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舞踊評論家・うわらまこと氏の連載コラム「幕あいラウンジ」
「地域の活性化に貢献するダンス ー山梨県白州、清里の2つのケースにみるー」
●形や内容はちがうが共通する部分も多い このところ毎年夏になると、山梨県で2つの地域に密着した、しかもユニークな舞踊のイベントが行われています。ひとつは舞踏の田中泯さんが、“現場親方"(芸術監督でしょうか、独特の表現)である「ダンス白州2005」そして、今村博明さん、川口ゆり子さんの主宰するバレエシャンブルウエストの主催する「清里フィールドバレエ」です。アーティスト自身がそこを生活の場とし、舞踏をベースとしたダンス、ワークショップ、国内外の伝統芸能などを幅広く行っている白州、地元の企業が主体となって運営し、良質の野外のバレエ公演に特化する清里と形は大分異なりますが、17年目になるダンス白州、第16回の清里フィールドバレエと、長年の活動は地元と密着し、支持・協力を得、そして地域の発展に大きく寄与している点では、共通に考えられる部分も多々あります。しかも、市町村合併によって、白州、清里どちらも北杜市に入るという縁の深さをもっています。 ダンス白州については、つい先日NHKTV(芸術劇場)で取り上げられていたので、ここでは清里フィールドバレエについて少し具体的に紹介しようと思います。 なお、この2つの活動については、(社)全国公立文化施設協会の機関誌、「アートエクスプレスVol.21」(2005.11月発行予定)に「ダンスによる地域活性化」の成功ケースとして取り上げることになっています。(なお、本文は「アートエクスプレス」原稿を加筆修正したものです) ●特設の劇場で、今年度は13回の公演 清里フィールドバレエが行われるのは、東京から中央本線、特急で約2時間の小渕沢、そこから八ヶ岳に向かって十数分の清里駅。さらに数百メートル、林に囲まれた萌木の村です。そこの中央広場に、バレエ公演のための特設野外劇場があります。今年はもう16回目、7月27日から8月9日まで、3つのプログラムで休演日を除き13回の公演です。13日も連続して同一会場で行われるバレエ公演は、わが国ではここしかありません。出演するバレエ団は、八王子を本拠とするバレエシャンブルウエスト。川口ゆり子さん・今村博明さん夫妻によって率いられるこのバレエ団は、最近数年の間に創作バレエで文化庁芸術祭大賞を2度も受賞するなど、わが国を代表するカンパニーのひとつになっています。さらに地元の船木洋子バレエフォレストがいろいろな形で協力。主催はバレエシャンブルウエストで、共催が萌木の村株式会社、両者で公演事務局を組織しています。今年度は山梨県、北杜市はじめ地元のメディア、観光協会などが後援、文化庁の芸術創造活動重点支援事業にも認定されているのです。 会場を少し具体的に説明しておきましょう。多少起伏のある約3500平米の広場に特設野外劇場と称する仮説舞台が設けられています。中央にわずかの椅子席もあるが、ほとんどが芝生の上にシート、マットを敷いて座って見る方式、したがって定員は正確ではないが、千人は入るでしょう。客席の後方には食べ物や土産物、バレエ関係のグッズの売店が並び、舞台に向かって左手の小高いスペースにはメリーゴーラウンドがあって休憩時には観客に開放されています。 舞台は野外ですから青天井、したがってカーテンもホリゾントもありませんが、舞台奥は両側から樹木が張り出し、それに照明が当たると夢幻的な雰囲気を形成、晴れた日には満点の星が見られます。夜の森に多くの妖精達が出没する「ジゼル」第2幕や「ラ・シルフィード」第2幕、同じく妖精と人間が森の奥で出会う「レ・シルフィード」などにはまさに格好の空間です。さらに楽日には数十発の花火が打ち上げられ、客席から舞台をとおして見物することができます。舞台袖はパネルで作られ、出演者はそこから、そして場合によっては、舞台センター奥から登場することもできます。照明、音響にも毎年少しづつ手が加えられ、さらに雨天時の舞台の水分処理にも独特のノウハウも考案されています。 ●清里の発展に貢献するとともにバレエ団にも 清里は一時、夏のレジャースポットとして脚光を浴びましたが、さまざまな事情で、とくに駅近辺には当時の面影はない。それに代わってこの地域の活性化に大いに貢献しているのが、萌木の里であり、とくにその中心が「フィールドバレエ」なのです。もはやこの地域に欠かすことのできないこのバレエ公演には、全国各地から観客が集まってくる。その数は最近は通算で数千人から1万人、その半数以上が県外から。そのために運営団体萌木の村では、直営ホテル以外に60軒ほどのペンションと契約し、バレエ観客に便宜を計っている。その地域は地元だけでなく八ヶ岳近辺にまで及んでいます。清里地区の人工は約2千人。2週間足らずでその4~5倍の人が集まるのです。 経済効果はバレエ公演や宿泊分だけではありません。全体で約1万坪(33,000平米)の萌木の村には、オルゴールの蒐集では世界有数の「ホール・オブ・ホールズ」、成功した地ビールとして注目されているタッチダウンを擁するビアレストラン「ロック」をはじめ、20軒を超える飲食店、地元特産の土産物店が点在し、最近はバレエ観客には割引券を発行するなど、その相乗効果を上げるための工夫がこらされるようになっています。 この「フィールドバレエ」の効果は地域経済に関するものにとどまりません。バレエ団やダンサーに対してもさまざまな効果があるのです。前記したように数多くの、しかもいろいろなタイプの作品での公演を行うことで、若手の抜撰もできるし、ダンサーも経験を積むことができます。また、リハーサル、トレーニングのための長期合宿生活の効果も大きく、バレエ団としても、レパートリーの充実、さらにここでいろいろな新しい試みをやることによって、活動の幅を広げられるのです。今回も歌舞伎の中村梅玉さん、日本舞踊の藤間蘭黄さん(振付)を招いて『時雨西行』は、バレエ団海外公演でも取り上げられて好評を得ました。 ●中心となったのは舩木上次さんの信念 さて、このようなわが国初のリゾート地での野外公演、そしてその長期化はどのようにして実現されたのでしょうか。その中心であり、推進力になったのが、萌木の村株式会社の代表取締役舩木上次さんです。地元に生まれた上次さんは、お父さんとともに清里地区の開発に多いな貢献をした宣教師ポウル・ラッシュ博士(1897~1979)の蕉陶を受け、大きな影響を受けました。ラッシュ博士は関東大震災のあと、YMCAの復興のために再来日、戦後も再び来日して日本人の物心両面の向上に献身的努力を傾けたのです。とくに清里では戦前から若者の育成、地域開発に尽力し、弘道所(公民館)を設置して計画的、総合的な教育を実施、実践するなど清里が今日ある最大の功労者であるといえます。 上次さんは東京で学びますが、地元を開発発展させるという気持ちが抑えがたく、途中で帰郷、萌木の村の今日を築きました。彼の哲学は、清里を単なる観光地でなく、生産の裏付けのある、国際的、かつ文化の香りをもった地域にしようというもの。そのために、実費を投じて日独の若者たちを交流させるなどの施策もとったりしています。 彼とバレエとの出会いは、夫人の洋子さんがバレエをやっていて地元でバレエ教室を開いていた関係で、牧阿佐美バレエ団のプリンシパルであった今村、川口夫妻と会ったところからはしせまります。彼は2人の人柄、考えに強く惹かれ、野外バレエをスタートさせたのです。バレエ公演、とくに古典バレエはまずペイしません。しかも、このような地域で東京からバレエ団を呼んだら絶対に赤字。彼はそれを承知の上で、清里に文化の香りをということで踏み切ったのです。最初は2回公演で、観客350人、それが10回を越え、観客も1万人に達するに至ったのは、舞台の素晴らしさももちろんですが、採算より文化という舩木上次さんの信念と実行力によるところが大きいといえます。経営者でありながら数字以外のところ、すなわち心に重きをおく信念、そしてそれを見事に実現している行動力は、これからの文化活動にもっとも必要なものではないでしょうか。 清里も、田中泯さんの白州もどちらも民間の活動です。まさに自分たちの努力と工夫でともに十数年も活動を続けているのです。だから芸術活動も民営化しろというのではありません。私は芸術活動に責任をもつのは基本的には「公」だと思っています。重要なのは公に舩木さん、田中泯さんのような方、あるいは彼らを活用 しようとする方が生まれることです。