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舞踊評論家・うわらまこと氏の連載コラム「幕あいラウンジ」
「バレエ界にまた新しい動きが ー野村一樹さんのプロ集団による「DEBUT」ー」
日本の舞踊界の海外と異なる特徴の最大のものは、一言でいえば閉鎖的だということです。一つは、活動形態、すなわち作品の発表(公演)やダンサーの育成という面。もう一つは市場、観客の面です。少し具体的にいいますと、これらが生徒を教える舞踊教室(研究所、学園、スタジオ、スクール、アカデミー、エコール、呼び名はいろいろ)をベースになりたっているということです。さらに具体的には、教室の発表会だけでなく、いわゆる公演でも、それを行うバレエ団、ダンスカンパニーも、教室の先生と生徒という関係で成り立っているのです。バレエの場合には、団長、芸術監督、バレエマスター・ミストレス、そしてダンサーという役割呼称はあっても、現実には先生と生徒の関係です。教室での師弟関係がそのまま公演の場に持ち込まれます。大きなバレエ団では、現役を退いた団員がそれぞれに教室をもち、系列化されてそのなかの優れた生徒はバレエ団の直営教室に吸い上げられ、バレエ団で踊る可能性も生まれてきます。モダンダンス、現代舞踊系では、まだここまでもいっていないところが大半です。 観客もその多くがこの関係の上にあります。つまり、チケットの多くが舞踊教室の生徒をとおしてその家族、親戚、友人に回ります。団員も生徒上がりですから、チケットの売上に責任をもたされるという点では生徒とあまり変わりません。プレイガイドやインターネットなどで真のファンが手に入れる比率はあまり多くないのです。 次の特徴としては、年間に数多く(といっても海外にくらべたら少ないですが)の公演らしい公演(生徒でなく踊りを仕事としているダンサーによる)を行う団体は、東京、名古屋、関西に集中し、それ以外の所では、政令都市クラスでも地元の団体が行う公演は精々年に数回もあるかどうかです。しかし、教室は全国津々浦々にありますので発表会の数は大変なものです。ある地方のベテランの教師に、教室は1万近くあるのではないかといったら、それではきかないのではないかということでした。 そして3つ目は、劇場つきの舞踊団体、舞踊学校がほとんどないことです。わが国に洋舞の種がまかれてから百年近く、すべて民間の努力によって今日まできました。公的な助成はなくはありませんが、舞踊団を維持し、公演活動を行うには、上に述べたような機能を果たす生徒の存在が不可欠なのです。つまり生徒を増やし、そのきずなを強めることが団体の維持、活動に重要な条件なのです。国や県、市などの公的な部門が舞踊団体や学校をもたない状況では、民間では生徒を最大のスポンサーにしなければ、なにもできない。いわば生活の知恵であり、それがあって現在の世界的にも決して劣らない舞踊界があるのです。というのは、入場料収入で団体を維持するのは、海外でも不可能ですし、といって民間の大口スポンサーを探すのも現実には簡単ではないからです。したがってこの現状を一概に否定するわけにはいきません。 しかし、ここにも幾つかの問題があります。絶対数が少ないためにゲストゲストで飛び回る男性は別として、女性ダンサーは出演料収入で生活することができません。それどころか、上に述べたように、世界的に見ても決してひけをとらない力をもつダンサーでも、舞台のたびに持ち出しの状況です。男性は忙しすぎてゆっくり稽古もリハーサルもできません。これは舞台そのもののレベルにも影響しますし、心ある男性ダンサーはこの状況に疑問をもっています。そのため海外に職場を求めるダンサーが増えています。 次の問題は先に上げた一部の地区以外では、質の高い舞踊公演が見られないことです。全国の舞踊ファンは何年に1度回ってくる外来団体を見るか、大都市まででてくるかしなければ良質の舞台に接することはできません。外来もピンキリが、教室の発表会よりは上。ですから日本の舞台は海外にかなわないと思われてしまいます。 しかし、この状況の中で、少しづつあたらしい動きがでてきました。まず、コンテンポラリーダンスの分野では、師弟関係とはべつの、たとえば勅使川原三郎さん、大島早紀子さんなどの振付者を核としたカンパニーが生れ、また全国をまわって各地のダンサーとホールをネットワーク化するJCDN(ジャパンコンテンポラリーダンスネットワーク)などが現れ、さらに専門のマネージメント会社も参入してくるようになりました。 公立の文化施設でも、新国立劇場をはじめ、新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)や、前回紹介した京都府立府民ホール(アルティ)など、舞踊芸術家を抱えて自主活動を行おうというところも、少しづつですが出てきています。 また、バレエ界でも、師弟関係を離れたダンサーの団体間の移動、それを促進する団員オーディションの増加、さらにビジネス主体の近代的組織をめざす団体などが目につくようになりました。 こういったなか、バレエ分野でプロのカンパニーを作って各地で公演活動を行うという企画がダンサーの中から生まれました。 それは野村一樹さんの主宰するClass-BのBALLET PERFOMANCE TOUR 2005、「DEBUT」です。一樹さんは、もと谷桃子バレエ団員で現在は佐賀市でバレエアカデミーを経営する野村理子さんの子息で、東京シティバレエ団で活躍、そこのプリンシパル池田雅美さんと一緒になり、現在は福岡、佐賀などで活動しています。 その一樹さんが、地方でも発表会ではない、真のプロによるバレエ公演を行いたいということで実現したのがこの「DEBUT」です。1人の現役ダンサーが、家族の支えはあったでしょうが、プロの公演をプロデュースする。それは営業・広報から、会場の借り上げ、スタッフ、キャスト集め、作品の選定、創作、もちろんそれには資金調達から、スポンサー、後援者探し、細かくいうとリハーサルスペースの確保やチラシ、チケットの印刷まで大変な仕事が必要なのです。もちろん後整理も必要です。 しかし、彼はこれを実現しました。具体的には今年(2005年)の1月30日から2月13日の間に、福岡、大分、鹿児島、長崎、そして最後の地元佐賀市文化会館まで5公演を行ったのです。 その最終日を拝見しました。出演者は福岡を本拠に全国区の田中ルリ(田中千賀子バレエ団)さん、岡部舞(古森美智子バレエ)さん、東京から福岡に移った松本直樹さん、野村理子バレエ・アカデミーの出身で現在谷桃子バレエ団の永橋あゆみさん、同じバレエ団の前田新奈さん、佐々木和葉さん、そこから現在フリーになった石井竜一さん、カナダから来日のエンバ・ウィリスさん、リーガン・ゾウさん、東京から児玉麗奈さん、そして東京シティの穴吹淳さんに一樹さんというそうそうたるメンバー。他の日には、新国立の富川祐樹さん、もと新国立の中村美佳さん、古閑森多絵さん、そして池田雅美さんが交替に加わっています。舞台監督として東京から森脇由美子さんが参加しています。 演し物は「DEBUT」など6作。古典の再振付けとバレエ創作を一樹さん、コンテンポラリーを松本さんが振付けています。なかなかしゃれた作品も多く、たとえば公演タイトルでもある「DEBUT」は5人の女性が舞台上観客の前でジュリエット、椿姫、カルメンなどに変身して踊るのですが、そこにプロのヘアアーティスト、メークアップアーティストが登場してその腕を見せるのです。また「 St.Valentine on Broadway」ではガーシュインの曲で楽しく踊り、この日は13日、セントヴァレンタインデイの1日前で、楽日でもあってフィナーレに出演者たちがチョコレートを客席に配るという粋な演出で、大変な盛り上がりを見せました。大きな劇場ですが、観客もよく入っていました。 率直にいって、全体の構成、演出、そして個々の作品の演出・振付けには、多少の希望もあります。ただ、スタンダードのグラン・パ・ド・ドゥの振りが違うので確認したら、著作権に触れないようにと配慮したなど、商業活動である以上たとえば出演者との権利契約関係もきちんとしたという意識は高く評価できます。また地元の有力者やマスメディアなどにたびたび足を運び、その意義を説明、支援を求めるなど、この活動を少しでも活性化し、いいものにしようという野村さんの意欲、努力は大変なものだったでしょう。 この活動は今後も続けたいとの思いがあるようで、それはすばらしいこと。逆にいうと、ここで終わってしまってはせっかくの画期的な活動がもったいない。ただし1人ですべてやるにはなかなか困難な事業です。この継続・発展には文化施設はじめ地元の強い支援、そして企画者やダンサー、スタッフの協力が必要、それを願い、期待をもって見守りたいと思います。