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コラム:幕あいラウンジ・うわらまこと Vol.31:ダンス・舞踊専門サイト(VIDEO Co.)
Vol.31
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前にも書いたことがありますが、有名な古典、スタンダード作品でも、必ずしもコンスタントに上演されるわけではありません。不思議なことに、特定の作品がいろいろなバレエ団、そしてあちこちの地区で一時期に集中して取り上げられることがあるのです。現在は「コッペリア」と「ドン・キホーテ」がそうです。
実はこの2作品はともに、世界的に見てそれほどしばしば上演される作品ではありません。とくに「コッペリア」はフランスバレエのせいではないと思いますが、ロシアやアメリカではほとんど見ることはできないでしょう。日本でもこれをレパートリーにしているバレエ団はそうたくさんはなく、しかも、めったに上演されることはないのです。
この「コッペリア」の連鎖は、昨年(03年)11月の「ノヴォシビルスクバレエ団」から始まったといってもいいと思います。この「コッペリア」はセルゲイ・ヴィハレフによる復刻版だということでしたが、その後の上演がこれに刺激されたというわけではなく、各団体が独自に取り上げているのです。その偶然が重なるのが不思議なのです。
ちょうど時を同じくして、岐阜の「川島ナナバレエ団」が振付者の扮するコッペリウスが活躍する深川秀夫版を、またこの頃アートバレエ難波津も上演したようです。12月には「札幌舞踊会」が北海道では初めての「コッペリア」という千田雅子版、さらに今年(04年)に入ると「日本バレエ協会神奈川ブロック」と、東京以外での上演が続きました。その後私の知るかぎりでは少し間があいて、5月に「Kバレエカンパニー」が、熊川版を初演、6月にはかって自動オルゴール演奏による上演で話題となった「シャンブルウエスト」。また少しあきますが、11月には、「貞松・浜田バレエ団」が貞松正一郎で全幕初演、「スターダンサーズバレエ団」が極め付けのピーター・ライト版、同じ時期に「塚本洋子バレエ団」が深川版を上演しています。そして、この一連の上演の締めくくりとして、05年1月に「NBAバレエ団」がヴィハレフによるプチパ復刻版を日本バレエ団として初演します。
この15か月に11団体というのは、もちろん「くるみ割り人形」などと比べればそう多いとはいえませんが、この作品に関していえば、相当集中したといってよいと思います。
「ドン・キホーテ」については、日本では大変好まれるバレエの一つで、つねに上演されていますが、今年から来年にわたって大手が競って取り上げているのが注目されるところです。
まず今年の初めに長年レパートリーとしている「谷桃子バレエ団」(S・メッセレル版)が新人を起用して、5月には「松山バレエ団」がヌレエフ版を東京と名古屋、大阪などで、その大阪では「法村友井バレエ団」が6月に、さらに8月には「佐々木美智子バレエ団」の篠原聖一の演出・振付で佐々木大が復活を見せ、続いて「野間バレエ団」が高岸直樹の初演出振付で上演しています。その高岸の所属する「東京バレエ団」が東京と大阪などでワシリーエフ版を、11月には「越智インターナショナルバレエ」で友則が母親の久美子と共演、さらに「Kバレエカンパニー」が熊川版を自らのエスパーダを含む3キャストで初演、各地を回って話題を呼んでいます。
年が変わると、「日本バレエ協会神奈川ブロック」が黄凱のバジルで、「松山バレエ団」も再び1月に。さらにこの年は3月に移った東京都民フェスティバルで「日本バレエ協会」が取り上げ、神奈川と同じ協会内での競演。そして、6月には「新国立劇場バレエ団」が久し振りに上演します。これ以外にも予定されている公演はあると思いますが、ここで一応のピリオドを打つと、18か月に11団体。先の「コッペリア」と比較してもそれほど多くないように見えますが、大手バレエ団が全国各所で数多く上演しており、全体として話題になった公演が多いのも特記できるでしょう。
さて、こう並べただけでは「ああそうか」で終わってしまいます。この2つの作品に名前が出てくるのは「Kバレエ」と「バレエ協会神奈川」だけだな、などといってもそれだけのこと。これらを見比べて何を感じたかを少し記してみましょう。
まずこの2つの作品について。共通点として、前にあるところで、[タイトルにヒロインの名前をつけている作品は多い(オペラも)が、これは共に主役ではないけれど重要な役割を果たす人物の名前が作品タイトルになっている]といったことがあります。コッペリアは人の名前ではありませんが、それは別としても大した意味はありませんけれど。
じつは初演はほとんど同じ頃なのです。「コッペリア」は1870年(サン=レオン、フランス)、「ドン・キホーテ」はマリウス・プティパ(ロシア)で1869年の初演。この年代は、ロマンティック・バレエからクラシック・バレエへの移行の時期というか、形式が整えられ始めた頃といってもいいと思うのです。参考までにこの頃作られた作品をあげてみますと、プチパの「海賊」が63年、「バヤデルカ」が77年、サン=レオンでは「せむしの仔馬」が64年、「泉」が66年といわれています。ちなみにプチパの「白鳥の湖」はご存じのとおり1895年です。この時には形式が完成されていたといってよいでしょう。
これから何がいえるかというと、形式がまだ流動的で、構成演出的にもいろいろと工夫の余地があるということです。しかも、これも共通点なのですが、ともに妖精や貴族の世界でなく、主役は庶民で、しかもコミカルで楽しい物語なのです。
これに対して、「白鳥の湖」や「眠れる森の美女」は、よほど腹をすえてかからないと独自のアイディアを取り入れることは難しい。「ジゼル」は、初演(ペロー)は41年と古いのですが、プチパが84年に再振付していますので、とくに第2幕などは「白鳥の湖」の第2幕と同じでなかなか変えにくいのです。
この点、ここに取り上げた2作品は、現実にいろいろな演出振付が行われています。たとえば「コッペリア」では、音楽を入れ替えたり、序曲を人物やテーマの紹介に使ったりしている演出もあり、物語の部分もきわめていきいきと、しかも分かりやすく楽しく演じるように工夫されています。日本での初演の時はその精密さや伏線の巧みさに驚いたピーター・ライト版も、いまやごく普通の演出に見えてしまうほどです。「ドン・キホーテ」も同様。つねに演劇的な側面に力点をおく「松山バレエ団」はもちろんのこと、「東京バレエ団」もそれまでの「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」とは全く違ったいきいきはつらつとした舞台になっています。とくに「Kバレエカンパニー」の2作品は、人によっては娯楽性が強すぎるのではないかと感じられるほど、楽しい演技に満ちています。
いきなり話は飛びますが、商品開発の分野では日本人(企業)は創造という点では欧米にかなわないが、それを繊細な感覚で改良して高い品質のものにする能力では世界のどこにも負けないという定評があります。
バレエの世界でもそんな気がするのです。日本人は創作はやや苦手ですが、他の人の作品(ここではスタンダード)を演出の面で精密化し、しっかり演技して舞台の品質を高めるという点では一流。将来はさらにこの能力が創作そのものにも発揮されることを願っています。
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うらわまこと(Makoto Urawa)
舞踊評論家
本名 市川 彰。慶応義塾大学バレエ研究会において、戦後初のプリマ松尾明美に師事、その相手役として、「ラ・フィユ・マル・ガルテ」のアラン、リファールの「白鳥の死」の狩人役を日本初演。企業勤務の後、現在大学で経営学を講義しながら舞踊評論を行っている。 各紙・誌に公演評を寄稿するほか、文化庁芸術選奨選考委員、芸術祭審査委員、多くの舞踊コンクール審査員、財団顕彰の選考委員などを務めている。