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ニュース・コラム

舞踊評論家・うわらまこと氏の連載コラム「幕あいラウンジ」

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新型コロナウィルスと舞踊界
 ~その影響と対応~
うらわまこと 2020年7月22日

 Ⅰ.コロナウィルスの発生、拡張と影響、対応

 2020年も前半を過ぎました。半年前、年頭にこのような状況になると考えた人はほとんどいなかったのではないでしょうか。もちろん、新型コロナウィルスのことです。
 たしかに、昨年末には、中国での発生が報道されていました。しかし1月の中旬までは、発生源と言われる中国湖北省武漢市でもまだ100人台、それが月末には1万人を超え、死者も急増しました。それでもわが国では中国からの帰国者1名の感染が確認されましたが、まだマスクや防護服が不足している中国に支援の輪を広げようと言う状況でした。2月に入りアジア各国を歴訪して2月3日に横浜に戻ったクルーズ船(ダイアモンド・プリンセス)の乗客が14日間の船内、そして上陸して隔離待機、その中で感染(陽性)者が現れるに当たって、ようやくこのウィルスに対する一般の関心が高まってきました。
 しかし、舞踊界では2月の中旬までは、ほとんど影響なく予定された公演やコンクールなどの活動が行われていました。そのなかには、クラシックでは1月の谷桃子バレエ団の創立70周年記念、Kバレエカンパニーの創立21年目のスタート公演、ワディム・ムンタギロフに平野亮一、高田茜をふくむ「輝く英国ロイヤルバレエのスター達」。2月には、東京バレエ団との「アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト2020」、大阪府堺市に新設されたフェニーチェ堺での野間バレエ団公演、日本バレエ協会の本部と中部支部(1月には神奈川ブロック)公演、英国ロイヤルバレエの平野亮一を迎えてのNBAバレエ団公演などが。そしてモダン、コンテンポラリー、ブトー分野でも田中泯の久し振りの東京公演、ノイズムの金森穣、森優貴のダブルビル、さらに山田うんの如月小春作品の演劇・ダンス版新作、そして愛知での「ダンスと映像の国際共同制作プロジェクト」など、興味ある内容で順調にスタートを切っていたのです。それが急激に変化、転換したのが、2月下旬、具体的には26日、政府による、大規模イベントの自粛要請、そして2月末の小中高校への一斉休業要請でした。
 その影響の象徴的だったのが、国立施設の即時休止の方針による、新国立劇場で上演を続けていた『マノン』の26日公演時に劇場ロビーに掲示され、多くの観客を驚かせた突然の以降の公演中止でした。
 その後舞踊界は、ウィルス感染状況の変化、国や地方自治体の方針や要請に振り回される苦悩の時が続きます。とくに3月は各団体がどう対応したらよいかを決めかねていた、迷い、揺れ動いた時期といってよいと思います。
 3月は、学校の年度末休み、官庁、企業の年度替わりもあって毎年、公演やコンクールが活発に行われる時期であり、今年も例年の東京都民フェスティバルもあって、海外からの招聘公演も含めて、多くのイベントが予定されていました。
 ここでの対応は大きく3つに分けることができます。まず、中止あるいは延期、そして一部形を変えて実施、そして予防策を十分に取っての開催です。
 まず、新国立劇場や文化庁など公的な部門とかかわる公演は3月からすべて中止、それ以外でも月後半にも、クラシック、モダン、ブトーなど有力団体が公演を予定、ぎりぎりまで実施を模索したところもありましたが、ほとんどが中止(延期)せざるをえませんでした。コンクールも多くが下旬実施だったので、東京新聞主催の全国舞踊コンクールなどのように予選や表彰式を省略するといった簡素化をはかりつつ実施を検討したのですが、結局は中止にというケースが続きました。またこの時期に特徴的な卒業公演も各大学、バレエ学校、研修所などすべて中止。海外からの招聘公演も来日不能に。この傾向は4月から5月についても続き、私のところにも、とくに3月は、公演や会合の中止・延期の通知が毎日数多く届くという状況でした。


 Ⅱ.公演活動の感染対策

 ここで3月に、いろいろと苦労し、工夫しながら公演を行ったケースについて、私の知る限りで少し具体的に記録しておきたいと思います。
 まず、政府が要請した直後の2月29、3月1日(昼夜)、俳優座劇場での加藤みや子ダンススペース2020公演「帰点-KITEN-」。とくに観客に対する要請はありませんでしたが、終演後の加藤みや子の「苦渋の決断だったが、今、生きている日常を確認したくて踏み切った」ということばが印象的でした。続いて3月4~8日(座•高円寺)での工藤丈輝の舞踏公演「飴玉☆爆弾」。ここではアルコール消毒液とマスクを準備して観客に働きかけました。観客席は中央の細長い演技スペースを挟んで両サイド、そこでのソロ、そのせいか密着感はあまり感じられませんでした。
 中旬に入って11日には、渋谷区文化総合センター大和田の伝承ホールで、井脇幸江のIWAKI BALLET COMPANY主催で「バレエ×ピアノ×映像の華麗なる饗宴」として『ヴェニスに死す』など数点が昼夜二回上演されました。ここでは、柱の1人、音楽監督、ピアノの吉川隆弘がロンドン在住のため来日できず、演出・振付、出演の西島数博が急濾大幅に変更して行われました。なお、吉川は映像で演奏を披露。
 14日(土)には、神戸文化ホール(中ホール)で、貞松•浜田バレエ団の「創作リサイタル31」。最初は検温、マスク、手洗い、換気を徹底して観客を入れて開催しようとしたのですが、結局無観客で実施せざるをえない状況になりました。無観客といってもスタッフと一部の関係者は客席につくことになり、当然コロナ対策はしっかりとおこなわれました。Alexander Ekmanの『CACTI』はじめ、日本人の創作も興味深い作品が並び、Ekman作品では神戸フィルのアンサンブルも共演しており、劇場の責任者も同席して、細かく気を配った運営となっていました。
 三連休の初日、20日には松山バレエ団の『新「白烏の湖」』が神奈川県民ホールで行われる予定で、森下洋子の相手役に堀内充が初出演することで興味を呼んでいました。しかし、そのまま実施することはリスクが大きいとして、急遽東京青山の松山バレエ団スタジオ内の演技スペース、ムーセイオンに場を移し、関係者を招いて「ムーセイオン版」として上演されました。作品は会場にあわせて、出演者、装置や演奏など一部調整されましたが、全幕を上演、主役をはじめ出演者のこまかで繊細な感情や動きが見えて新しい体験でした。見る側は全員マスク着用、換気にも配慮されていました。
 続いて21、22日には、東京文化会館で、東京バレエ団の『ラ・シルフィード』が上演されました。これは芸術監督斎藤友佳理が現役時代から宝にしている作品の1つ。指揮者はワレリー・オブジャニコフが来日不能で井田勝大に変わりましたが、多くの出演者、演奏者で思い切った決断と思われますが、観客全員マスク着用、休憩時には客席ドア、ロビーを開放、客席も天井が高く、その点ではリスクは少ないとも考えられます。
 以上、コロナウィルス下のバレエ公演の3種の方法、すなわち無観客、場所を変えての無観客、そして会場の特徴を生かした通常公演、それぞれに工夫があり、上演スタイルとして興味がありました。なお、パリ・オペラ座バレエ団はすでに来日しており、2月末から『ジゼル』、そして3月5日から『オネーギン』を東京文化会館で上演、これが今年前半の最後の来日公演となりました。
 そして、私の知る限り公演としては最後が3月下旬、KAAT(神奈川芸術劇場)における笠井叡「DUOの會」でした(発表会では4月初めにあったようですが)。この公演は25日にプレビュー、26日から29日までの予定でした。プレビューではとくに要請はありませんでしたが、マスクや消毒などは用意されていました。笠井の大野一雄ヘのオマージュとしての作品で、2人の共演の映像もあり、笠井の過去現在を大変に面白く観ました。ただし、この頃感染者が急増、残念ながら28、29日は中止になりました。


 Ⅲ.活動自粛と再開の動き

 さて、その後は4月7日の国の緊急事態宣言、6月の東京アラートの発令などで、前記したとおり、すべての公演、発表会、コンクール、さらに舞踏関係各賞の表彰式などは軒並み中止、延期となりました。
 この間の活動自粛、休業、施設の閉鎖などと舞踏界への影響、対応、助成などについても記録をしておきたいのですが、長くなるので別に取り上げるとして、当面の状況について付記しておきたいと思います。
 緊急事態宣言は5月25日には全国解除、その後東京アラートは6月19日には全面解除(コンサート、イベントは定員の二分の一、もしくは1,000人の少ない方まで可)。プロ野球やサッカーのリーグ戦も無観客ながら始まりました。ただ舞踊関係は、その特性からリハーサル、本番とも「密」状況が避けにくいし、制限観客数では収入面でもむずかしく、上演には困難な条件が多くあり、また動画配信もままならぬ状況にあります。
 その中で上演の口火をきったのが勅使川原三郎のカラス・アパラタスでのアップデートダンスでした。ここは比較的コロナウィルス対策が取りやすい条件をもっています。それは、自前のスペース(ホール)をもち、佐東利穂子との2人なので、トレーニングやリハーサルがやりやすいこと、客数(席)を制限しても、上演回数を多くできることなどがあります。といっても、もちろん簡単ではありません、感染を防ぐために十分の対策をとっての上演でした。それは、検温、手の消毒、靴裏の清掃、もちろんマスク着用、そして客席の間を十分にあけることです。そして2作品が、少し間をおいて上演されました。
 まず第1は『永遠の気晴らし』、6月12日から1日の休みを挟んで20日まで8回、そして6月29日から1日休んで7月7日までの8回公演の『空気上層』でした。前者はブルースなど乗りのよい音楽を加えてのバラエティに富んだディヴェルティメント、次は深海にうごめく藻のような位置を変えない重い空気なかの深いプレッシャーとリアクション。彼らはこのあと7月後半には愛知芸術劇場で『白痴』、そして7月末にはまたアパラタスと、堰をきったように活動をはじめました。またシアターXでは6月中旬から約1カ月国際舞台芸術祭を開催、ダンス系は江原朋子、ケイ・タケイなど後半に多く予定されています。
 7月10日からは客席キャパの50%か5,000人までの少ない方の観客が認められるようになるのですが、クラシックはもちろんモダン系も、防止策や採算面などで、それならばすぐに公演を、というわけにはいきません。そのなかで、新国立劇場バレエ団が、7月24日からオペラ劇場(大ホール)で「こどものためのバレエ劇場2020を新作・世界初演・『竜宮 りゅうぐう~亀の姫と季の庭~』」を行うことを発表しました。キャパの50%となると1,000人にも満たない観客になりますが、バレエ団のトップクラスの出演で、6日間8回公演、国立の施設として徹底した感染対策のもとに実施するとのことで、今後のモデルとして期待したいと思います。
 7月には今年も首都圏、中部、関西地区で、むしろオリンピック関係を避けて多くの公演やコンクールが予定されていましたが、一部の発表会を除いて残念ながらほとんどが中止、あるいは延期になりそうです。8月には月初めに恒例の山梨県清里のフィールドバレエが開催されます。野外の利点をいかし、どのような形で実施するか、興味があります。
 その他も少しつづ予定が入ってきそうですが、比較的プログラムやチケット売り上げにこだわらずにできる発表会が主体で、本公演がこれからどうなるか、舞踊公演がないのは寂しいだけでなく、社会の正常な姿とはいえず、注目して待ちたいと思います。

7月10日現在


うらわまこと
うらわまこと(Makoto Urawa)
舞踊評論家
 
本名 市川 彰。慶応義塾大学バレエ研究会において、戦後初のプリマ松尾明美に師事、その相手役として、「ジゼル」、「コッペリア」などのほか「ラ・フィユ・マル・ガルテ」のアラン、リファールの「白鳥の死」の狩人役を日本初演。企業勤務の後、現在大学で経営学を講義しながら舞踊評論を行っている。 各紙・誌に公演評を寄稿するほか、文化庁芸術選奨選考委員、芸術祭審査委員、多くの舞踊コンクール審査員、財団顕彰の選考委員などを務めている。