ダンスの動画・コラム・コンクール情報専門サイト

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオ。
HOME > ニュース & コラム > 無観客上演の意味と実態
-2つの記念公演から-

News & Column
ニュース & コラム

無観客上演の意味と実態
-2つの記念公演から-

うらわまこと 2021年8月10日


90
うらわまこと 2021年8月5日

 
 2021年、万全のコロナ感染予防体制をとりながら、何とか新年から公演を続けていた舞踊界。突然の大型連休をターゲットとしての4月25日から5月11日までの緊急事態宣言で、イベントは無観客が要請されました。劇場公演では観客のクラスター発生が皆無だったのにもかかわらず、休日における人流を抑えると言うことで、当面の生活必需品関係以外すべて槍玉に上がってしまったのです。4月下旬から5月上旬は、旅行やショッピングと共に芸術公演などのイベントも1年の中でも重要なかきいれの時期。舞踊界も多くの公演、発表会、そしてコンクールが予定されていました。しかし、観客100パーセントでもコロナ対策などで採算がさらに厳しくなっているなか、観客無しでは採算だけでなく、公演を開く目的そのものにも意味がなくなってしまいます。大手の一部、新国立劇場のように無観客で上演、映像配信で行ったところ、東京バレ工団など延期を決めたところもありますが、多くの公演、コンクールは中止せざるを得ませんでした。

 その中で無観客公演を強行した2つの団体がありました。
 バレエ団ピッコロと石川須姝子・田中いづみダンスアカデミーです。この2つはバレエとモダンダンスという違いはありますが、実はさまざまな面で共通の要素があるのです。先ずどちらもスタジオ(本部)が練馬区、しかも歩いて5分とかからないところにあり、公演会場も同じ練馬文化センター大ホール。そして創始者、主者の松崎すみ子さん(ピッコロ)、石川須姝子さんは、この地で長く活動を続け、「ピッコロ」は60周年、「石川・田中」は71年(昨年の70周年はコロナで中止)の記念公演。しかもそれぞれ、独特の個性的な作品を発表し続け、高く評価されているのです。
 もちろん、どちらも多くの人材を育て、ファンをもつ団体ですから、本当は多くの観客に祝福されながらの公演が望ましかったに違いありません。でも敢えて無観客公演に踏み切ったのは、失礼を恐れずにいえば、2人の創設者・主者が高齢で、体調を崩していたことにあったのではないかと思います。そして、共に記念公演として、長年努力してきた生徒の表彰もあり、そのタイミング、さらに入場収入こそありませんが、 このためにある程度資金を用意してきたことで、何とか開催の条件もカバーできたのではないでしょうか。
 さらに、松崎すみ子さんには松崎えりさん、石川さんには田中いづみさんという立派な後継者がおり、この2人が完全に団体を掴んでいたことが、この難局に取組めた理由だったのだと思います。

 では、無観客公演とは、具体的にどういう状況だったのでしょうか。今回の会場、練馬文化センターでは、客席にはスタッフ、関係者のみ6人まで、という条件でした。
 そこで「ピッコロ」(4月29日)の例をみてみました。
 プログラムは、開演前に舞台での表彰式、そして4部に分かれています。作品は、第一回公演(1966年)に上演された『白雪姫』、81年にデンマーク国際アンデルセン・フェスティバルに参加、バレエ部門第一位グランプリを受賞した感動的な名作『マッチ売りの少女』、これまで節目節目に上演され、その度に多くのゲストが出演した(実はかつて小生も)『カルミナ・ブラーナ』、ここではこれまで多くの松崎作品に主演、文化庁芸術賞などの受賞に貢献した下村由理恵さんと篠原聖一さん(一部振付も)などが華を添えました。そして、松岡梨絵さんとキム・セジョンさんによる60周年を祝う『黒鳥のクラン・パ・ド・ドゥ』、さらに松崎りえさんもキム・セジョンさんと松本大樹さん振付のコンテンポラリー『審美の役目』を踊りました。それ以外にも多くのゲスト、団員、ジュニア、児童たちが賑やかに登場しました。
 客席には音響とカメラ、そして関係者として小生も。
 多くの保護者、お手伝いの方々は、みな舞台袖で応援。拍手は許されますので、みな精一杯、劇場空間に響きました。
このようななか、プロの舞踊家はもちろんのこと、えりさんによりますと、子供たちは踊るのが楽しくて、客席にこだわらずゲネプロから本番まで、みな元気に精一杯演技していたとのこと。
 観客がいなかったのは返す返すも残念ですが、みなそれに負けずに充実した、活気ある舞台を作り上げていました。これは大きな救いです。
 多分、石川・田中アカデミー(5月9日)も同じような状況だったと思います。

 ただ、劇場公演では、3密になる可能性があるのはどちらかというと楽屋や舞台であって、客席はほとんどそのおそれはありません。もちろん、今回の宣言は連休の全体的な人出、人の流れを抑制するのが目的だったとは思いますが、キャパ何万人というスポーツスタジアムは別として、劇場はキャパの半分、時間差退場を守れば、ほとんど問題はないのではないかと思います。とくに練馬文化センターは、西武線、有楽町線、副都心線、そして大江戸線など多くの線をもつ駅と歩道橋で連結されているところにありますから、分散乗車、直行直帰も容易です。
 いずれにしろ、劇場無観客というのは、関係者への影響の大きさに比べて効果はあまり期待できないのではないでしょうか。
 むしろ、人流という点では無観客としても実際には国内外からのさまざまな人々が多数、長期にわたって広範囲に集うオリンピック、パラリンピックの方がよほど危険だと思うのです。

 

 
 
 

うらわまこと
うらわまこと(Makoto Urawa)
舞踊評論家
 
本名 市川 彰。慶応義塾大学バレエ研究会において、戦後初のプリマ松尾明美に師事、その相手役として、「ジゼル」、「コッペリア」などのほか「ラ・フィユ・マル・ガルテ」のアラン、リファールの「白鳥の死」の狩人役を日本初演。企業勤務の後、現在大学で経営学を講義しながら舞踊評論を行っている。 各紙・誌に公演評を寄稿するほか、文化庁芸術選奨選考委員、芸術祭審査委員、多くの舞踊コンクール審査員、財団顕彰の選考委員などを務めている。
 

うらわまこと(Makoto Urawa)
舞踊評論家

本名 市川 彰。慶応義塾大学バレエ研究会において、戦後初のプリマ松尾明美に師事、その相手役として、「ラ・フィユ・マル・ガルテ」のアラン、リファールの「白鳥の死」の狩人役を日本初演。企業勤務の後、現在大学で経営学を講義しながら舞踊評論を行っている。 各紙・誌に公演評を寄稿するほか、文化庁芸術選奨選考委員、芸術祭審査委員、多くの舞踊コンクール審査員、財団顕彰の選考委員などを務めている。

TOPへ