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深川秀夫バレエの世界

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亡き深川秀夫の作品を、システムとして再現した
深川秀夫バレエの世界

うらわまこと 2025年6月12日


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うらわまこと 2025年6月12日

 2025年4月27日、大型連休のなか、万博開催中の大阪(吹田市)で、ある公演が行われました。「深川秀夫バレエの世界」、これはわが国バレエ界にとって初めての、そしてある面で世界標準を目指しての、大変重要なものでした。
 上演されたのは深川秀夫振付の作品7つ。
 深川秀夫という舞踊家について語り始めると切りがないのですが、今から60年前、17歳にしてヴァルナのコンクール(1965年銅メダル)、そして5年後モスクワのバレエコンクールで当時の世界のトップダンサーたちと首位を競い(銀メダル)。「フライング・ジャパニーズ」と呼ばれるほど衝撃的なデビューを果たします。そして1970年代にドイツを中心に欧米で活躍、世界各地にその名を知られた伝説的な存在。80年に帰国してからはバレエ団に所属することなく、ダンサーとして各地に客演する他、仲間を集めて自作を主体に自主公演を行います。そして、21世紀に入るとじょじょに振付に重点を移し、特に出生地の名古屋以西を主体に多くのバレエ団やスタジオに作品を提供、独特の人間性と世界観で『ヒデオの世界」を作り上げました。そして体調を崩しつつも仕事を続け、パンデミックが始まった2020年、惜しまれつつ73歳の生涯を閉じたのです。

 彼の作品をまとめて上演すること、それだけでも素晴らしいのですが、この公演の真の意味はそこにあるのではありません。重要なのは、この公演の実行主体と、その方法です。
 主催は「『深川秀夫バレエの世界』実行委員会」と「公益財団法人吹田市文化振興事業団」です。そして、実質的に活動したのは「『深川秀夫の世界』を継承する会」でした。
 この会は、深川の死後ただちに、彼の遺族(姪)深川知己を代表に、彼とともに長年活動してきた照明の足立恒を始めとする多くの技術スタッフたちによって組織されました。その目的は、要約すると次の2点です。①深川の業績をきちんと整理、保存し、その権利 を守る、②彼の作品を正しい形で上演が続けられるようにする。そのために、彼の作品を きちんと再現指導できるもの(レペティトア)を設定しています。
現実に、彼の没後もその作品の上演を希望するところは多く、毎年10を遥かに超えるところで彼の作品が実際に舞台にのせられています。ただし、このほとんどが、過去に彼
の作品を上演したところで、そこには踊った経験のあるダンサーが多く、レペティトアも正しい形の上演を指導するのは比較的容易です。
 確かにこれも大事で、それだけ彼の作品が評価され、愛されている証拠でもありますが、 重要なのは「深川秀夫の作品を新しいところ(バレエ団など)で正しい形で上演する」ということです。

 わが国には深川作品以外にも、日本人の振付した素晴らしい作品が数多くあります。
 ただ、残念ながら、その大半は振付者の死去とともに消えてしまいます。没後再演のわずかな例として上げられるのは、深川作品のようにその作品をすでに上演した経験のある団体のケースです。最近では牧阿佐美バレヱ団の「飛烏•ASUKA」、谷桃子バレエ団の望月則彦作品『レ・ミゼラブル」などがそれです。

 翻って世界の状況をみると、ジョージ・バランシンの作品を考えれば一目瞭然で、日本を含む世界中のバレエ団が上演し続けているのです。それが可能なのは、彼のファンデー
ション(トラスト)があり、上演のための条件、体制が確立されているからです。端的にいえば彼の作品は商品として売買が可能なのです。もちろん、それを実際に買うには技術力や上演体制など厳しい条件があるのですが。
 なぜわが国ではそれができないのか。まず、これまでバレエ団や振付者が日本人の作品を売ろうという意識も買おうという気もほとんどなかったから。そして、バレエ作品についての権利意識に欠けていたということもいえると思います。たとえばネットやDVDの映像を参考にして作品を作ることはあっても、その権利がどうなっているかには無頓着であるケースが多いのではないでしょうか。
 一方で、振付者も自分の作品をしっかりと遺し、守り、死後もきちんと上演し続けるという考えも極めて少ないのではないかと思います。この点はこれからいろいろな舞踊家に確認してみたいと思っています。
 しかし、最近では企業としてきちんとした組織運営を目指す団体も、また作品、振付の権利は尊重しないといけないという人も少しづつ増えてきました。
 「『深川秀夫の世界』を継承する会」も、そのひとつです。
 ただ、今回の公演はこの会の最終目的ではありません。
 もちろん、多くの深川ファンに彼の作品をささげ、その魅力をさらに多くの人に知ってもらうことも重要です。しかし、それだけでなく、会の現在の体制、やり方で深川作品をどれだけ正しく再現できるかの試みでもあると思うのです。
 すなわち、今回の公演では、深川作品の体験者はほんのわずかで、出演者の多くはそれを見たことさえない者たちであり、彼らにどれだけ深川のもつ独特の世界を指導し、移植し、体現してもらえるかという試みです。

 ここで今回の公演について、簡単に紹介しておきましょう。
 まずマチネとソワレの2公演、マチネは追加、ソワレは延期公演です。こううたうのは珍しいのですが、昨年9月予定の公演が天候、交通事情により今回に延期され、そのチケットは原則ソワレに有効ということなのです。
 上演は7作品、3部構成で。冒頭に彼のコンクールの勇姿、まずウァルナの『ブルーバード』、そしてモスクワでの『パキータ』、最後にまさに裸の彼が見られる『ナルシスト』(ジャン・クロード・ルイーズ振付)とそのカーテンコールが、実は予告なくサプライズで上映されました。
 上演作品はまず多くのジュニアが大きな羽根を付けて、J.シュトラウスのワルツで奔放に踊り、叫ぶ『ディ・フェーダー』(レペティトァ=R・太田由利)、群舞が両手でスカートを後ろになで上げたり、彼特有の動きが多用される『ラフマニノフ・コンチェルト』(R・太田)。第2部はバラエティに富んだ小品4つ。まず佐久間奈緒が、深川が大塚礼子のためにつくった『光の中で』(R・大塚)(音楽バーンスタイン)をしっとりと踊り、次いで彼らしい動き、香りがとくに濃い群舞作品の1つ、ショパン曲の『レ・ゼトワール』(R・国枝真才恵)、続いて7人の女性により、それぞれの思いと関係、そして向かう意思を、ショパンで深くしっとりと描く『新たなる道へ』(R・太田)。そして、まずシャンソン、そしてモーツアルトで、かって華やかだった女性(青山季可)の老いへの抵抗と受容を、取り巻く4人の女性、さらにマスクなどを使って表現するドラマティックな『顔のない女』(R・大塚)。
 最後は、今回の最大のみもの、彼の代表作の1つであり、これまで各所で上演されている『ソワレ・ド・バレエ』(R・太田、大塚、大寺資二)、音楽はグラズノフ。5組の男女、すなわち中村祥子/厚地康雄、米沢唯/中家正博、池田理沙子/奥村康祐、上山榛名/水城卓也、春木友里沙/今井大輔という極めて興味ある顔触れを、多くのダンサーが取り巻いて、星空のもと華やかに空間を飾ります。各所に彼独特のステップやポーズもみられますが、むしろ全体として洒落た人間味に満ちた「深川秀夫」の世界が表現されるかどうかがポイント。リハーサル途中に出演者の一部に故障、変更などもあったのですが、さすがに全員でカバーし、現在求められる最高の『ソワレ~』だったと思います。
 出演者は9月の決行か延期かの混乱、その後の出演者の変更などさまざまな困難はありながら、かつて名古屋で彼の作品の経験豊富な米沢唯はじめ、レペティトア各氏の努力もあって、みな懸命にチャレンジしていました。さらにさすがだったのは照明(足立恒)、冒頭の上から垂れ下がる大きな布に映える多彩な光から、深川の世界に観客を引き込み、また守山俊吾指揮のシンフォニア・アルシスOSAKA も、『ナルシスト』の映像に音楽を完全にシンクロさせるなど、ダンスと一体化して、全体として見事な成果をあげました。
 まえにも記したとおり、これが「継承する会」の最終目的ではありません。これを貴重なステップとして経験、知識を積み上げ、今後国内(実際に上演予定あり)だけでなく、海外にも彼の作品が正しく移植され、さらに評価が高まることを期待しています。

最後にこの問題に関連して1, 2付記しておきます。
本年2月、東京で「矢上恵子メモリアル・ガラ」が開催されました。矢上恵子は独特の動きのスタイルを創造して、ダイナミックかつドラマティックな作品を多数発表。大阪で2人の姉妹とともに主宰するKバレエ・スタジオだけでなく、全国各地に作品を提供しました。2019年に他界した後も各地でその作品が上演されています。今回の公演は、彼女の作品を再現して、東京の観客にその魅力を伝えようとしたもの。芸術監警は福田圭吾、彼は恵子の姉、矢上久留美の子息で、恵子の作品の経験多くそれを知り尽くしています。そして久留美(彼女も踊っていた)が監修、同じく経験豊富な石川真理子と福岡雄大が指導しています。上演作品は計7曲、ハイライトは最後の『Toi Toi』。上記石川、福岡、そして福田を軸に見車に再現されていました。
 ただ、上演主体は実行委員会(主催は新書館)で、継続されるものではないようです。
 しかし、これからも、日本が生んだコンテンポラリーバレエの粋として、権利の問題なども明確にして、それを広く展開することを期待しています。
 もう1点、昨年暮れに他界された佐多達枝。彼女の作品も文学的であり、独特の動きのセンスをもつ世界のどこに出しても恥ずかしくないもの。彼女が活動できなくなってからも、すでに子息の河内連太があちこちで作品を再現しています。これからも、彼女の作品にかかわった舞踊家が健康なうちに、ぜひ権利を守り、作品が復元できる体制を作ってほしいと思います。
 たんなるアーカイヴでない、このような動きがさらに増えてくることを願っています。

うらわまこと
うらわまこと(Makoto Urawa)
舞踊評論家
 
本名 市川 彰。慶応義塾大学バレエ研究会において、戦後初のプリマ松尾明美に師事、その相手役として、「ジゼル」、「コッペリア」などのほか「ラ・フィユ・マル・ガルテ」のアラン、リファールの「白鳥の死」の狩人役を日本初演。企業勤務の後、現在大学で経営学を講義しながら舞踊評論を行っている。
各紙・誌に公演評を寄稿するほか、文化庁芸術選奨選考委員、芸術祭審査委員、多くの舞踊コンクール審査員、財団顕彰の選考委員などを務めている。
 

うらわまこと(Makoto Urawa)
舞踊評論家

本名 市川 彰。慶応義塾大学バレエ研究会において、戦後初のプリマ松尾明美に師事、その相手役として、「ラ・フィユ・マル・ガルテ」のアラン、リファールの「白鳥の死」の狩人役を日本初演。企業勤務の後、現在大学で経営学を講義しながら舞踊評論を行っている。 各紙・誌に公演評を寄稿するほか、文化庁芸術選奨選考委員、芸術祭審査委員、多くの舞踊コンクール審査員、財団顕彰の選考委員などを務めている。

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