音楽と溶け合った振付は、ドラマティックで骨太で説得力があり観客を惹きつける。
今、最も注目される伊藤範子作品の数々。
Interview,Text : 林 愛子 Aiko Hayashi
まず、文化庁芸術祭優秀賞のご受章おめでとうございます。
ありがとうございます。
舞台は「道化師~パリアッチ~」と「HOKUSAI」という見どころがいっぱいの重厚な作品の二本立てで。「パリアッチ」にしても「HOKUSAI」にしても、演出、振付はもちろん音楽、美術、衣裳、照明とすべてに関わるわけですから、たいへんな作業ですね。
たいへんですが、いろいろな方にお力頂けるのでありがたいです。たとえば有名な「パリアッチ」の音楽の場合は、知人の指揮者の方と相談してリッカルド・シャイーのCDを選んで、踊りのテンポに変えると音楽が生きないのでそのまま使いました。オペラでは最後に主人公カニオが人気女優になったネッダを刺して終わるんですが、バレエではそこからのエピローグを加えてオリジナルをつくりたかった。カニオがどんな思いでいたのかを描いて成立させたいと思いました。
作品づくりのインスピレーションはどこから得るんですか?
「パリアッチ」は谷桃子バレエ団の元芸術監督でいろいろ作品を創っていらした望月則彦先生から、つくってみないかと言われたのがきっかけです。「HOKUSAI」は、もともと北斎は知ってはいたんですが、ヨーロッパでは日本よりさらに興味をもたれていて詳しい展覧会をやっていました。イタリアは私にとって葛飾北斎を再発見した場所でもあります。そこで、外国から見た北斎というイメージでつくりたいと思ったんです。
エキゾティック・ジャポニスムですね。
そうです。たとえば日本舞踊をとりいれてすごく日本的なつくりにするのではなく、海外の人が日本文化を感じたらこうなるのではないか、と。
北斎は長生きしているし、エピソードに事欠かない人だから、どこをクローズアップするか悩まれたのでは?
調べれば調べるほどいろんなエピソードが出てきて(笑)。お饅頭大好きで煙草も酒もやらなかったとか、ちょこちょこ今回の作品に取り入れているんですけど、一日にご飯が一杯あれば大丈夫で、それ以外の時間はすべて描いていた、とか。恋愛もするけれどもあまり引きずらなかったんじゃないか、と学芸員の方からもお聞きした。熱しやすく冷めやすい人だったようで、だから花魁(おいらん)とかに恋しても、やっぱり描くほうにまい進したんじゃないか。
よく知られている娘おえいの存在にスポットを当てることはしなかったんですね。
視覚的にバレエのシーンをつくるにあたって、花魁のシーンはエンターテイメントとしても入れたいというのがありました。葛飾北斎の名を名乗るのは三十代の最後でそれまでいろいろ屋号を変えていった。それであまり知られていない彼の青年期をクローズアップできたらいいな、その頃ならまだまだ花魁とか女性に恋したんじゃないだろうかと考えました。
芸術祭優秀賞(関東参加公演の部)
一般社団法人 谷桃子バレエ団
「創作バレエ・15」の成果
生え抜きの振付家、伊藤範子による創作2本。葛飾北斎の若き日を描く「HOKUSAI」は、絵師の世界観を反映した衣裳・美術と躍動感あふれる振付が優れた効果を生み、有名オペラを巧みに舞踊化した「道化師~パリアッチ~」では、出演者の熱演が生き生きした人間ドラマを現出させる。いずれもバレエ団が総力を挙げて見応えある舞台に仕上げた点が高く評価された。
伊藤 範子(NORIKO ITOU)
6歳より谷桃子バレエ団研究所でクラシックバレエを習い始め、18歳で英国Ballet Rambert Schoolへ留学。その間サドラーズウエルズシアターにてBallet Rambert 60周年記念公演にAntony Tudor振付「Soiree Musicale」のタランテラ役で出演。 スクールパフォーマンスにて「眠れる森の美女」オーロラ姫のパ・ド・ドゥを踊り卒業。 帰国後、谷桃子バレエ団に入団。 1992年に「白鳥の湖」全幕の主役デビュー。以後「白鳥の湖」「ジゼル」「シンデレラ」「ドン・キホーテ」「リゼット」「くるみ割り人形」「ロミオ&ジュリエット」「令嬢ジュリー」等の全幕の主役をレパートリーとし、多数のバレエフェスティバルに出演、バレエ団内外でプリンシパルとして活躍する。 東京新聞主催全国舞踊コンクールジュニアの部第3位、シニアの部第2位。 1995年「村松賞」受賞。 2002年よりオペラ作品の振付を手掛け、振付した作品は「カルメン」「椿姫」「仮面舞踏会」「アイーダ」「セルセ」など他多数。(新国立劇場/二期会/藤原歌劇団/日生劇場 他) 近年ではオリジナル創作作品「道化師~パリアッチ~」(谷桃子バレエ団)、「ホフマンの恋」(世田谷クラシックバレエ連盟・日本バレエ協会)、チャコット主催公演「バレエ・プリンセス」の演出・振付を行なう。「道化師~パリアッチ」は2013年のオンステージ新聞『年間ステージベスト5』に、「ホフマンの恋」は2014年と2016年『年間ステージベスト5』、2014年ダンスマガジン『年間最も印象に残ったコレオグラファー』に舞踊評論家より選出される。 2014年第46回「舞踊批評家協会・新人賞」受賞。(受賞理由:オペラの世界を舞踊とし再構築の可能性と丁寧でレベルの高い表現に対して) 2016年11月より文化庁の海外特別研修員としてミラノ・スカラ座バレエ団とバレエアカデミーに振付・演出・教授法を研修し、2017年2月に帰国。 2017年チャコット主催公演「バレエ・ローズ・イン・バレエ・ストーリー」演出・振付。 2018年谷桃子バレエ団創作公演15「HOKUSAI」「道化師~パリアッチ」演出・振付。文化庁芸術祭優秀賞受賞。『年間ステージベスト5』、ダンスマガジン『年間最も印象に残ったコレオグラファー』に舞踊評論家より選出される。 2019年1月日本バレエ協会神奈川ブロック「ドン・キホーテ」演出・振付。 |
(2019.5.7 update)
音楽と溶け合った振付は、ドラマティックで骨太で説得力があり観客を惹きつける。
今、最も注目される伊藤範子作品の数々。
Interview,Text : 林 愛子 Aiko Hayashi
プリマでもあった伊藤範子さんの「白鳥の湖」など主役の舞台を私は拝見していましたので、今のご活躍はうれしい限りです。振付家はいつ頃、志したのですか?
2002年に新国立劇場のオペラ「カルメン」で、振付助手を探していて、その作品は必ず再演するから、劇場側として助手が一人必要だと。バレエだけでなくコンテンポラリーとかいろいろな分野に携わっている人がいいということになって、佐藤弥生子さんが私を推薦してくださった。そこで初めて振付助手としてプロの仕事をしました。それから「イル・トロバトーレ」「椿姫」はじめいろいろなオペラ作品の助手を務めさせていただきました。そのあとに振付のご依頼いただき、「椿姫」「アイーダ」「カルメン」「フィガロの結婚」「仮面舞踏会」、たくさんやらせていただきました。演出家にお会いしてお話を聞くと、きっちり本も読みこまれて時代考証や全体的なこともよく勉強なさっていて、こうやって作品ができあがっていくんだと間近で感じました。時には一緒につくらせていただいて、ここはどう思う?と聞かれたりすると私なりにお話しさせていただいたり。そんな経験を重ねるうちに、一から作品をつくっていくのっておもしろいなぁと思うようになりました。
世田谷クラシックバレエ連盟のために「ホフマン物語」も振り付けてますね。
はい、世田谷クラシックバレエ連盟から1時間くらいの作品をとご依頼いただき、 オペラ「ホフマン物語」を新たに構築し「ホフマンの恋」というオリジナルバレ工作品に仕上げました。
構成も振付も人物造形も見事でした。音楽に対するアプロ―チ、踊りそのものをほんとうに知っている人がつくった作品だと誰もが感じたはずです。他にも「ホフマン物語」はあるけれど伊藤作品はベストと評価する人は多い。ところで伊藤さんは、海外にも留学していますね。
イギリスのランバート・スクールに行きました。コンテンポラリーにも興味ありましたし、バレエのクラスはロイヤル・バレエの元プリンシパルの先生たちがずらりといて、毎日、授業は必ずコンテンポラリーとバレエを一教科ずつ両立してやっているのでおもしろいかなと思って。学校自体は一年ですが私は一年半いました。ロンドンだからウェストエンドでミュージカル見たり、ニューヨークに行ってバレエ、ミュージカル、オフ・ブロードウェイまでいろいろな舞台を見ました。それもいい経験だったと思います。
伊藤さんはいわば谷バレエ団育ちですね。バレエ団は早くから若手ダンサーにも自由に作品を発表させていたように見えました。
アトリエ公演や創作公演を行っていたので刺激になりました。
振付作品を継続して発表できるというのは、素晴らしいことですね。
いろんな方から仕事をいただいて、ありがたいです。一月のバレエ協会神奈川ブロックの「ドン・キホーテ」全幕もそうですが、仕事がつながっていくことがうれしいし、それにこたえなきゃいけない。今はアウトプットが多いので、いろいろなことをインプットしていかなければと思っています。
その神奈川の公演では、振付が伊藤範子さん、指揮が冨田実里さんという女性二人が活躍して。こういう時代になったんだと感慨を覚えました。
海外に行くと必ず劇場付きの指揮者がいますよね、富田さんが新国立劇場付きの指揮者になったと聞いたときはうれしかったです。海外の劇場と同じようなシステムでやっていくのは、いいことですね。
バレエの世界は先駆的な役割を果たしてきた女性ダンサーが多い。そもそもバレエを始めたきっかけは何だったんですか?
友達が谷桃子バレエ団研究所で習っていて、母も谷桃子先生世代でファンだったので、「先生にお会いできるわ!」(笑)と喜んで娘を連れて行ったんですね。第一回目の発表会は、「おもちゃ箱」というタイトルでいろんな人形があったりするなかで私はロシア人形。その写真の一番前の先頭が私で、偶然にも担当の振付の先生が辞められて、大御所の谷先生が「じゃあ私が振り付けるわ」と。だから私の6歳の初舞台は谷先生の振付作品だったんです。先生とのご縁をつよく感じます。
その時すでに踊る楽しさを感じましたか?
同時にピアノも習っていたんですね、ピアノは練習しないとだめですが、バレエは行けば楽しく踊っていられました。
家に帰ってきてもバレエの練習しなさいとは言われないし(笑)。
そうそう(笑)、それでバレエの発表会も楽しいし。ただ、大人になるにつれて、プロを目指すようになって稽古の大事さを理解し、人一倍練習するようになりました。
優れた舞踊家は皆さん、ものすごい練習をなさる。谷先生もとても練習する方だったようですね。
私は先生のその年代は知らないんですけど、引退公演で「ジゼル」を踊られた時、私はちょうど研究所に入った時で東京文化会館に見に行きました。先生とご一緒に練習したことはないですが、先生は練習風景をご覧になるのがお好きで、晩年も一から十まで常に稽古場で見ていらっしゃいました。
今、伊藤さんは後輩の方々や生徒さんたちを指導する立場でもありますね。
研究所は今、谷桃子バレエ団附属アカデミーになって、若い先生方もしっかりしていますから安心して任せています。私が教わっていた頃よりバレエ環境はグローバルになっていますので、現代で先端に立っていなければいけませんが、なにより谷桃子の伝統を受け継ぐアカデミーなので、先生がよくおっしゃっていた、動きの一つ一つに気持ちを入れなさい、といった谷先生の姿勢は生徒たちに伝えていかなければと思っています。
1974年の初舞台(谷桃子バレエ団研究所発表会)
谷桃子先生振付による「おもちゃ箱」
写真一番右
(2019.5.7 update)
音楽と溶け合った振付は、ドラマティックで骨太で説得力があり観客を惹きつける。
今、最も注目される伊藤範子作品の数々。
Interview,Text : 林 愛子 Aiko Hayashi
フリーの振付家として活躍している方もいますが、ご自身はそれを考えたことはありますか?
私は、谷桃子バレエ団でコール・ドから始めてプリマになって、いろいろな役を踊らせていただいてきました。自分が作品をつくる時にも、ちょっと変な動きをやってみたいというのではなくて、やっぱりドラマ中心の動きをつくりたい。古典をまず踊って主役をやらせていただいたこと、そういう谷桃子バレエ団での経験が、私の土台になっています。これから年を重ねるに伴い経験することもあると思うので、そこから学び、吸収して作品に生かしていきたいと思っています。
近年はヨーロッパでも踊りの場面を省略するオペラ演出家も多いですね。
海外では踊りを軽視する演出家もいますが、私がご一緒させていただいているオペラ演出家の粟国淳さんは、踊りのことをとても理解してくださっています。踊りのない作品でも「範子さん、こういう動きやって」と振付を依頼してくださる。粟国さん演出は今年の6月にも「愛の妙薬」をやりますし、1月には藤原歌劇団の「椿姫」も踊りの部分を振り付けました。
「椿姫」はテレビでも放映されました。リハーサルなどで忙しいかもしれませんが、バレエダンサーはなかなかオペラの舞台を見ませんね。
逆のことも言えてオペラの人たちもバレエをなかなか見に行きません。ただ、新国もオペラに新国のダンサーが出演する機会が増えました。海外ではもちろん劇場のバレエ団のダンサーが出演していますよね。
日本の国立のバレエ団が、国立のオペラに出演することが当たり前になりましたね。いろいろなところで今のダンサーを見ていらして、感じること、望むことはありますか?
一番に言えるのは、早く答えを求めすぎること。時代の流れなのかもしれませんが、私たちは調べものでも図書館に行ってノートをとったりしましたが、今はネットで検索すればすぐに情報も得られるしユーチューブもあるから海外の情報や振付も簡単に見られる。しかたがない面もあるけれど、もっと時間をかけて積み上げていけば、自分のものになるし、心から観客を納得させられるダンサーになれるんじゃないかな、そこを突き詰めていく若い世代が増えるともっと面白くなると思う。
伊藤さんが振り付ける時に心がけていることは何でしょうか。
かたちや振りを強制するのではなく、その人を生かす振付をするということですね。
もちろんベーシックなクラシックのテクニックはきちんと持っていることは第一条件ですが、テクニックでもこちらの要望したことができなければ、それならこれはどう?という感じで振り付けていきます。
どのようなダンサーが良いと思いますか。
やはり独自の個性、人間的な魅力があること。酒井はなさん、小野絢子さん、米沢唯さん、池田理沙子さん、バレエ団の三木雄馬さん、皆さん、素敵な人ばかりです。チャコットのシリーズでは私自身が直接、出演をお願いしていまして、その人が今まで見せたことのない部分までを引き出せたらいいなと思って、お客様が、この人はこんなところがあるんだと感じてくれたらいいなと。
このあとのご予定は?
谷桃子バレエ団も七十周年を迎えます。アカデミーの発表会が8月にあって、バレエ団自体は7月に「ピーターパン」と「白鳥の湖第2幕」を上演します。私の振付の仕事としては秋に、町田で「くるみ割り人形」の2幕があります。ゲストに浅田良和君と秋元康臣君が出演下さいます。
舞踊評論家 横浜市出身。早稲田大学卒業後、コピーライター、プランナーとして各種広告制作に関わる。そのかたわら大好きな劇場通いをし、’80年代から新聞、雑誌、舞踊専門誌、音楽専門誌などにインタビュー、解説、批評などを寄稿している。