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ニュース・コラム

舞踊評論家・日下四郎氏の連載コラム「ダンスレビュー」

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ダンスワークス久々の快作 野坂・坂本の
「 Romances sans paroles 」 12月16-17日 神奈川県藝術劇場 KAAT

日下 四郎 2011年12月26日

ただしここで注目に値することは、これらメルクマールである一連の創作が、上演のたびに細かく手を加え、改良に改良を重ねながら完成美への道をたどってきたと言う事実だ。もっともこれはどの芸術家にとっても、ある程度共通して言えることかもしれないが、どうやらダンスワークスの場合は特に徹底していて、決してこれでいいという終着点がない。ことわっておくが、もちろんこれは新しく加入したダンサーや、あるいは常在するメンバーの動きについての振り付け上の注文ではなく、作品全体を見据え時に浮上する演出そのものについて言っているのだ。

そのわかりやすい例が、上記したレパートリーの中のひとつ、「闇の中の祝祭」であろう。これはある革命運動にみるパルティザンの生態を描いたものだが、初演されたのは東京新聞主催による1991年の現代舞踊展においてであった。しかし翌年には好評のためメルパルクホールで行なわれた現代舞踊公演「ダンス・ネクスト」に再登場、続く2年後の1994年には、ダンスワークスの自主公演、および同年末にオープンした〔さいたま藝術劇場〕の開幕フェスタと、2度にわたる上演に参加、その後1997年にも2度、さらに世紀の変わり目の2000年には、現代舞踊名作選の1演目として、7回目の上演を果たした。

しかし作品の生命力はこれだけでは終わらなかった。もっとも苦労が多く、それゆえ収穫も大きかった舞台は、2004年の暮に東欧のスロバキアへ出向き、現地の国立劇場をはじめとする4つの劇場を巡演したときの遠征である。野坂自身も「この作品は1991年の初演から、少しづつ手を加えて再演を繰り返し、今回新たに3景を曲通りに加えた部分があり、完成版として上演しました」(本サイト・幕間ラウンジ)と、このときの帰国後のレポートで語っている。この一作品をチェックしてみるだけでも、いかにこの作家が歳月をかけて個々の作品に情熱を注ぎ、練り直しを重ねているかが推測できるであろう。

この観点から見て、今回の新作「 Romances sans paroles 」の振り付けには、ひとつのおおきな特色がみられた。それは作中何度かに亘ってキャットウォークやホリゾントの前を横切る不吉の影、なかんずく全身に傷跡のような刺青を施した半裸の男(乾直樹)を投入している演出の意図である。そこにはダンス界のロマン派野坂公夫が好んでイメージする、“善と悪”、あるいは“フーモアとイロニー”といった、定番としての対立構図ではなく、今を生きるアーティストとしての、強い視線と明確な抗議の姿勢が滲み出ていた。東北大震災と原発禍からのエコーだ。

率直に言って私はこれまで野坂・坂本の織り上げる美しいダンスの世界に魅入られながら、ひそかに感じていたいちばんの物足りなさは、この現実との接点だった。折角のモダン・ダンスでありながら、環境や周辺社会とのつながりの稀少さ、ミューズへの奉仕以外に作品が伝えんとする主題、メッセージのもの足りなさにある種の不満を感じていたと言っていい。しかし今度の作品はその点が違った。

「瓦礫のむこうに いまは静かにひろがる海にしずむ たくさんの魂の 平和を望む ことばにならない沈黙のうた」。プログラムのノートにさりげなく記された一行の詩片が、愛と哀しみ、ロマンスの夢を舞う70分の構成の裏に、作者が何を感じ、何に祈りを捧げているかを、問わず語りに表わしている。“いま”との関わり、“そと”からの影響と交わりなしには決して成立しない 現代舞踊の“さが(性)”の部分、すなわちそのおもしろさが、しっかりとそこに生きているのが感じられたのだ。

「無言歌―言葉のないロマンス」。そのタイトルにもかかわらず、華やかな作品の向こうから、 現代を背にした作者の祈り、哀しみといったものが問わず語りに伝わってくる。災いと苦しみを乗り越え、夢を生きんとする人間のロマンに幸あれ!そんなメッセージが生きている、ダンスワークスひさびさの快作だったといえる。(17日ソワレ所見)

日下四郎
日下四郎(Shiro Kusaka)
芸術文化論・ダンス批評・演出
 
本名:鵜飼宏明 京都市出身。
東京大学ドイツ文学科卒業後、東京放送(現TBS)へ入社、ラジオ・テレビのプロデューサーとして数々の番組を送り出す。1979報道制作部長職を経て退社、 故・三輝容子とダンス・シアター・キュービックを設立、13年間にわたりトータル・アッピール展の創作(台本・演出)にかかわる。90年代は淑徳短期大学、日本女子体育大学大学院にあって非常勤講師、主にドイツ表現主義芸術を論じた。現在はフリー・ランス。著書:「モダン・ダンス出航」「太陽と砂との対話」「竹久夢二」「現代舞踊がみえてくる」「東京大学学生演劇75年史」「ダンスの窓から」「ルドルフ・ラバン」(翻訳)など。他に、ビデオシリーズ「日本現代舞踊の流れ」(全6巻)の完成があり、その全テキスト・演出を担当した。