを務めている。

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