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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
Vol.74 「凄い「白鳥の湖」でした!」
2003年3月13日

 イギリスから来日中の「アドベンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズ」というグループの人気演目「白鳥の湖」を見てきました。ロンドンで1995年の初演以来、大評判を呼び、各地で圧倒的な人気を得て、ついにブロードウェイまで進出してロングランを果 たしたとか。初演当初からもの凄い白鳥が現れたとの風評は聞いていました。NHKのBS2でも深夜に放送していたのですが、一部だけ見てそんなものかとは思っていました。ところがナマの舞台を見てその迫力に圧倒されてしまいました。ということで今回はこのことについて書きたいと思います。
 御存知のとおり「白鳥の湖」は19世紀後半のバレエで、今日でも一番の人気演目です。チャイコフスキーが魂を込めて作曲したバレエ音楽によって作られ、1877年にモスクワで初演されましたが間もなくおくらになってしまいます。舞踊家も音楽家も、そして観客もこのバレエ音楽の眞価を認めることができなかったからともいわれます。しかし1893年、チャイコフスキーの突然の死のあと、巨匠プティパがこの音楽の眞価を発見。助手のイワーノフと協力して1895年に全幕の上演に成功、このプティパ=イワーノフ版が今日までの世界中の「白鳥の湖」のお手本となっています。この版はわれわれが持っている古典バレエに対しての要求を全部みたしてくれるものです。第1第3幕は宮廷を舞台にした豪華絢爛たる舞台、第2第4幕は湖畔でのロマンティックな情緒あふれる舞台。そして起伏の大きい物語は古典的なマイムによって進められ、その間に美しい踊りの見せ場がつぎつぎに展開されます。昼の間は白鳥の姿にかえられている王女とすこやかに育った王子が力を合わせて悪の力に対します。男女が協力して真善美を追求するという一般 性は世の多くの老若男女にアピールしています。現実離れした舞台の中に眞実を捜すということができて観客は満足して家路を辿るとうわけです。
 今回の「白鳥の湖」は同じチャイコフスキーの音楽を用いながらも全く違った世界が描かれます。このグループを主宰するマシュー・ボーンの作・演出・振付になる舞台は、架空の国のことにはなっていますが、明らかに20世紀のイギリスのロイヤル・ファミリーや上流階級の世界に見えます。あまりにも独自な筋書きなので、ごらんにならないかたのために物語を略記しましょう。
 とある王国、父を知らずに、女王である母親の愛を受けながらも、その支配下にもあって育った王子は、母を愛しながらも自由になりたいという屈折した青年となります。時折り出没する執事はロットバルト風に何かをたくらむ様子。王子はあてがわれたガールフレンドともうまく行きません。王子は自由を求めて下町のクラブを訪れますが世の中を知らないために相手にされずほうり出されてしまいます。絶望して自殺しようとした王子が夜の公園をさまよううちに池から白鳥たちが現れます。白鳥たちはわれわれの想像に反して全員が男性ダンサーです。白鳥というと優美な女性陣が踊るものとの既成概念がありますが、マシュー・ボーンは自然界の白鳥たちを観察した結果 、白鳥は雄々しく、時に凶暴、残酷だと結論づけたのです。舞台での男性陣は上半身は裸、白い羽のついたパンツで跳び廻ります。その中で最も立派な白鳥が王子に近付いて王子を心身ともに包み込みます。王子は初めて自分の求めていたものに気付いてその白鳥と愛し合うようになり、生きて行く力を得て宮殿に帰って行きます。
 後半は宮殿での舞踏会。女王をはじめ着飾ったセレブたちが入場してワルツなどを踊りますが突然、黒皮パンツの荒っぽい男がバルコニーに現れます。王子はすぐに彼があの白鳥だと気付きます。無頼な侵入者に人々は拒否反応を見せますが、その男は着飾った女たちと次々に踊り、彼女たちの虚飾をはいで夢中にさせます。ついに女王もこの男のとりこになってしまいます。王子は自分だけを愛しているはずの母までがこの男に魅了させられ、その男が自分が愛する白鳥だということで錯乱してしまうのでした。
 冒頭と同じ王子の寝室。悩み苦しむ王子。ベッドにあの白鳥が現れ王子と踊ります。しかし白鳥たちが現れて二人を引き離すのです。白鳥と人間の交流は許されないのでしょう。問題の白鳥は消え、王子は死んでいます。母女王が現れて嘆き悲しむうちに幕がおります。意表を突く「白鳥の湖」でした。
 プティパ=イワーノフ版が生まれてからちょうど100年後に生まれたこの創作バレエは、われわれの良識といったものをうちくだきながら、時代の流れを痛感させてくれたのです。そして19世紀生まれのバレエが、古典バレエの最大傑作として人々に愛され親しまれると同時に、前衛的創作バレエにもなって人々を驚かし感動もさせているのです。
 20世紀初頭には20世紀の新しいバレエを創造した興行師ディアギレフと男性ダンサー、ニジンスキーの同性愛関係が噂されました。20世紀後半では大振付家べジャールや不世出の男性舞踊家ヌレエフらが同性愛をほのめかす舞台を創ったり踊ったりしています。これはかつては宗教上とか道徳上からかくされていたものがカミングアウトした結果 だと考えられます。現実には地球人の10人に1人は同性愛だそうで、特に芸術家の場合は確率が高いといいます。だから現代では少数派だといっても存在は認められるべきでしょう。
 「白鳥の湖」の作曲者チャイコフスキーも同性愛者といわれます。最近の研究ではその死因も同性愛を告発されての強制的な自殺だったとの説もあります。マシュー・ボーンはあの美しい音楽の中にチャイコフスキーの痛々しい絶叫を聞きとったのかも知れません。この舞台ではナマではなく録音された音楽が用いられていますが、大きい起伏で劇的に演奏されています。「杯の踊り」などは異常に早い演奏で盛り上げています。強力な拡声装置で再生される音楽の音量 の大きさはロックのコンサートのようにすさまじいものですが、これも「白鳥の湖」を現代化させるのに効果 を発揮していました。チャイコフスキーがこの舞台を見たら驚倒し、大怒りするだろうという人もいましたが、逆に友人の一人は、チャイコフスキーは泣いて喜ぶんじゃないかと電話してきました。そうかも知れません。
 先年、スウェーデンのクルベリ・バレエ団の来日公演で、全く新しい発想での「ジゼル」と「白鳥の湖」が上演されましたが、この時にチャイコフスキーの原曲でなく物語に合わせた音楽を委嘱したほうが効果 的だという人もいました。しかしあえて昔の音楽を用いて新しい舞台を作ったからこそ舞台の新しさが見えてきたとも思えます。今回はさらにその感を深くしました。
 この公演を見た日、僕は多分に疲れていて、もし眠ってしまってイビキでもかいて皆さんに御迷惑をかけてはいけないと思ったので、隣席の青年にもしイビキが聞こえたら起こして欲しいとお願いしておいたのですが、舞台の迫力のおかげで寝ないですみました。その青年と少しお話しをしましたら、いつもは現代的な舞台を見ているので、古いバレエは見たことがないとの話しでした。僕たちの年代の人は古い「白鳥の湖」を見なれているおかげでかえって新しい「白鳥の湖」に驚きながらも感銘を受けたのですが、最初にこの「白鳥の湖」を見た若い人々が、昔ながらの「白鳥の湖」を見たらどう思うだろうかなどにも興味があります。
 想像もつかない「白鳥の湖」が大々的に迎えられる時代です。オーチャードホールでの公演も追加されて30回近い公演があるそうなのは驚きです。何でもありの時代、古典も現代も楽しむことができます。くり返し書くので恥ずかしいのですが「みんなちがってみんないい」の時代が来ています。何というありがたい時代かと思いますが、突然テポドンが飛んでくるかも!危機感に満ちた時代だからこそ毎日を充実させたい。いいものを見たり聴いたりして実り多く過ごしたいと思います。
 いま思い出したのですが、去年の「アドベンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズ」初来日の時の演目はやはりマシュー・ボーンの「ザ・カー・マン」でした。これはオペラで有名な「カルメン」の男性版です。CAR MANはオペラのヒロインCAR MENをもじったものと思います。アメリカの田舎の車の修理工場に現れた粗野な男は、この工場長の奥さんをはじめ恋人のいる男性をもとりこにしてしまいます。19世紀のカルメンは男たちを破滅させる宿命の女(ファム・ファタル)ですが、ボーンはそれを男にしています。「白鳥の湖」の場合と同じです。イタリア映画「テオレマ」の主人公が家族全員を魅了して破滅させたのを思い出します。ボーンの舞台が映画的でもあり、グループ名にモーション・ピクチャーズ(映画)という単語があるのにも納得させられたのです。 


 


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