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ニュース・コラム

舞踊評論家・日下四郎氏の連載コラム「ダンスレビュー」

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Dance Theater Ludens の新作「1hour before Sunset」:
借景を取り込んで大胆にライヴ感の領域を拡げた 9月16日-19日 4ステージ at ヨコハマ埠頭 象の鼻テラス

日下 四郎 2011年9月26日

気がつくと室内へ、どこからともなく祭り囃子のようなノイズが流れ、それが開始の合図らしく、紅いレオタードのプレヤーのひとりが、先端にチョークをつけた長い棒を手にして登場、その立った姿勢のまま、床の上へ円だの斜線だの幾何学模様の図柄を、1本のラインで器用に延長しながら描いていく。この集団の看板である〔抽象〕と〔遊戯〕のコンセプトを、まずはじめに明確にデモンストレートするかのような序景であった。

Ludensは今世紀の初頭における新宿パークタワーでのデビュー以来、いまや「Be」シリーズ、「Distance」、「Against Newton」「Anonym」など、受賞作には事欠かないヴェテラン的存在だともいえるが、それでいて岩淵の振付・演出には、いつみてもとことんラバン風の身体造型の可能性を追うはげしい姿勢と、流れ出るエネルギーによって貫かれている。いきおいその主題は“身体と重力”、“身体と空間”、また“身体と時間”といった抽象的理念に徹していて、それらの課題を念頭に、身体一つに賭けたライブな振付の成果が、そのままこのグループの魅力ある舞台作りでもあるのだ。

このスタイルと発想は、当然彼女の選ぶ音楽にもそっくり適応される。物語や情緒といった付随物、すなわち非身体的なものに奉仕する要素は一切ない。今回の共犯者は打楽器奏者の加藤訓子。マリンバ6台を手玉にとって、スティーヴ・ライヒのミニマル・スコアをエンドレスに叩き続ける。もっとも途中でそれまでの録音をリピートして、それをバックに更に生演奏を多層化する手法もあり迫力充分。これらミニマル・ミュージックを、レッド、ブルー、ホワイトの衣装をつけた5人のダンサーが、ドゥオ、トリオ、ソロを交えた、自在で意表をつく視覚の織物に置き換えて行くのだ。

ところが今回“ Dance Theater Ludens ( 身体ダンスの自在なお遊び)”は、さらに自分たちの作品に、もうひとつの魅力ある未知の表現領域を加えた。それはスタジオを囲むガラス壁に2箇所の大きな穴を開け、それを通路としてダンサーを外の世界と一体化させる試みである。事実上演時間中プレヤーは数次にわたってドアから外へ飛び出して埠頭の風景や人々の中に消え、しばらくするとまた別のドアから戻ってくる。スタジオの観客は夜景と一体となったそれらの景色を、そのままガラス越しに見ている。冒頭に述べた動く「借景」の発想である。これによって今進行中の社会と自然の一角は、そのままダンス作品の一部と化して、俄然造型のスケールが広まる。

なるほど時は今コンテンポラリーの全盛時代。バックを飾る映像や美術の工夫は他にも山とある。しかしこの作品に見る限りホリゾントの全域は、単なるデコールの次元を飛び越え、ダンサーもろとも身を投ずることで、作品と生活が見事にリアルタイムで同時進行するという、まったく新しい拡がりを見せたのだ。

むろんダンスのスタイルとして、同じ流れの発想はこれまでにもあった。野外で展開するバレエなどはその原型であり、フェスティバル系のイベントではしばしば行なわれるし、他の野外ショーも種々あった。現に私は1年ほど前この同じエリアにある、大桟橋のついはずれの野外を利用したあるモダン・ダンスの集団が、海をバックにその種の冒険を試みたケースに立ち会ったことがある。しかしそのときは周辺にひろがるい海と空のかなたへ、サウンドがすっかり吸い込まれてしまって迫力を失い、折角室内で固めた身体作品の魅力が、どこかへ消えてすっかり興ざめした記憶もある。単なるページェントならともかく、藝術ダンスが自然やライブを相手におのれの存在を主張するのは、けっこう面倒で難しい課題なのだ。

その点で今回の岩淵演出は、なかなかによく計算されていたといえる。音楽も室内空間という仕切りゆえ、広がる夜景をバックにしながら、よく演奏の迫力を保持し得たし、目の前のダンサーの動きも、ガラスの空間で密度高く保持され、さらに積み上げられた振付の過程で、突如視線の先の埠頭に停泊中だった遊覧船が、けたたましく響き渡る汽笛の音とともに出航を始めるなど、その計算された巧みなタイミングには、あっと声を立てて驚ろく一瞬も用意されていた。動く「借景」を利用した鮮やかな成功例のひとつである。その結果作品自体がもつライヴ感は飛躍的に高まり、そのスケールが一段と魅力を発揮した今回の試みだったといえるのではないか。

それにしても「 1hour before Sunset 」の意味するものは何だろう? 会場を後にしながらフト気がついた。この日「象の鼻パーク」に早く到着した私は、たまたまベンチに座って日暮れ前の埠頭エリアの1時間を、予期せずじっくりと楽しませてもらっている。ひょっとしたらこれもまたLudensが最初から立てていた、たくまざる演出コンテの裡のプランだったのかなどと、なんだか妙に納得させられたような気分になって、急ぎ東京への帰路についた、この日のヨコハマ・ダンス行でありました。(18日所見)

日下四郎
日下四郎(Shiro Kusaka)
芸術文化論・ダンス批評・演出
 
本名:鵜飼宏明 京都市出身。
東京大学ドイツ文学科卒業後、東京放送(現TBS)へ入社、ラジオ・テレビのプロデューサーとして数々の番組を送り出す。1979報道制作部長職を経て退社、 故・三輝容子とダンス・シアター・キュービックを設立、13年間にわたりトータル・アッピール展の創作(台本・演出)にかかわる。90年代は淑徳短期大学、日本女子体育大学大学院にあって非常勤講師、主にドイツ表現主義芸術を論じた。現在はフリー・ランス。著書:「モダン・ダンス出航」「太陽と砂との対話」「竹久夢二」「現代舞踊がみえてくる」「東京大学学生演劇75年史」「ダンスの窓から」「ルドルフ・ラバン」(翻訳)など。他に、ビデオシリーズ「日本現代舞踊の流れ」(全6巻)の完成があり、その全テキスト・演出を担当した。