Vol.18英国ロイヤル・バレエ団 『くるみ割り人形』
[写真左]ロイヤルオペラハウスのある、コヴェント・ガーデンのクリスマスツリー
[写真右]コヴェント・ガーデン
ロンドンのクリスマスについては以前にも書いたが、今年はオリンピック開催地としてのプライドをかけてか、ロンドン中のクリスマスのデコレーション等が例年よりも気合が入っていた気がした。特に元日午前0時にテムズ河で行われた花火は、ジョンソン市長曰く「控え目ではなく、ド派手な花火で2012年の幕を開けるのが目的」とのことだったが、イベント企画会社ジャック・モートン・ワールドワイドが花火のプロデュースを手掛け、英国営ラジオ局ラジオ1のDJニハルがサウンドトラックを担当した新年最初のロンドンでの一大イベントは、市長の言葉通り、相当派手なものになった。大音量の音楽とともに、もうもうと煙が立ち込めるのもお構いなしに一気に連発される花火は、日本の花火のような情緒はないのだが、それはそれで華やかで面白く、2012年の幕開けに人々が寄せる希望の象徴のように見えた。
[写真左]クララとくるみ割り人形 [写真右]金平糖のグラン・パ・ド・ドゥ
さて、クリスマス・シーズンを盛り上げるイベントとして忘れてならないのがバレエ『くるみ割り人形』。今シーズンはなんと、英国を代表する四つのバレエ団、ロイヤル・バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団、イングリッシュ・ナショナル・バレエ団、 そしてマシュー・ボーンのダンス・カンパニー、ニュー・アドベンチャーズが同時期に一斉にロンドンで『くるみ割り人形』を上演した。ストーリーも解釈も異なる四つの『くるみ割り人形』が一ヶ所で楽しめるとは、つくづく贅沢な街だと思う。
今回鑑賞したのは、12月18日に上演されたロイヤル・バレエ団の『くるみ割り人形』。2009年までは例年この時期になると、金平糖の精の代名詞のような吉田都さんがアチチュードのポーズを決めたロイヤル・バレエ団のポスターがあちこちで見られたが、都さん引退した2010年は、ロイヤル・バレエ団で『くるみ割り人形』は上演されなかったので、今シーズンはロイヤル・バレエ団による二年ぶりの上演となった。都さんがロイヤル・バレエ団からいなくなった今、新キャストに注目が集まっていたが、そこで大抜擢されたのが、以前このコラムでも紹介した高田茜さんだ。まだ入団二年目にもかかわらず、2011年ソリストに昇進、さらに秋には『眠りの森の美女』のオーロラ姫役に抜擢され、今ロンドンで乗りに乗っている日本人バレリーナだ。『眠りの森の美女』では、残念ながら直前に怪我で降板、ファンをがっかりさせたが、今回『くるみ割り人形』の金平糖の精役でついに念願の主役デビューを果たした。
今回のロイヤル・バレエ団の『くるみ割り人形』はピーター・ライト版での上演。バーミンガム・ロイヤルバレエ団のバージョンと違い非常にクラシックな演出で、二幕はすべてに砂糖がけが施されたような、白を基調にした甘くてふわふわしたおとぎ話の世界が展開する。金平糖の精(Sugar Plum Fairy)は二幕のみの登場だが、そんな舞台の上の甘い世界とは裏腹に、この日主役デビューする若きバレリーナの登場を、会場中が固唾を呑んで待っているのが伝わってきた。王子役は直前まで発表されなかったが、こちらも若手ファースト・ソリストのDawid Trzensimiech。時々、二人のやり取りにぎこちない個所もあったのだが、ポーズの一つ一つが計算しつくされたような優雅なラインを描き、かつ芯のぶれない踊りで、立派な主役デビューを飾って見せた。近くの席からは「まだまだ」という声もちらほら聞こえてきたが、今シーズンで引退するバレエ団の芸術監督のモニカ・メイソンが、最後に入団二年目の彼女を大抜擢したこと自体が、彼女の将来に相当な期待が寄せられていることの何よりの証拠だ。終幕後、次から次へと花を贈られ、ややはにかみ気味にレヴェランスをする初々しいスターを見ながら、2012年のバレエがまた一層面白いものになりそうだと実感した公演だった。
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。