●世界にひけをとらない日本の現代舞踊史
わが国に本格的なオペラハウスを、という考えで帝国劇場(帝劇)が設立されたのが明治末期である1911年。欧州のように国公立でなく、渋沢財閥を中心とした民間の力でしたが、専属のオペラやバレエ団をおこうと、歌劇部を作り、翌12年バレエの教師としてイタリアからJ.V.ローシーを招いたことは、業界ではよく知られています。その時の第1期生に石井漠さんがいたのも知る人は少なくないでしょう。石井漠さんといえば、クラシックバレエの形式性にあきたらず、自由に表現する舞踊詩とか創作舞踊の方向に進み、わが国のモダンダンスの、というよりいわゆる西洋舞踊(洋舞)の父といっても過言ではないほど、その発展に大きな力となりました。これは、1900年といわれる、イサドラ・ダンカンさんの出現を契機とする世界のモダンダンスの歴史からみても、決して遅れをとっているわけではありません。
ここから始まる舞踊活動は、その後モダンダンスとか現代舞踊といわれるようになりますが、戦前から戦後にかけてわが国の舞踊界の主流として世界各地で活躍し、国内の舞踊界をリードしてきました。
しかし、これらの人達が、具体的にどんな活動を行い、どんな作品を作っていたかというと、それは必ずしも明確に記録されているわけではありません。これらの記録を集め、整理しておくことは、大変に重要なことであり、しかし大変に困難な仕事です。
●大変な期間と苦労で全巻完成
社団法人現代舞踊協会では、この大変な仕事に取り組み、このたび完成したのです。それは記録ビデオ『日本現代舞踊の流れ』の制作で、全6巻、延時間6時間を超える大作です。第1巻の発行が1988年、事前の準備期間を加えると20年にも及ぶ大プロジェクトでした。担当は協会国際部、リーダーは当時担当理事であった三輝容子さん(現理事長)、日下四郎さんが編集責任者となりました。
このような仕事は、正直いって国家でやるべきです。たしかに、現代舞踊協会は社団法人ですから、このような社会的に意義のある仕事を行う必要もあります。事実、このビデオには、協会員だけでなく、広い視点で客観的に選びだされた舞踊家が収録されています。ただ、それにしても費用まで協会が全額拠出は大変なこと、制作期間が長かったのも予算の捻出に苦労しためもあったようです。現在でしたら、文化庁の助成も受けられたのではないかと思いますが、着手時には、そのような制度はなかったのこと。
さらに資料の蒐集についても、わが国では役所の御墨付きがあった方がうんとやりやすい。写真や映像の著作権についても、同様でしょう。それだけに、資料の扱いについての苦労も大層なものがあったのではないでしょうか。
いずれにしろ、このような大きく重要な仕事に取り組み、完成させたことには、大きな敬意を表します。
●全6巻の内容、資料集めと人選の苦労がしのばれる
第1巻 開拓期の人びと 発行1988
第2巻 動乱期を生き抜く 1990
第3巻 新しい潮流(上) 1992?
第4巻 新しい潮流(下) 1994
第5巻 戦後世代の展開(上) 2001
第6巻 戦後世代の展開(下) 2005
いちい細かく紹介しているスペースはありませんが、要点を感想的に。
第1巻は、戦前に活躍し、戦後の混乱期に中心となり、現代舞踊界の基礎を築いた人々といってよいでしょう。敬称略、生年順で、石井漠、伊藤道朗、高田せい子、江口隆哉ら、全員故人ですが、みな海外で勉強だけでなく舞踊家として活躍、新村英一など海外の方が有名な方もいて、大変参考になります。時代の状況から動画がほとんどないなかで、石井漠のドイツで撮影(1924~25年)された『囚われたる人』が収録されているのは大変に貴重なもので、その踊りには感動をおぼえます。
第2巻は、戦後(1945年)の混乱期には現役で、その後指導的な立場にたった人々で、石井みどりのように存命の方もいますが、平岡斗南夫、執行正俊はじめほとんど発刊後も含めて亡くなられています。この年代は、邦正美、檜健次ら独特の存在もいますが、舞踊家として活躍した方が多く、若き日の石井みどりの姿などが見られて感慨深いものがあります。
第3、4巻は、戦後にダンサー、振付者として活躍し、現在は指導的立場にある人たち。志賀美也子、芙二三枝子に三輝容子などの上巻、下巻では、西田堯、藤井公、池田瑞巨に渥見利奈らの若い時代の作品がみられて大変に参考になります。このあたりになると、作品の思想や手法に個性がみられて、もう一度ご本人の再演で見てみたいとの感を強くします。
この巻ぐらいまでは、資料蒐集は別として、人選は比較的容易だったと思います。というのは、現在(制作時)にはほとんど評価が定まった人だからです。
ただし、次の第5、6巻になると資料はたくさんあると思いますが、逆に人選は難しい。それは、まさに現在活躍している人たちですから、評価も流動的なのです。第4巻から、次の発行に時間があいたのも、現在を取り上げるか、その場合どんな基準でやるか、とくに非協会員にどの程度配慮するかが難しかったこと。今やる必要があるかどうかが問題になったからのようです。
結果としては非協会員を含めて、客観的に活躍しているもの、高く評価されているものを、という考え方で、記録とともにPR的要素を重視して作るということになったのではないかと思います。その意味では、協会中堅、非協会員、とくにコンテンポラリー系では若手までを取り上げており、公正な立場を取っていることがわかります。ただ、とくに若手の評価は定まっていないだけに、この点のアンバランスがみらけれるのはやむをえないことかもしれません。
全6巻をとうして、スペイン舞踊、舞踏を含めて、舞踊を広範囲にとりあげていること、さらに舞踊だけにこだわらず、世相や、海外の動向にも触れて、時代とのかかわりを明確にしている点も評価できます。
●積極的な活用を
さて、このような労作をどう活用したらよいでしょうか。
記録としてまとめただけでも、個人の資料でなく、公のだれでも見ることのできるものにしただけでも大変な価値があるという考え方もできます。
ただ、せっかくの労作。内容も貴重であり、舞踊家、研究者にはぜひ活用して欲しいし、できれば学校の教材としてとりあげられたら、とてもよいことと思います。とくに若い舞踊家には、どのようにして、そしてだれのために自分たちの現在があるのかを理解し、先達たちの活動に誇りをもってもらいたいものです。英語版もありますので、海外へのPR資料としても十分活用して欲しいものです。DVDにもなるようですから、そうするとさらに扱いやすくなるでしょう。
私はビデオの制作にも協会にもまったくかかわっていません。勝手連のPR係です。
この点についての問い合わせは(社)現代舞踊協会(国際部)まで。
なお、(株)ビデオも、この制作に協力しているようです。
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