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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

うらわまこと
Vol.76 「バレエだけでなく、人間としての交流、信頼を
 ー寺田、キエフの交流に思うー

2003年4月16日

 前にもお話ししたように、私は公立文化施設協会の仕事もさせていただいていますので、そちらを含めて全国各地へ伺う機会は多くなっています。でも学校のほうもあるので、まったく自由に出かけられるわけではありません。各地へ出かけるときも舞台を見たりという仕事だけで、観光をしたり、地元のおいしいものを食べ歩くということはしません。ただし、それは私の趣味のなさから来ているので、時間があっても同じかもしれない。なにしろ、もう大分前の話ですが会社の仕事で世界のあちこちに行っていたころでも、ほとんど観光はしていないのです。たとえば、エジプトでもピラミッドやスフィンクスをみていないのです。そんな時間があったら日本に帰ってしまう。ホームシックというより、当時は仕事中毒だったようですし、現在もそれは残っているかもしれません。
 話を戻しますが、このところたしかに毎年30から40回くらいは各地に出かけてはいます。でも、日本も狭いようで広い。こんなことを何年も続けていても、まだ行ったことのない地域、見たことのない団体、スタジオはたくさんあります。
 こういう仕事をしている以上はできるだけ各地の事情、情報は知っていたいと思うのですが、お招きいただいても費用を負担して行くのは、よほどの事がないと難しいものがあります。また、全国各地の公演情報が全部入るわけではありません。
 もちろん、舞踊関係の雑誌には各地のスタジオやスクールそして指導者や主要なダンサーの記事は載っています。ですからある程度の名前や状況は知っていますが、舞踊(にかぎらないでしょうが)は、どうしても百聞は一見にしかずになってしまいます。そういう意味で、毎年いくつかの団体から新しく公演のお誘いをいただけるのは有り難いことです。といっても、かならず毎回というのではなく、お招きいただけなくなったところや事情で伺えない場合もありますから、トータルすると出かける回数は毎年あまり変わらないということになるのです。
 各地の団体の公演にうかがってまず思うのは、皆さんよくやっているということです。もちろん、ベスト、完全というわけではありませんが、たとえば作品や音楽、あるいはダンサーの情報をよく集めています。それも国内だけでなく、海外との関係を築き、さまざまな交流をつうじてレベルを高め、質の高い活動をしているところがたくさんあるのです。これは舞踊全般、とくにバレエ分野に多いのは当然のことといえるでしょうが、最近でも、札幌、福島、愛知・名古屋周辺ではいくつも、そして高松など、注目すべき活動を行っています。もちろん、海外に頼らずに自分たちだけで一生懸命努力して見事な成果を上げている団体もあります。私なんかは、こんなところも素敵だなと思っています。
 ただそれとは別に、単に海外に頼るだけでなく、もっと主体的にかかわり、先方からも評価され感謝されているところもあるのです。
 この例として、京都を本拠とする「寺田バレエ・アート・スクール」を取り上げてみたいと思います。
 私も前からここの中心的存在である寺田宣弘さんが、長年ウクライナのキエフで研鑽を続け、現在はキエフバレエ団のソリストとして活躍しているというくらいの知識はもっていましたが、率直にいってそれ以上のことはほとんど知りませんでした。
 ところが、宣弘さんの父親、寺田博保氏が01年に亡くなられ、あとを継いでスクールの校長になった母親の高尾(寺田)美智子さんを中心に、昨年1月に氏の追悼公演が行われ、それをある方の代わりに伺ったのを契機に、いろいろとお話しを聞く機会が生まれました。そして、この4月初めに東京(芸術劇場)、そして中旬に地元である滋賀のびわこホールでの公演も拝見するところとなったのです。
 この公演は、日本・ウクライナ国交樹立10周年記念とともに、寺田宣弘さんの「聖スタニスラフ勲章」受賞(01年12月)と、先日「ウクライナ功労芸術家」称号を受けたことの披露も兼ねたもののようで、滋賀では公演終了後、その祝賀会も開かれました。
 公演は、寺田バレエ・アート、そしてキエフや世界各地で活躍、現在はウクライナのドネックのソロビヤネンコ劇場バレエ団の芸術監督であり、バレエアカデミーを主宰しているワジム・ピーサレフさんとそのバレエ団やスクールのダンサーたちとの合同という形で行われました。舞台もピーサレフさんが教師役で大活躍する「クラスレッスン」、ドネックのプリンシパル、インナ・ドロフェーエワさんを中心に要領よくまとめた「海賊ハイライト」、華やかに大勢のダンサーが出演、華麗なテクニックを見せる「ゴパック」など小品集で、あまりバレエのことを知らない人でも楽しめるもの。ピーサレフさんのショウマンシップに加えて、超絶技巧を見せた21歳のヤロスラフ・ヤレンコさんをはじめ10代から20歳そこそこのウクライナのダンサー(ドロフェーエワさん以外は男性)はみなものすごい技術の持ち主、日本側もなかなかの健闘、客席を沸かせました。宣弘さんが、リーダーとしての役割を果たそうとしているのも印象的でした。東京に比べて関西の客席の乗りのよさは大したもの。
 ここでとくに紹介をしたいのは、彼の受賞の理由です。もちろん、ダンサーとしての力を認められ、大統領から日本人としてはじめて与えられた功労芸術家称号も立派です。しかし私は、ウクライナへの貢献が評価された勲章の方がさらに重要に思えるのです。
 寺田バレエ・アートとキエフバレエ学校とは、1975年に姉妹校提携を結んでおり、さまざまな交流を行ってきました。そのなかでとくに86年のチェルノブイリ原発事故に関しては、物心両面から多くの支援を行い、それがロシア正教会から高く評価されたためで、この勲章は芸術の世界だけのものではないのです。京都・キエフの会の会長でもあるお母さんの美智子さんもすでにウクライナ大使から表彰をうけているとのこと。
 今回の滋賀県大津でのパーティーにもウクライナの駐日大使、ユーリ・コステンコ氏も出席されていました。私もいろいろと話す機会がありましたが、このためにわざわざ東京から参加されたのだそうで、その席で美智子皇后陛下が98年にインドで開催された国際児童図書評議会で基調講演として発表された「橋をかける」をウクライナ語に翻訳した書物の話をされ、私もそれをいただきました。ウクライナの人たちは全体として非常に親日だということがうかがわれます。
 もちろん、バレエ関係者の最大の役割、功績はバレエ芸術の分野で行われるべきです。しかし、それだけでなく人間として心から触れ合い、信頼しあうことが、現在の不幸な世界情勢のなかではとくに重要なことではないでしょうか。パーティの最後にウクライナからのダンサーたちによる“ひとことあいさつ”がありました。そのなかのひとりの十代のダンサーが、世界に平和をといったとき、会場の拍手が一段と大きくなったのもそれを示していたような気がするのです。

 

 




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