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幕あいラウンジ バックナンバー

うらわまこと
Vol.82 「世界の常識は日本の非常識? ー長い時間をかけても夢を実現してくださいー」

2003年7月9日

 ジャン・クリストフ・マイヨーさん、1960年生まれの彼は、ジョン・ノイマイヤーさんの下で振付を学び、20代のころから作品を発表、注目を浴びてきた存在です。10年ほど前モナコのモンテカルロバレエの芸術監督に就任、その彼が2000年から隔年に「モナコ・ダンス・フォーラム」を主催しています。これには(私の知る限り)、大きく3つの柱があります。一つは、いくつかのジャンルごとに活躍した舞踊人に対するニジンスキー賞の選定・授与、ダンスの新しい動きに関する研究とデモンストレーション、そして若いダンサーたちに就職の機会を提供するものです。2年に一回開催されるこのフォーラムは、モナコ公国とグレィス・ケリー財団が経費の75%を援助しており、第2回の今回は2002年12月に10日から14日まで5日間にわたって、全世界から舞踊界だけでなく、ニジンスキー賞の発表者ジャンヌ・モローさん始め多くのジャンルから人材が集合して行われました。
 といっても、私は取材にいったわけではありませんで、第1回の時には多少話題になり情報も集めたのですが、今回はたまたまNHKテレビで見ただけなのです。それも最初は途中からで、たんに「凄いことをやっているな」という程度、それが、その後大阪のホテルで深夜もう一度この番組に出会って、今度はあわててメモをとりながらちゃんと見ようとした、というわけなのです。
 で、なんでこの番組に興味をひかれたのか、このページにとりあげるのかというと、私の大きなテーマである『社会とダンス』という点と大きくかかわるからです。これについてはこのページだけでなく、いろいろな機会に書いたり、話したりしていることですが、日本では芸術一般がそうですが、とくに舞踊については、率直にいって世間ではまだまだ趣味の延長くらいにしか受け止められてなく、社会全体でそれを支え、振興していこうという意識も行動もきわめて弱い、これは舞踊人の側でもそうだということです。これは具体的にはお金とシステムが主体になるのですが、このモナコ・ダンス・フォーラムをみていると、その落差の大きさに絶望的になってしまいます。
 もちろん、TVで断片的に見ただけですが、多分全部を見たらもっと強いインパクトを受けただろうと思います。たしかにニジンスキー賞の授賞式も豪華だし、ハイテクとダンスのかかわりをとりあげたワークショップも興味をひかれます。しかしとくに強い印象を受けたのは、『ファースト・ジョブ・オーディション』となづけられた、世界の舞踊団と若いダンサーたちを結びつけるイベントです。これは世界のプロをめざす18歳から22歳の男女のなかから予備審査を経て選ばれた20カ国100人のダンサーが、これまた世界各国から集まった25の舞踊団の芸術監督や振付者の前で演技し、入団交渉の場とするものです。日本からも(海外で勉強しているダンサー)6人が参加していましたが、ここで一つ驚いたのは、採否が舞踊団側の一方的なものでなく、むしろその決定権がダンサーにあることです。つまり優れたダンサーにはいくつもの団体からオファーがある。したがってどうしても欲しいダンサーには舞踊団のほうで、報酬とか踊る機会や作品傾向などを真剣にPRしているのです。集まった舞踊団も全部は分かりませんでしたが、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、アメリカ、カナダなどから世界的な団体をふくみ、振付者も一流のメンバーでした。日本のダンサーにも数団体からオファーがあり、その交渉の場面も放映されていましたが、給料もいいし、年間150ぐらい公演する、宿泊施設もプールも健康管理のチームもあると強調、そして彼女が古典、とくにジゼルが好きだといったら、その機会は必ずありますよ、といった具合です。でもその彼女は、ほかのバレエ団の話を聞いてからと、その場では返事をしませんでした。まさにマーケティングでいう売手市場です。
 もちろん、どこからも声がかからなかったダンサーもいます。そのような彼、彼女たちには次回もぜひ挑戦して下さいと、奨学金と旅費が渡されるのです。それを渡すのがモナコのカロリーナ王女、一人一人にねぎらいとはげましの言葉をかけておられました。
 これを見ていてまず感じたのは、日本の舞踊団体もダンサーもかわいそうだな、しかし劣悪な社会的条件のわりによくやっているな、ということです。
 まず一つは社会全体でダンスをバックアップしていること。これは当然にダンスのもつ社会的な意味、意義を理解し、高く評価しているということです。
 もっと具体的には、オーディションの場に日本の舞踊団が参加できるときがくるだろうか、という疑問です。民間の団体は残念ながらまずむりです。ダンサーとの交渉の時に出た条件、たとえば給与、公演回数だけでもうアウトです。多少でも可能性があるのは新国立劇場です。現実に外国人ダンサーが何人かいます。しかし、専属ではないし、日本人の契約ダンサーを基準に考えると、胸をはってダンサーを誘える条件は十分とはいえません。
 ただ、もし可能なら、お役人や若いスタッフがぜひこういうところに出かけていって、世界の常識を身をもって感じてきてほしいと思います。
 私が公文協(財・全国公立文化施設協会)やその他で、少なくとも県庁所在地、それがだめなら政令都市、それも難しければ多面舞台をもつ施設では専属の舞踊学校と団体を持つようにできないかというと、そんな夢みたいな非常識なことをいうなと一蹴、あるいは冷笑されてしまうのです。しかし、諸外国では日本よりも経済レベルの低い国、人口の少ない都市でも、無料の舞踊学校をもち、専属の舞踊団をもっているところは決して珍しくないのです。わが国とどこが違うのか。もちろん、歴史も社会的常識も違うのは分かります。しかし、一番違うのは担当者(広い意味の)の意識ではないでしょうか。
 たまたま、最近兵庫県尼崎市のピッコロシアター専属の(兵庫県立)ピッコロ劇団の東京公演『たてばしゃくやく、すわればぼたん』を見る機会がありました。別役実さんが芸術監督であり作者で、多数の公演を自分の劇場だけでなく各地で行っています。作品も関西弁を駆使した楽しく、センスのある、しかも今日的な問題を考えさせられる意味をもつものでした。内容もさることながら、このようなホール専属の(言い換えれば自分の劇場をもった)ダンスのグループがあるといいなと思いながら見ていました。
 それに対して、新国立劇場のオペラ部門の芸術監督騒動はいかにも日本的です。大事なのは主役が外人か、日本人かではなく、専属の歌手を持つかどうかです。率直にいって舞踊部門もそうですが、重要なのは長期的展望でしょう。今、オペラでもめているのは、その時々の出演者を日本人にするか外国から呼ぶかの問題で、そこに10年先のビジョンは全然見えません。真の国際化とは、外国の団体を招いたり、ゲストを迎えたりすることではなく、国籍にこだわらないで優れた芸術家を専属にすることだと思います。
 これまた、理想論といわれるかも知れませんが、ABT(アメリカンバレエシアター)を考えて下さい。真のアメリカ人が何人いますか。まさに世界舞踊団です。このようになるための、優れたダンサーを惹きつける魅力を備えたバレエ団になること。新国立にはこれを5年、10年かけてこれを実現して欲しいと思います。

 

 




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