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ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.8英国のホリデーシーズン

 
 新年明けましておめでとうございます。
毎年お正月は日本で過ごしていたけれど、今年は帰国が叶わず、ロンドンで新年を迎えることになった。久々に英国でお正月を過ごして思うのは、「お正月はやはり日本に限る!」ということ。英国では、お正月に食べる特別な料理もなければ、初詣、親戚への挨拶といったことも一切ない。カウントダウンで盛り上がる大晦日にお酒を飲みすぎて、1月1日は二日酔いでぐったりしている人がほとんどといわれるくらいだ。そして、今年は2日、3日がちょうど土日に当たったものの、通常は1月2日が仕事始めとなり、あっけなく日常が戻ってくる。
 
 
   
 英国では、クリスマスのある週から1月1日までが大体「ホリデーシーズン」と呼ばれてひとくくりになっているため、日本のように12月25日が終わるとすぐにクリスマスツリーをお正月飾りに替えることもない(クリスマスツリーは大抵1月4日くらいまで飾ってある)。お正月は、クリスマスの余韻を引きずった、二番煎じ的な位置づけなのだ。日本人としてはその点がどうにも物足りないのだが、その分、こちらの人がクリスマスにかける意気込みは相当なもの。クリスマスの準備は、秋の訪れとともに(あるいはもっと早くから)始められる。
 
 
 
 準備のうちで最も皆が気合を入れるのは、ショッピング。クリスマスには、家族同士、恋人同士のみならず、友人同士、時には仕事関係者同士でクリスマスプレゼントを交換し合う。クリスマス直前はどこのお店もラッシュで大混雑となるため、早めに用意しておくことが良しとされており、中には1年前から次の年のプレゼントの用意を始めるという人も。沢山の人にプレゼントをあげるため、友人同士などでは高価なものでなくてもよいのだが(本やチョコレートなど)、欲しくないものをもらってクリスマス後に返品する人も多いらしく、皆毎年誰に何をあげるかで頭を悩ませている。もらったプレゼントは皆、ツリーの下においておき、開けるのはクリスマスの朝までお預けだ。
 
 
 
 次に大切なのが料理。12月に入ると、スーパーなどでターキーや鴨など、ロースト用の肉の予約が始まる。こちらのオーブンはビルトイン式で大型のものが多いため、10人前以上はゆうにあるかなり大きなターキーも焼くことが出来る。また、デザートのミンスパイやクリスマスプディングに入れるミンススミート(色々なドライフルーツやナッツ類を、シナモンなどのスパイスとブランデーに漬けたもの)は、何ヶ月も前から仕込んで、じっくり味をしみこませておく(とはいえ、最近は手作り派は少数で、市販のものを買う人のほうが増えている)。ちなみにシナモンやナツメグといったスパイスの香りは、クリスマスを象徴する香りで、街角やパブでスパイスの効いたマルドワイン(ホットワイン)の香りがしてくると、クリスマス気分が一気に高まってくる。
   
 
 それから、忘れてならないクリスマス・カード。これは、日本の年賀状に当たる。遠くにいる家族や友人、仕事関係者に季節の挨拶として送るカードももちろんあるが、年賀状と少し違うのは、普段一緒にいる身近な家族や恋人にも特別なカードを送ったりして、「クリスマスだから」を理由に、普段伝えられなかったことを伝えたりすること。皆の幸せを願うことで、なんだか優しい気持ちになれる大好きな習慣だ。受け取ったカードは紐に通して壁に飾られ、デコレーションの一部になったりする。
 
 
   
 デコレーションといえば、12月になると一斉に生のモミの木が売り出され、きれいに飾ったツリーを、わざわざ外から見えるようにカーテンを開けて窓際に置いている家も多い。街中も、有名なトラファルガー広場のモミの木をはじめ、ショッピングストリートのイルミネーションなど、どこもかしこもクリスマス一色になって、歩いているだけで心がウキウキとしてきてしまう。
 
 
 
 クリスマスの当日は、家族と過ごす人が大半のため、友人同士、仕事関係のクリスマス・パーティーはそれ以前に行われることが多い。私も12月の初旬から中旬にかけて、いくつかパーティーに参加した。自宅で開催する人もいれば、パブやレストランで行われることも多い。ショーつきのものもあるし、皆お酒が回ってくるとダンス・パーティーと化す場合も。ドレスコードがあるパーティーもあって、私は「ヴィクトリア朝風」という変わったドレスコードのチャリティ・クリスマスイベントにも参加した。ディナーだけでなく、この日のためにトレーニングを積んだ一般人たちがヴィクトリア紳士風の格好で行うボクシングの試合や、バーレスク・ショーも鑑賞出来て、チケット代やスポンサー料が全てホスピスに寄付されるという仕組み。クリスマスの精神は、こういうところにさりげなく表れている。
 
 
 
 
 クリスマス・イブからクリスマス当日にかけては、家族の日。私の友人の中でも、久しぶりに実家に帰るという人も多くいた。もちろん、キリスト教徒の人は教会のミサに出席するのだが、そうでない人も、思い思いに家族の時間を楽しんでいる。しかも、25日は大抵のお店はどこも閉まってひっそりしているので、そういう意味では日本のお正月とあまり変わらない。朝、クリスマスツリーの下に置かれたプレゼントを開けて、午後3時にテレビで放映される女王のスピーチの前後に、少し厳かな気持ちになって、クリスマス・ディナーを食べ始める(日本と違い、クリスマスのメイン・ディナーは24日ではなく、25日なのだ)。たっぷりグレービーソースがかかったターキーやロースト・ポテト、ブランデーバターが添えられたクリスマスプディングなど、ボリューム満点の食事でお腹がいっぱいになったところで、皆でゲームをしたり、クリスマス映画を見たりして、団欒の時を過ごす。
   
 
 今年はクリスマスの週初めに雪が降り、寒さは厳しかったものの雰囲気満点のクリスマスとなった。沢山の人と会って(沢山飲み食べもして)、ちょっぴりいつもより寛大に、優しくなって、“クリスマス・スピリット”をシェアしあう。私もずるずるとその余韻に浸って新年を迎えてしまったが、そんなホリデーシーズンが終わってしまうかと思うと、やはりちょっと寂しい。
實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。