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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.25 「女形(おんながた)のこと」  
2001年2月20日
 先日、NHKテレビの「地球に乾杯」というドキュメンタリー番組で、「中国京劇最後の女形~虞美人よ永遠に舞え」という題の回を見ました。
  中国の歌舞伎とか呼ばれる演劇は中国各地にあるのですが、中でも最も知名度の高い北京の京劇では長い間にわたって男性が女性役を演じる女形が人気の焦点だったのです。ところが現在は梅葆玖さんという66歳の俳優さんだけが頑張っているとのこと。番組はこの梅(メイ)さんを中心に進められました。京劇はかって文化大革命の時代に弾圧され、特に女形の芸は退廃的だとかでやめさせられ、梅さんも一番大切な時期を下働きなどさせられていたとか。彼は長いブランクのあと政治情勢の変化で復活しました。しかし彼もすでに老境に入りつつあり、いま女形の後継者が現れないと将来亡びてしまうでしょう。
  さて、もうだいぶ前のこと、昭和30年ごろでしたか、京劇が初来日しました。文革前のことで、トップに梅蘭芳(メイランファン)という名女形が君臨していました。先日のテレビに登場した梅さんのお父さんです。そのころもう60歳以上でした。「覇王別 姫(はおうべっき)」という芝居では、戦乱の世の名将項羽が敵に囲まれ敗戦する時、夫の邪魔になるからと自殺する虞美人の役を切々と演じ、「貴妃酔酒(きひすいしゅ)」で酒に酔って歌い踊る楊貴妃を陶酔的に演じました。幕あきでは美女に見えないのですが、その仕草の華やかさ、猫のラブシーンのように音程を上下にずらす独特の歌唱など、視聴覚両方から強烈にアピールするものがありました。不思議世界にひきずり込まれてしまい、時間とお金の都合をつけては見に行くという、京劇の追っかけになってしまったことを思い出します。
梅蘭芳は69歳で死に、先日テレビに出ていた息子の梅葆玖さんは、父親が死んだ年齢に近づいたのに、まだ後継者がいないと悩んでいました。このままでは京劇の女形の伝統は絶えてしまう。梅さんは息子さんにも女形芸を教えて見ますが、息子さんは別 のことを考えているらしい。
  そんなわけで梅さんは、あの「覇王別姫」を上演するに際して、劇団員の中から25歳の美人女優さんに難役虞美人の役を与えることにしたのです。女形の役をやむなく本物の女性に伝えようというわけです。厳しいリハーサル風景、そして公演当日。彼女は圧倒的に美しい舞台姿で、技術的にも難なく演じました。拍手も貰いました。見ている梅さんも一応ほめてくれました。しかし僕が見ても少し不満でした。僕がこの目で見た老梅蘭芳の舞台、テレビで見た息子の梅さんの舞台の断片、いずれも男性ゆえに全身全霊で女性を演じようとの気迫や緻密な表現には、ものすごい迫力がありました。梅さんはまず美しい女優に主役を伝え、いつの日か男性の女形にその芸を伝えて欲しいのではないでしょうか。番組全体にわたって伝統の芸を何とか後世に伝えたいという梅さんの執念が痛いほど伝わってきたのです。
  映画やテレビドラマでは美女役は本物の美女が演じるのは当然です。しかし舞台芸術はそう甘くはありません。特別 の才能や血の出るような努力等が物をいいます。それでこそ舞台が面白いんです。
  日本の歌舞伎の場合、女形の後継者が続々現れて人気を集めており、将来も明るいようですが、このことは別 の機会にゆずります。
  欧米でも、かってはシェークスピア当時の演劇では少年が女性を演じたとか、バロック期のオペラやバレエも男性だけの時代があったとか。こんなことで変身の技術もみがかれたのでしょう。バレエ「リーズの結婚」のお母さんや「シンデレラ」の継母、継姉を男性が演じると面 白いのもこういう伝統の流れかも知れません。男性による女役、テレビでは少々キモいけど、ナマの舞台は迫力十分ですよ。何とか都合をつけてごらんになるのをおすすめします。



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