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コラム:幕あいラウンジ・うわらまこと Vol.44:ダンス・舞踊専門サイト(VIDEO Co.)

うらわまこと 2012年8月11日


Vol.44

2005.05/31
 

地元でレベルの高い公演を、お客さんのために
ー福山のYODPの活動に思うー

 


●一通のメールがわたしを福山に
 先日、私がアドバイザーをしている(社)全国公立文化施設協会(公文協)から、メールがFAX転送されてきました。これは、以前にこのページ(幕あいラウンジ)に書いた文章を見て、しかし、私の連絡先が分からず、一方で公文協のアートマネセミナーの私のプログラムに参加されたことがあって、こちらの連絡先は分かっていたのでこうなったのです。
 このメールは広島県福山市の江川美代さんというかたからで、内容、趣旨は次のようなものでした。[私は、地元の人達に高いレベルのバレエを見てもらいたいと、志を同じくする仲間とYODPというグループを作り、活動を続けています。ただし、自分でスタジオを持っているわけではないので、東京からゲストを招き、地元からオーディションで出演者を選ぶという方式で昨年暮れに第1回として、下村由理恵さん、森田健太郎さんなどをゲストに、篠原聖一さんの演出(出演も)で『くるみ割り人形』を上演しました。その後も小さな会やワークショップも行ってきましたが、今回、第2回の公演を行うことになりました。演し物は『ドン・キホーテ』の抜粋その他で、篠原聖一さんを芸術監督に、下村さん、そして彼女のアンサンブル、相手役に今井智也さん、さらに小原孝司さんなどがゲスト出演します。あなた(うらわ)のHPを見て、そこに書いてあることが、自分たちの考えと全く同じなので、できれば当日に劇場で話をしていただきたいのですが]。さらに、いろいろと苦労があるということも書いてありました。
 彼女と直接連絡がとれたのは、本番の半月くらい前でしたが、私は、すぐに予定を調整して伺うようにしますという返事をしました。
 それは次のような理由からです。
●地域にいいバレエ、いいダンサーを
 私は以前から下のようなことを、書いたり、しゃべったりしています。
 わが国のバレエはレベル的には諸外国に比して決して劣っていません。ただし、とくに欧米と決定的に違うのは、そのほとんどが民間の個人による団体であり、首都圏など一部の大都市圏に集中しているということです。優れたダンサーは全国各地で生まれているのですが、それぞれの地元にはバレエ団がなく、発表会以外に舞台で踊る機会がないので、東京や海外のバレエ団に入るか、踊る機会を求めてコンクールを回るしか力を発揮する方法がないのです。
 全国各地で良い公演を行ってお客様に喜んでもらい、また地元に優れたダンサーをとどめておくには、劇場でアーティストをかかえるか、せめて単発でもよいから、劇場の自主公演にバレエを取り上げてくれることが必要です。一方でバレエ界も地域でまとまって、レベルの高い舞台を創る努力をしてほしいのです。各地にプロのカンパニーが、できればなおよいのですが。
 しかし、なかなかこのような動きは生まれてきません。劇場として舞踊団をもち、あるいは育てようとしているのは、新国立劇場のほかは、新潟のりゅーとぴあ、京都のアルティなどほんのわずかです。公立の劇場がバレエの自主企画を地元と協力して本格的にやっているのも、愛知県芸術劇場くらいでしょうか。舞踊家の方では、各地の協会、連盟などの合同公演もなくはありませんが、それも年に1~2回がやっとで、なかなか将来の発展(たとえばプロ団体の結成)につながりません。そのなかで注目されるのが、佐賀の野村一樹さんのプロジェクトです。これもこのページなどで紹介していますが、彼を中心に主として九州にかかわりのある力のあるダンサーたちが集まって、九州各地で公演を行ったのです。
 じつは、先の江川さんはこの野村さんについて書いたページが、とくに印象に残ったということで、連絡をしてくれたのです。
 私も基本的に江川さんたちの活動に大賛成で、少しでもお役に立てればと思いました。
●成功だった下村さん/篠原さんによる第2回公演
 江川美代さんは、もとはバレエダンサーで、アメリカで研修したり、その後ご主人の関係で再び渡米して、さらにいろいろと勉強しており、日本の現状に問題を感じていたようです。現在は踊っていませんが、なんとか地元で、きちんとした公演を開き、観客に対してだけでなく、若いダンサーに一流のダンサーと共演する機会を提供しようと考えたのです。それで江川さんを代表に、あと5人のメンバーでYODP(イエロー・オーク・ダンス・プロジェクト)という組織を作って公演を主催することにしたのです。
 今回(5月27日)の公演は、福山市のリーデンローズ(ふくやま芸術文化ホール)で行なわれました。ここは舞台も広く、両袖もそこそこあり、タッパーも高く、客席も3階まであって、オペラハウス風の豪華な劇場です。
 プログラムはまず地元在住の2人の音楽家、メゾソプラノの藤井美雪(中国二期会)さん、ピアノの高橋元子さんによる、『カルメン』からのハバネラなど3曲。そこにダンスがからみ、なかなかいい雰囲気でした。お二人のようなアーティストが地元にいるのは大変うらやましいことです。そのあと、篠原さんにも入ってもらってトークを少々。
 第2部はバレエコンサートで、東京からの男性ゲスト、今井さん、持田耕史さん、さらに奥田花純さん、壺山順世さん、大長亜希子さん、金子優さんの由理恵バレエアンサンブルに、地元のダンサーも出演しました。とくに持田さんと『ラ・シルフィード』のパ・ド・ドゥを踊った廣田有紀さん、『海賊』のヴァリエーションを踊った中野瞳さんはなかなかのもの。第3、4部は『ドン・キホーテ』の夢の場と結婚式の場。下村さんと今井さんのキトリとバジル。ドン・キホーテに小原さん、サンチョパンサに岩上純さん、その他賑やかなメンバー。下村さんは世界的なレベルの技術と演技、しかも彼女のいいところは舞台にかけるそして役にかける意欲がひしひしと伝わってきて、ほかのダンサーたちを鼓舞することです。今井さんも恵まれた姿態を十分に使ってバレエの魅力を発揮、演技の2人、その他の出演者もよく頑張って、とくに最後のパートは客席ものりのりでした。満員とはいきませんでしたが、ほとんどのお客さんは、プロの妙技に十分満足したのではないでしょうか。
 ほとんど経験のないYODPのメンバーで、よくここまでやったと思います。
●経済的には強いスポンサー、後援者を
 こう考えると、地元の人によいバレエを見せる、地元の若いダンサーに舞台の機会、第一級のプロと共演するチャンスを与えるという、YODPの主たる目的は達成されたといってもよいことになります。しかし、現実には多くの問題があります。
 まず経済的な問題です。バレエ、とくにクラシックバレエの公演は、高い入場料を設定し、数多くの公演を行って多数の観客を集めなければまずペイしません。欧米でもほとんど赤字で、公的な援助か、民間の後援がなければやっていけません。それで、そのどちらも僅かな日本では、教室を開き、その生徒の授業料と、出演者によるチケット販売(はっきり言えば負担)によってなんとかつじつまを合わせているのがほとんどで、これをやらない(やれない)YODPでは、大口の、あるいは多くのスポンサーを集め、公的な支援を受ける、少なくとも劇場の共催という方法をとることが必要だろうと思います。これらは実際には大変に難しいことです。逆にいうと、皆(街全体)でこのプロジェクトを支える、応援するという気持をもつことが必要です。これらの広報、さらに営業の努力、そして公演の質を高める努力はつねに行っていないといけません。
 もうひとつ大きな問題は、地元のダンサーの集結です。これはじつは日本バレエ界全体の大問題です。つまり、地域をあげて力を合わせ、最高のレベルのものを作るということは、わが国では大変に難しいのです。それにはいろいろな理由があります。
 たしかにリーダー、具体的にリーダーシップをとるものの問題もあるでしょう。ただ、もっと構造的なものがあります。各教室の主宰者、指導者たちは、生徒をたくさん集め、そのなかから優れたダンサーを育てることが、自身の死活問題なのです。たとえばある地域に10のバレエ教室があるとします。これを合併して1つの立派なバレエ学校にしましょうということには絶対にといっていいくらいなりません。それじゃ、それぞれがダンサーを提供してその地域のベストの舞台、つまりオールスターバレエ公演をしましょうといっても、これも簡単ではありません。これは、協会や連盟など統括団体がその会員のなかから選んで行うとか、県や市、劇場が主催すれば可能性はありますが、それでも選抜方法、キャスティングなど、よほど慎重にしないとスムースには進みません。いわんや1団体、1個人では、ほとんど無理です。つまり、各教室は片方で熾烈な生徒集め競争をしているわけですから、合同公演がダンサー(生徒)の草刈り場になることを心配するのです。YODPのように、バレエ教室をもたないまったく独立した組織が主催しても、なかなか地元のバレエ芸術の発展、向上のために全面的に協力しましょうとはならないのです。
●地域のため、観客のために虚心担懐に協力を
 今回のケースでも、なかなかオーディションにダンサーが集まらなかったといいます。もちろん、参加しなかったところにも、それなりの言い分はあるのでしょう。YODPのやり方にも不手際があったのかもしれません。しかし、私は、協力するところが少なかったのはまったく残念なことだと思っています。目的がすばらしいものですから。一番損をしているのは、いいバレエが見られない地元の観客です。東京など大都市では、個々のバレエ団のレベルが上がっていますから、連盟など統括団体が主催する、各バレエ教室からダンサーをピックアップした合同公演でも太刀打ちできなくなってきています。こうなると、たしかにお客のためよりも、ダンサーに機会を与えるほうに重点があるのかもしれません。
 しかし、まだ多くの地域にはバレエ団がないわけですから、そのようなところでは、もっと虚心担懐に、地域のダンサーに機会を与えるということとともに、それ以上にお客さんにいい舞台を見せるという点で団結してほしいと思います。自治体も劇場もさらに経済界も、地域文化の振興という目的に向かって協力をお願いしたいです。そうしていい舞台ができれば、ダンサーにとっても、また観客が増え、バレエに対する理解が高まるということは、これからどんどん進む少子化のなかで、それぞれの教室にとっても大変いいことだと思うのですが。

 
 

うらわまこと(Makoto Urawa)
舞踊評論家

本名 市川 彰。慶応義塾大学バレエ研究会において、戦後初のプリマ松尾明美に師事、その相手役として、「ラ・フィユ・マル・ガルテ」のアラン、リファールの「白鳥の死」の狩人役を日本初演。企業勤務の後、現在大学で経営学を講義しながら舞踊評論を行っている。 各紙・誌に公演評を寄稿するほか、文化庁芸術選奨選考委員、芸術祭審査委員、多くの舞踊コンクール審査員、財団顕彰の選考委員などを務めている。

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