藤井 修治 | ||
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2000年4月25日 | ||
だいぶ前のこと、若い人に文化と文明とはどう違うのかと質問されて、とっさには返事ができなかったことがあります。 手もとの古い「広辞苑」を開くと、「文化」は 1-文徳で民を教化すること 2-世の中が開けて生活が便利になること 3-人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面 の成果。・・・後略・・・。などとあります。「文明」については 1-文教が進んで人知の明らかなこと 2-都市化、生産手段の発展によって生活水準があがり・・・中略・・・すなわち近代社会の状態。など。よくわかりませんね。すこし新しい「国語辞典」では、「文化」 1-世の中が開けて生活水準が高まっている状態 2-人類の理想を実現して行く精神の活動・・・後略。「文明」は 1-世の中が進み、精神的物質的に生活が豊かである状態。特に「文化」と対立させて、技術や実用に重点がある。・・・・。何となくわかります。要するに、日本では昔は文化と文明の区別 がはっきりしていなかったのに、近年、物質文明が進んだことで、文化と文明の違いがはっきり分かれてきたようなのです。 思いつきなのですが、文明人と文化人という視点から考えると、文化と文明の区別 が明確になるようです。例をあげてみましょう。 街や電車の中で携帯電話で大声で「ソイデヨー」とか「てカンジー」などと友人と会話している若い人たちは、文明の利器は見事にマスターしているものの、話の内容は文化的とはいえません。パソコンを駆使してはいても、一日だけの恋人探しばかりしている人も多いようです。これでは文明人であっても文化人とはいえません。 現代日本人は、生まれた時から高度の文明人だといってもよいでしょう。しかし、受験戦争を勝ち抜いた人もキャンパスを遊園地化し、就職にありつけばスポーツ紙とマンガしか読まなくなれば、文化人としては退化してしまいます。たとえ地位 や財産を得ても文化とは縁がなければ精神的には貧しいでしょう。 それに対し、文化勲章受章者など、最高の文化人とされている人々は、パソコンどころか、携帯電話を使える人はほとんどいないでしょう。文明人としては少々未開人に近いといえるわけです。このホームページをアクセスする人たちは、機器を駆使しながらも文化に関心を持っている点で、文明人であり文化人でもあるということでしょうか? 舞踊についても、よい舞台を作るために、文明と文化との両立、バランスのとりかたが問題になります。いまや日本の文化の一つの焦点ともなった新国立劇場でのこと。開場記念公演では、現代日本を代表するモダンダンスの実力者たちが新作を披露しました。ところが、新国立劇場御用達ということで緊張したのか、もしくは、ふだんはあまり費用がかけられないので、この機会にと大がかりな装置やハイテクを駆使した場面 転換などを試みたためもあってか、ほとんどがいつもよりつまらない作品となってしまいました。芸術家にとって最新の機械を使うことは、目的ではなく創造の手段だということを忘れてはならないようです。装置なし、衣装はレオタードでも芸術は作れるはずです。 大臣や大社長になっても芸術を楽しむ余裕もなければ文化人失格となるかも。できるだけ本物の芸術にアクセスして、精神的にリッチになるように心がけましょう。文化人には心がけ次第でいつでもなれます。 |
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