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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.37 「映画もいいものデスネー」  
2001年9月4日

 舞踊を中心に見て歩く生活を続けていたのですが、21世紀になってから他のいろいろなジャンルのものをもっと見聞したいと心がけるようになりました。映画はけっこう長期間上演しているので、ちょっと時間ができたら見に行こうなどと考えている間に次ぎの映画になってしまったりします。ビデオ化されたり、テレビで放映しているのもよいですが、本来の大画面 で見たほうがずっと迫力があります。しかし映画館に行くのには時間や体力が必要です。そんなジレンマに悩まされることもありますが、先日思い切って「王は踊る」という映画を見に行ってきました。行ってよかった!
 17世紀の中頃から後半にかけてフランスの王様として君臨し、太陽王とうたわれたルイ14世が主役です。そして当時の大作曲家リュリと劇作家・俳優のモリエールが加わって、当時の舞台芸術の様子も劇的に描かれます。
 ルイ14世は5才で国王になったのですが、政治の実権は母親とその愛人の宰相マザランに握られていました。ところが彼は芸術的才能に恵まれていたので、イタリアから来た若い作曲家リュリの天才を認めて宮廷の音楽家として雇用します。同性愛者として一目で王の美しさ華やかさに魅せられたリュリは、王のために多くの壮麗な曲を作曲し演奏し、踊り好きな王のために振り付けも考えました。周囲の人々はリュリをイタリア人の成りあがり者とけなしたのに、リュリはフランス人以上にフランス的な音楽を書き、自身の上昇志向もあってまたたくまにフランス文化の中心人物になりました。彼はすでに力のあった作者モリエールと協同してのコメディ・バレエを成功させ、さらにモリエールを排して、ついにはフランス独自のオペラを確立します。そ
の音楽の美しさは音楽史上でも類のないものです。日本ではリュリやのちのラモーらのフランスのバロック時代の音楽はあまり親しまれていません。その意味でもこの映画は見ものであり聴きものでもあると思います。
 若いころの王は芸術の力を信じ、自ら熱心にレッスンを重ね、他のだれも敵わないほど見事な踊りを見せることでカリスマ性を身につけます。しかし母やマザランの死後は、政治的にも実力を最大限に発揮し、絶対君主として君臨します。パリから離れた土地に広大なヴェルサイユ宮殿を造営するなど極限まで権勢をふるってフランス史上最大の王となりました。もう宮廷で踊るには体力がなくなったころ、踊らなくても権威は安泰になったのです。そういうわけで音楽家リュリの活躍の場は狭められ、彼の王に対する一方的な愛も報いられることなく終わってしまいました。古今、同性愛者といわれた作曲家は少なくありませんが、僕はリュリがそうだったとは知りませんでした。しかしこれが事実だったかはわかりません。映画は学者の論文とは違います。事実と想像を交錯させて、面 白くまとめる必要があるのです。観客はそれぞれの感性で受けとめて楽しめばよいのでしょう。
 さて、映画で若手美男俳優のブノワ・マジメルが扮するルイ14世の演技もよかったのですが、その踊りもけっこうなものでした。いまから20年ほど前に解読されたという当時の記譜法によるというステップを忠実に再現していたようです。しかし上半身の動きは、われわれがフランスのバロック時代の舞踊はこうだったろうと想像するような典雅な表現よりは多分に強烈で男性的に見えました。しかしいかにも太陽王にふさわしいと感心もしました。実はもう40年も前に、日本バレエ協会公演で、バレエの歴史の流れを再現したコーナーがあって、故東勇作氏が太陽王ルイ14世になって当時の王の版画と同じ扮装で踊りました。この時はもっと動きも少なく、古雅な趣きが感じられたのです。そしてそれ以後も当時の宮廷バレエを再現した公演や映像でも優雅さが先行しています。そんなことで映画での王の踊りは当時の実際の踊りよりもずっと動きが激しくなっていると思います。
 とにかくかっこよく上手な踊りでフランス宮廷を支配したルイ14世が、ある時、トゥール・ザンレールに挑戦しますが、どうもうまくマスターできず本番でも失敗します。この場面 で王も神ではないということになったり、王も自分の体力の限界を知ることになるのです。しかし当時は空中で2回転するというトゥール・ザンレールは未開発だったのではないでしょうか。これを王らしく10センチのヒールの靴で踊るのは現在でも無理でしょう。でもこんなところが映画の面 白さだと思います。
 音楽についても映画でのムジカ・アンティカ・ケルン(MAK)の演奏はアクセントの強い演奏で、われわれがCDで聴きなれている古風な表現ではないのに驚きました。これも映画を面 白くするための工夫でしょう。考えてみれば映画は音楽の専門家や舞踊家や、オタク的なファンのためだけのものではなかったんです。その意味でこの映画はいろいろ考えさせてくれました。
 戦前に作られてパリ・オペラ座の内幕を見事に映画化した「白鳥の死」は戦後も長い間上演され続けました。戦後は「赤い靴」や「ホフマン物語」などのバレエ映画が人気を集めました。ソ連時代のロシアのバレエ「ロメオとジュリエット」などの記録映画も成功しました。フォンテンやヌレエフの舞台を残した映画もすてきでした。しかし「王は踊る」はバレエ映画ではありませんが、一人の王の成長や社会の状況までを描きながら、当時の音楽や舞踊の実態を見せてくれています。映画は舞台と違って物事をリアルに見せつけます。しかしそれにプラスして想像の翼をひろげさせてもくれます。久しぶりに見た映画にけっこう感心してしまいました。映画っていいものデスネー。




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