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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
Vol.75 「また春が来ました」
2003年3月26日

 いま新大阪から東京への「ひかり」の車中でメモしています。今回は舞台を見るといった目的はなく、久しぶりの気楽な旅でした。友人が名古屋と大阪での仕事があるというので、僕は彼の名古屋の仕事が終わる夕方に名古屋に到着、合流したもう一人と三人で名古屋名物の「みそかつ」を食べました。庶民的で楽しい食べ物でした。他にもおいしいものをいただいて人生が明るくなりました。
 勢いに乗って翌日は大阪に出て、昼食はテレビでは顔なじみの一見ごっついシェフのリストランテでのイタリア料理へ。メニューを見て高い!とは思ったのですが結果は十分に満足。友人と別れてから梅田の大丸での「ロダン展」へ。写実力と深い感情の両立にいまさらながら感心。つぎはなんばに出て高島屋での「草月いけばな展」を見ました。3月なのに陽春の花がいっぱい。しかし展示のスペースがきゅうくつで花が見映えしていません。いけばなは自然の花を人工的に造型するということで独自の存在理由や独特の魅力があるのですが、安易な作品も多く、ムラがありました。しかしそのおかげでいい作品を目立たせる結果になっていました。同じ動きを見せるコール・ド・バレエでも優劣が見えてくるのと似ているものだと感心します。
 それにしても花展や花店には春が早く来ますが、暖房が強いと花も早くくたびれて、せっかく到来した春が早く逃げて行きそうで少し心配です。
 季節の移り変わりが気になったり、花が開花したり散ったりするのを残り少ない人生まで重ねてしまうのは老境に入ったせいでしょうか。嬉しいような悲しいような心境です。
 その日のうちに帰京しようと緑の窓口に行くと、東京行きの新幹線はグリーン車の喫煙席しか残っていないので、大阪名物「うなぎまむし」を食べて一泊。そして今朝、帰りの車中です。車窓から見ると遙か遠くの山上にはまだ雪が積もっているようです。ライブの報告です。
 東京と同じく大阪でも女子学生の卒業式の帰り道でしょうか、袴(はかま)を着けた晴れ着の若い女性の姿を見かけました。お正月や成人の日の振り袖姿と違って、レトロ風な卒業生姿もすてきです。群衆の風俗があまりにも今風、洋風なのでものすごく目立ちます。こういう姿が目につくのは、近年増加しているからか、逆に減少しているおかげで目立つのか、どちらでしょうか。
 ひと月ぐらい前でしょうか、テレビのチャンネルを変えていたら作家・エッセイストの青木玉さんがこちらを向いて話しています。NHKの「視点論点」でしたか。彼女はいつもと同じように髪をうしろでまとめた和服姿です。濃紺の無地の着物に白地に茶色の格子を手描きしたような帯をしめていました。彼女は、近年になって女性の和服姿がふえて来ましたと話し、日本人が日本独特の衣装である和服をもっと知って欲しい、もっと着て欲しいということを実感を込めて力説していました。平易ながらメッセージを込めています。
 文豪幸田露伴はいつも和服姿だったそうです。娘さんの作家幸田文さんもいつも和服でした。そしてその娘さんの青木玉さんも洋服姿を見たことがありません。強い主張を述べながらも、控え目な髪型や化粧と衣装や話しぶりが優雅で、思いが伝わってきました。
 先日、芸術祭の舞踊部門で大賞を受けたバレエ団シャンブルウエストの受賞パーティに行きましたら、このグループの若い女性陣の全員が華やかな和服姿でしたのでびっくり。バレエダンサーもやっぱり日本人の魅力を発揮していました。それに対し男性陣は全員洋服でした。そのとおりでいまや男性の和服姿はめったに見られません。結婚式などの晴れの場面でも男性の和服は少なくなっているようです。
 文句をいっている僕も実は着物を自分で着ることはできません。だいぶ以前に五反田の「ゆうぽうと」の結婚式場のおムコさんが着た貸し衣装の古くなってきたのを、紋付き袴からぞうりまで一式をうんと安く手に入れたことがあるのです。ところが自分で着られないので、自分で着ることのできる友人に頼み込んで、着せてもらって街に出たのですが、着なれていないので落ちつきません。絵になるのでなくマンガになってしまったようです。そのためか一回着ただけで桐の箱にしまってあります。他にもウールの羽織や着物などもいただいたのがありますが、まだ着ていません。残念!だれか欲しい人いませんか?
 前々回に歌舞伎の舞台のことを書きましたが、歌舞伎や日本舞踊の客席やロビーには和服の女性陣がけっこう多いのです。地味だったり派手だったりはしますが、着物だけでなく帯やアクセサリーの組み合わせがよいとすばらしいものです。身につけているものの組み合わせはその人の美意識を最も直接的に明快に反映します。これは和装・洋装を問わずに共通していることで、オーバーにいえば、その人の芸術観や人生観さえ感じさせてくれるものだと思います。何もブランド品でなくても、当人に許される範囲のものだけを用いても、組み合わせ次第ですてきにもなればダサくもなります。こういうことはハレの場だけでなく日常的な場でも組み合わせかたや着こなしに気をつけていれば次第に自分のものにできるはずです。僕自身もがんばってはいるのですが、和服を着こなすことはあきらめ始めています。せめて洋服を何とかしようと思い、時と場合に応じてフォーマルからド派手カジュアルまで、精一杯振幅を拡大して、生活を楽しみ、少しは成果をあげたかとも思っています。でも日本人だもの、和服をちゃんと着てみたいナー!
 日本独自の行事、お花見の季節到来!花鳥風月を楽しもうとする身には桜の話は欠かせません。「梅は咲いたか、桜はまだかいな」と戦前は口ずさまれたそうですが、いまちょうどその時期です。ウチは新宿区にありながら住宅地ということもあって、ことしも道ばたに梅が咲いていました。ところどころに一本か二本ずつですが、一重か八重とか花の形や色や咲く時期もビミョーに違っていて長い間楽しみました。大梅園でなくひっそりとしたお庭にも美を見つけることができます。そしていよいよ桜の時期です。公私ともに危機感がつのる近年です。去年も桜の季節が終わった時に「来年も桜が見られるか」と心配したのですが、今年も見ることができるのには感謝します。一月早々に啓翁桜(けいおう桜)という白い小さい花の桜を送ってくださったかたがいます。温室咲きの花のようで、相当長い間楽しませていただきました。この花は近ごろの流行のようで、先日行った和食の店などにも飾ってありました。
 二月中旬には東伊豆も下田に近い河津の河津桜に人気が集中します。50年ほど前に発見だか発明されたとか。寒緋桜と大島桜の交配種とかで早春にピンクの花を咲かせて、新聞やテレビにもたびたび登場しています。今年は東京の竹橋の「丸紅ビル」の前に2本あるのを見に行き、3月に入ってついに本場の河津に行ってきました。もう盛りを過ぎた桜は散りかかっていましたが、川にそってさかのぼると数百本の並木のピンクと土手の斜面の菜の花の黄色が鮮やかな対比が春を告げていました。千年も生きつづけた一本の枝垂れ桜の迫力も凄いですが、小学生の絵のような桜並木もきれいです。お花見の人々の気取らない顔も魅力的でした。僕は偉い人やお金持ちよりも平凡でもいい人が好きなんです。
 ことしも都内だけでなく、どこかの桜を訪ねたいと思っています。ヒマネーだって?時間は無理して作るもんだと思います。そのためには舞台を見るのを少し休むかなー。少なくともつまらない舞台より、自然のお花のほうが間違いはありませんもの。
 「ひかり」も東京に近づき、久しぶりの気まま旅も終わりに近付きます。この欄を書き始めてもう丸3年になります。コンピューターの画面のためなので、見るかたがたが疲れないよう飽きないようにと考えて、評論というよりもエッセイ風に書いています。そして僕が日ごろ考えていることを具体的な例を引きながら、皆さんと一対一でお話しをするようにできるだけ話し言葉風に平易な表現をしようと気を使ってきました。でも僕のほうはけっこう疲れてきています。もう少し書き続けろというお話しなのですが、どうしましょう? 


バレエ団シャンブルウエスト
今村博明 川口ゆり子


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