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カバーストーリー

ダンスの世界で活躍するアーティスト達のフォト&インタビュー「Garden」をお届けします。

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森 嘉子 Garden vol.22

森 嘉子 地面を感じなければアフロは踊れない。そして音楽を自分の血にすること、肉にすること

変わらないのは美しい身体のラインだけではない。
森嘉子氏は、静かに湧き上がる情熱で内から音楽を生みだして、今も私たちを魅了し続ける。

苦しい時にいつも踊りがあったから救われていた

森さんも迷ったりめげそうになったことはおありでしょうか。

そういうときに、踊りがあったからよかった。踊ることで自分の心が落ち着くんですよ。私、主人が亡くなった時も、両親が亡くなった時もお葬式出した翌日が舞台でしたから、踊りに救われましたね。だから自分で動けるあいだはなるべく踊っていたいなとは、思っていますけど(笑)。

森さんからご覧になって、若いダンサーに求められること、アドバイスをいただけますか。

あんまり色気を出さないことだと思います。あれだこれだと、ひとつのものを極めていないんですよね、途中でいろんなことをやりすぎる。だからその人独自のスタイルを創り出すのがむずかしい。

創り出すまでには時間も勉強も必要ですが、その前にほかのことをやってしまう、ということですか。

それをよしと認めてしまう先生方が若い世代になったでしょう。先生もそうだから。
それと今、日本そのものが不安定で、人がみんな揺れ動いている。大切なのは、その人の心のあり方だと思います。いや、これは自分の心の中には置いちゃいけないものだと、決められる強さが必要ですね。

favorite

思い出の品

このペンケースは、うちの生徒だった方からのプレゼントです。彼女はもともとジュン・キョウヤさんのところに稽古に行っていたのですが、私の舞台を見てファンになってくださってうちに来たい、と。私もキョウヤさんに、彼女がうちの稽古場に来ることになったけれどもいいかしらとお聞きしたら、よろしくお願いしますと言ってくださった。それで5、6年うちで稽古してらしたでしょうか。彼女は静岡から通っていらしたんですが、ある日ご自宅の窓辺で心筋梗塞を起こして亡くなられたんです。50代の若さでした。私はこのペンケースに爪切りなど身の回りのものを入れて、もう20年以上使っています。

 

dream

Q. 子供の頃に思い描いていた『夢』は何でしたか?
故 彭城秀子に1939年入門、初舞台が1944年戦時中の慰問舞台でした。早く戦争が終わればと思う日の中で子供心に師の舞台姿が素晴らしく憧れていました。私も負けないでいつかはと思い今日まできました。

Q. あなたのこれからの『夢』は何ですか?
舞踊を志して65年になります。
今までと私の行く道は変わる事なく、常に原点を大事に進む事が大切かと思います。

Interview,Text : 林 愛子 Aiko Hayashi  Photo : 長谷川香子 Kyoko Hasegawa