●舞踊公演目白押しの2月のアルテイ
これまで、このページでもしばしば京都府立府民ホール”アルテイ”のA.A.P.(アルテイ・アーティスト・プロジェクト)について取り上げてきました。この企画について簡単に説明しますと、ホールとして舞踊芸術監督(望月則彦さん)をおき、振付者を含むダンサーをオーディションにより登録し、それによって創造、発信活動を行おうとするものです。昨年の2月に第1回公演を行い、この2月に第2回公演を行いました。
これだけでも公立の(民間もですが)ホールとしては珍しいのですが、このアルテイはそれ以外にも舞繭の自主事業に力を入れている数少ないホールの一つなのです。
とくにこの2月には、ここまでやってよいのかと心配するほど、ユニークな舞踊公演が続きました。これらは1991年からはじまっているアルティ・ブヨウ・フェスティバルの一貫として行われたのですが、まず公募公演として10日から12日まで3日にわたって国内だけでなく韓国からも参加して、計15団体が作品を発表しました。この特徴的なところは、毎日経演後に地元の研究者や評論家と参加者との合評会が行われることです。私も一日時別に参加しましたが、通り一辺の感想を述べるのでなく、そうとう厳しい意見交換が行われています。
上記しましたし、またあとで詳しく取り上げるA.A.P.公浪(18,19日3回)もそうですし、さらに引き続き「日本におけるドイツ」に賛同してドイツ・ダンスの新しい世代としてヘンリエッタ・ホルンのカンパニー(フォルクヴァング・タンツシュトゥディオ)の公演を2作品2日づつ(21,22日、25,26日)行っているのです。私もこの後半の『銀色の海のアーティチョーク』を見ましたが、エンターティンメント性に富んだ明るく楽しいダンスで客席から笑いが絶えませんでした。しかし、最初の作品「ラーケンハル(織物倉庫)」は支配と弾圧に抵抗する思想性の高い作品であったとのこと、多様な面をもった団体のようです。この時同時にウルズラ・カウフマンのダンス写真展がホワイエで開かれ、さらに4月にもドイツからヤン・プッシュを招いてダンスと映像や電話などとのコラボレーション作品を上演します。
幸いにして現在の(財)京都文化財同が指定管理者となるようで、年間をとうしてほかにも舞踊の企画事業が行わることになっており、「今アルティが面白い」といえます。
●モダンダンス界巨人、グラハム
ここでA.A.P.公演について少し紹介しておきましょう。
昨年の第1回は登録メンバーによる創作3つが上演されましたが、今回はきわめて異色のというか意欲的な公演が行われました。
それは「温故知新」というタイトルの公演です。つまり古きを訪ねて新しきを知るということで、取り上げられたのがマーサ・グラハム(1894~1991)です。故人には敬称を付さないのがルールなのでそれに従いますが、彼女はアメリカンモダンダンスの創始者であり、タイム誌で20世紀を代表する人物として、アインシュタインやストラヴィンスキー、ピカソなどと並んで取り上げられたほどのダンス界の巨人です。その技法はグラハム・テクニックとして知られていますし、イサム・ノグチ、アーロン・コープランドなどの偉大な芸術家と共同制作を行い、その下からはマース・カニングハムさん、トワイラ・サーブ
さんなどの有名な振付者が育っています。木村百合子さん、アキコ・カンダさん、浅川高子さんなど、グラハム・カンパニーで活躍した日本人ダンサー、そのもとで学んだダンサーも少なくありません。
何回も来日して公演を行ってもいますが、わが国では残念ながら現在のコンテンポラリーブームのなかでやや忘れられた存在になっています。しかし、彼女のカンパニーは依然として健在で、アメリカ国内だけでなく、世界各地で公演を行っているのです。
●グラハムを知り、理解するためのプログラム
それで、ここで温故知新、グラハムを見直し、モダンダンスのルーツを探ろうという企画が生まれたのです。そのキーパースンとして折原美樹さんを招きました。
折原さんは現役のマーサ・グラハム・ダンス・カンパニーのメインダンサーで、新国立劇場のバレエ研修所の特別講師をつとめたこともあります。彼女とここの芸術監督の望月さんとが昔からの知り会いだということで、この話がスムースに進みました。彼女の仕事としては、グラハム作品を日本で上演するための、振り移し、ダンサーの指導、さらに作品のパテントのクリア、そして自身も舞台に上がる(踊る)ことです。
そのため、彼女は昨年8月に来日、1週間以上にわたってA.A.P.メンバーに振り移しやワークショップを行いました。そして再び来日、本番を迎えたのです。
当日のプログラムは3つのパートに分かれ、まず望月さんの『祈りの人』。基本はクラシックですが、モダンで自由な動きと宗教的な雰囲気をもった作品です。クラシック、モダン混成10人ですが、なかなかレベルの高い舞台でした。そして弟3部にグラハム作品3つ。 『セレブレーション』『ステップス・イン・ザ・ストリート』はみな短い部分の抜粋ですが、群舞のダンサーは良く踊り、グラハムの動きや構成の特徴はあるていど表現しましたし、ソロの『サティリック・フェスティバル・ソング』を踊った折原さんも軽妙な作品をしっかり表現、ダンサーとしての力も見せました。
●充実して分かりやすいレクチャー
さらに一般の公演と違うところは、第2部に折原さんのレクチャーがあったこと。幕前の簡単な解説でなく、1時間をはるかに超える、映像やデモンストレーションを加えた本格的なものです。
講義はまず舞踊の歴史から始まりました。15,6世紀イタリアからフランスへ、そこでの宮廷舞踊から始まり、19世紀ロマンティック・バレエの『ラ・シルフィード』や『ジゼル』、クラシックバレエの形式が完成した『白鳥の湖』などが、映像を使いながら説明され、20世紀のイサドラ.タンカンからデニショーン、そこから独立したグラハムヘと話は進みます。もちろんここが重点で、グラハム・テクニックのコントラクションとリリースなどが、舞台上のダンサーの動きで、またそのポイントが説明されます。さらに作品の特徴、変化なども映像やダンサーの抜粋部分の踊り(『アパラチャの春』など)で示されます。
グラハムはべテイ・デービス、グレゴリー・ペックなど、著名な俳優も指導しましたが「泣く」演技にはコントラクションが重要だったといった裏話も披露され、興味をひきました。これは、もちろん観客の啓蒙にもなりましたが、ダンサーたちにとっても大変貴重な機会だったのではないかと思います。もちろん、ポストモダン、ヨーロッパのヌーベルダンスにも触れています。
●舞踊の歴史や理論の習得が重要
個人的な話になりますが、実はその直前に開かれた文化庁と(杜)全国公立文化施設協会共催の、3日にわたる「アート・マネジメント・セミナー」で、私もこれに非常に似ていることをやったのです(16日)。それはダンスワークショップですが、たんに動いて体験するだけでなく、その前に模範演技をつけての「聞いて見て知る30分舞踊史」です。偶然というか、当然というか、取り上げた作品、その説明、バレエからダンスへの変遷と、その特徴などもほとんど同じ内容表現で説明されました。
たとえば、クラシックは、外へ(ターンアウト)、上へ(重力からの脱却=空間の利用)、そしてセンターをしっかり(身体の軸をずらさない)、それがモダンでは、内へ(インサイド)、下へ(重さを感じる=床の利用)、センターを外す(オフバランス)、になるという説明は、ほとんど同じでした。
もちろん、このような歴史や動きの基本を理解したからといってすぐに踊りがうまくなったりするわけではありません。しかし、観客はそれを知ることによって舞踊や舞踊家に対する興味が増しますし、ダンサーにとっては必要な素養であり、さらにホールの企画担当者にとっても充実した企画がたてやすくなるのではないでしょうか。この点、新しい指定管理者にとってはきわめて重要な条件になると思います。
参考までにつけ加えますと、ダンス体験ではコンタクト・インプロヴイゼーションをとりあげ、全体で2時間のセッションでした。
このような試みがあちこちで行われるようになるとよいと思います。
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