D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

舞踊評論家・日下四郎氏の連載コラム「ダンスレビュー」

73

第10回IDTF 2012:
ユニークな役割と成果をみせたシアターXのダンス・演劇祭 6月1~24日 シアターX

日下 四郎 2012年6月29日

さて、そもそもこのシリーズが設けられたのは、「下町の演劇センター」としてのシアターXが、オープンして2年後のことだが、そのときの最初の名称はIDF(International Dance Festival)であって、そこにTHEATERを代表する〔T〕の一文字は欠落していた。つまりはっきりとしたダンス・プロパーの国際フェストだったのだ。「演劇専門のはずのシアターXが、なぜ?」という「やや挑戦的な質問」を受けるが、それにはあえて「今、演劇をやっている人たちにこそ観てもらいたくて…と答えている」と、当事のパンフレットに上田プロデューサは書いている。つまり彼女は当初からダンスが持つ プリミティブで暴力的 な、しかしそれゆえにこそパフォーミングアーツにとって、欠くべからざる創造の源泉であることを、はっきりと意識していた上で、このダンス企画をスタートさせたのだ。

これが冒頭に述べた一行、「前衛精神を当初からガンコなまでに徹底して」押し進めたと記述した文章の説明である。またその効果を少しでも確実にせんがための一策として、このシリーズには制作にあたり、毎回課題としての刺激的な共通テーマを置いていることも特徴だ。曰く《スペース》、《身体とイメージ》、《考える人×踊る人》、《中国の不思議な役人》etc。その結果このビエンナーレは、今世紀に入った2002年、第5回目の公演に至って、はじめてその名称を、IDFからIDTFへと変更して、正面から演劇を謳った。この時点ではじめて当初の夢を果たした(?)ともいえるのである。

バブルが崩壊して20年の歳月。IDTFがその中を苦労しながら、今回第10回目のビエンナーレ公演をやり終えたことは、自他共に大いなる慶事としたい。しかし藝術をめぐる環境は、年を追ってますます厳しさを加えている。そんな中で今回のシリーズには、二つの大きな改定措置が見られた。ひとつには今後は一切の招待状を廃止して、ひとりあて均一に1000円の入場料で、一般客に舞台が見られるよう劇場を開放したこと。もうひとつはそれにもかかわらず、今後このビエンナーレには、一切の助成金を政府には申請しないという強い公約と宣言だ。いかにも上田さんらしい踏み出しである。

ところでこれは安くなった入場料と関係があるのかどうか。期間中私の行った日の客席は毎回ほぼ満席、補助席が出た日も何回かあった。現に私の隣に座ったダンサーの卵らしい年ごろの女性は、今回は1回1000円のおかげで、期間中4回も観に来られたと喜んでいた。しかし今後シリーズはこのやり方で無事続けていくことは可能なのであろうか。他に財源の宛てはあるのだろうか。どこかにマイナスのトバッチリが飛び火していることはないのだろうか。一観客としてでも、これはとても気になる一事である。

例えば国際行事と銘打ちながら、今回海外からのまとまった招聘作品がなかったことなどは、おそらくこのこととどこかで関係がないとは言えるまい。にもかかわらず、私には基本的に安堵したことが一つある。それは私が観たどの日のどの作品にも、すべてそこには前衛のエスプリが、ギラギラと燃えるように充満していたということだ。アヴァンギャルドには、本質的に線香花火かロケットのいずれかを、どこかに深く秘めている。そしてあらゆる創造は、そこを原点として誕生し羽ばたち行くものであることを、私もまた深く信じている人間の一人だ。(終演を見届けて26日記)

日下四郎
日下四郎(Shiro Kusaka)
芸術文化論・ダンス批評・演出
 
本名:鵜飼宏明 京都市出身。
東京大学ドイツ文学科卒業後、東京放送(現TBS)へ入社、ラジオ・テレビのプロデューサーとして数々の番組を送り出す。1979報道制作部長職を経て退社、 故・三輝容子とダンス・シアター・キュービックを設立、13年間にわたりトータル・アッピール展の創作(台本・演出)にかかわる。90年代は淑徳短期大学、日本女子体育大学大学院にあって非常勤講師、主にドイツ表現主義芸術を論じた。現在はフリー・ランス。著書:「モダン・ダンス出航」「太陽と砂との対話」「竹久夢二」「現代舞踊がみえてくる」「東京大学学生演劇75年史」「ダンスの窓から」「ルドルフ・ラバン」(翻訳)など。他に、ビデオシリーズ「日本現代舞踊の流れ」(全6巻)の完成があり、その全テキスト・演出を担当した。