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ニュース・コラム

舞踊評論家・うわらまこと氏の連載コラム「幕あいラウンジ」

幕あいラウンジ・うわらまこと

2004.11 / 04
「舞踊に演出は必要か

ー振付に生命を与えるー」


 今回は「演出」ということについて考えてみたいと思います。といっても、こ難しい理論を語ろうというのではありません(しようと思ってもできませんしね)。舞踊での演出って一体なんなのかな、ということです。前からこの作品にはもっと演出が必要だ、ということを言ったりしていました。
 平田オリザさんの『演技と演出』という本を拝見したのもこれを書いてみたい理由の一つです。ただ、これから私が述べることは、平田さんの考えを直接的に引用したものではありません。舞踊と演劇では大分違いますし、十分に彼の理論を理解したという自信もないので。ただ、考え方についてはいろいろと触発されました。その基本はこういうことです。演劇では、劇作家と俳優をつなぐものして演出家はいる、それを舞踊に置き換えると、振付家と舞踊家の間にあるのが演出家か、その役割はなにか、どれはどの程度必要か、ということです。
 たしかに、演劇の場合には、さきほどの3つの機能があることは分かります(もちろん、それを兼務してもよいのですが)。というのは、演劇では原則として、戯曲だけを書いておくこと、そしてそれを別の時期に舞台で上演することができ、ここでは演出が絶対に必要です。オペラにも同じようなことがいえます。
 それに対して舞踊では、この関係は少し異なります。つまり、振付が戯曲や脚本あるいは楽譜と違うのは、それだけを別に行っておき、保管しておくことはできないところ。舞踊譜や振付メモがあったとしても、上演に際しての振付がなければ、それは具体化されません。しかも、ほとんどの場合、振付は直接ダンサーを使って行われます。つまり、振付と演出とは作品の制作、上演の段階で一体化していないといけないのです。では振付があればとくに演出はいらないのか。ここが今回のポイントなのです。
 それには、まず振付とはなにか、ということになります。私の理解では、振付とは「主として音楽に合わせて動きを決めること(音楽がない場合もある)」です。この動きはいわゆるダンスばかりではなく、マイムなどの動作も含みます。この意味の振付だけで作品はできるのでしょうか(音楽、美術、照明などは別として)。
 では実際にはどうなっているのでしょうか。プログラムの表現をみてみましょう。
 ただ、振付、と書いてあるもの、演出・振付、あるいは振付・演出、さらに構成・演出・振付、たまにはご丁寧に企画・構成・演出・振付、また特殊なケースとして原振付と改訂(再)振付、振付と振付指導を併記しているものもあります。もちろん、これを1人で行う場合、分担している場合、まちまちです。さらに、芸術監督、バレエ(ダンス)・マスター(ミストレス)が作品に関与するケースもあります。分担している場合、それぞれがどのような役割を果たしているのか、これを考えるのも興味があるかもしれません。
 なお、オペラでは、作曲、指揮、演出(大体別人)というのが一般的のようです。
 舞踊の場合は、それぞれの考え方もあり、作品のスタイルにもよるでしょう。演出・振付(振付・演出)というのは、どちらかというとストーリーのあるバレエ作品が多く、創作作品では、企画(構想)・構成などを加えることもあります、監修者を置く場合もあります。それに対して、シンフォニックバレエ、モダン、
コンテンポラリーダンス系は振付のみの表現が多いのですが、H・アール・カオス、コンドルズなどは演出、振付とクレジットしています。(選曲や映像は別として)。モダン系でも構成・振付とする人もけっこういます。
 これらをいちいち取り上げていたらきりがありません。ただ、ドラマチックな舞踊作品と、アブストラクト系の作品とでは、演出の意味、役割は少し違うかもしれませんが、この点も頭に入れながら、舞踊における演出とはなにかを考えて見たいと思います。
 さて、スペースもありませんので、先に私の考える舞踊作品上演における演出の役割を明らかにしておきます。それは端的にいえば、振付(広義の動き)に意味をもたせること、命を与えること、いいかえれば観客に作品のよさ(意図)を伝えやすくすることだと思います。こう書くと、振付の補佐のように聞こえるかもしれませんが、演出をきちんとするためには、作品のコンセプトを理解し、構成することが必要です。つまり、これは、作品制作(発表=上演)をとうして表現したいこと、観客に伝えたいことの実現、つまり作品の意味、目的を明らかにすることです。振付もこれを理解して行われます。つまり、まず演出のありき、ともいえます。
 したがって、望ましいのは作品の企画、演出、振付を一人でやること、しかし、大きな作品、あるいは振付者がダンサーを兼ねる場合には、総合的な立場からその作品の意義、メッセージが的確に表現され、観客に伝わるかどうかを判断し、適当な指導、調整を行う役が必要になります。
 もちろん、これはストーリーのある作品にとくに重要です。
 これを『ジゼル』で考えて見ましょう。演出の仕事は、まずこのドラマをどの様な視点から扱うかです。オーソドックスには、「恋人に許嫁がいることが分かり、そのショックで死んでしまうが、精霊となってからも、恋人を愛し、彼を危険から救いながら、別れざるをえない、若い純粋な少女の物語」。もちろん別の解釈もあるでしょう。いずれにせよ、それに沿って作品化されることになります。次いで主要な人物の性格と相互の関係を確定することです。たとえばアルブレヒトは最初からジゼルを真剣に愛していたのか。最初は軽い気持ちで次第に愛が募のるようになるのか、もしそうだったら、最初の2人の出会いはどういう方法がよいかを考えて、そういう演技をするように仕向けなければならない。つまりこれが演出です。また、ヒラリオンはどういう性格で、ジゼルへの愛はどれくらい。また従者のウィルフリッドのアルブレヒトへの気持ちはどの程度強いのか。それによって諫め方、ジゼルの死の場での連れ戻し方などが決まります。さらに、演技だけでなく踊りについても、たとえばペザント・パ・ド・ドゥはなぜ踊られるのか、それにはどういうシチュエーションが望ましいか、その時のダンサーの態度、表現はどうなるのかということを決め、指導します。これも演出です。これらを断片的に行うのでなく、作品全体の整合性、説得力、そして感動の与え方などを考えながら行います。これに合わせて振付、音に合わせた踊りや演技の構成や動きの設定が行われます。ここでまた出演者全員にそれぞれの状況に合わせた適切な演技ができるように、情報を与え、指導するのです。これは踊りの部分でも同じです。
 これがとくにバレエ・ダクションと呼ばれる物語のある作品の演出の要点です。しかし、逆の見方をすると、ストーリーのある作品の演出はやりやすく、かえって象徴的な概念を動きで表現する、あるいは具体的な意味を象徴的に表現する舞踊作品のほうが演出がきわめて重要であるともいえます。これはどちらかというとモダン系に多いのですが、何をいおうとしているのか分からない、難しいといわれる場合、この意味の演出が十分でないということになると思います。
 ここで重要なのは、テキストとコンテキストです。端的にはテキストは台本、ここで構成が決まります。コンテキストとは文脈、前後関係、構成に基づく具体的なシークェンスのつなげ方、意味の抽象化の仕方、小道具や美術・照明の使い方、そして個々の動きの意味の明確化です。スペースがなくなりました、この点は改めて具体的に考えてみたいと思います。