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ニュース・コラム

舞踊評論家・日下四郎氏の連載コラム「ダンスレビュー」

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充分に楽しめたNBAバレエ団のジャパンプルミエ「Celts」「真夏の夜の夢」 6月23日(日)昼・夜 メルパルクホール

日下 四郎 2013年6月30日

クリストファー・ウィールドンの「真夏の夜の夢」?ハテ、馴染みのない名前だ
な、そんな振付家がいたのか。このウエディングマーチで有名なメンデルスゾー
ンの曲は、もともとシェイクスピアの同名の戯曲に、さいしょ序曲だけが作られた
経緯があり、戯曲の伴奏音楽として完成したのもだいぶ経ってからの筈。そうい
えば昔サンクトペテルブルグ劇場時代に、あのプティパやフォーキンも手掛けて
いるというから、その後バランシンが20世紀も戦後、これを2幕物に完成して、
ニューヨーク・シティ・バレエのレパートリーへ組み入れたその前後に、ある
いはそんな作者がトライしていた事実もあるのかと、漠然と中途半端な知識のま
ま劇場へと出向いた。

というのも、衆知のようにNPO法人であるNBAのバレエ活動には、当初から古
曲の全幕復元というユニークな企画がある。今日ではもう廃れてしまったとか、
あるいは手が加えられて原初の形を失っている舞台を、もう一度オリジナルの形で
復活上演して見せるという独自のシリーズだ。そしてこれまでイワノフ版の「ク
ルミ割り人形」とか、プティパの「エスメラルダ」や「コッペリア」、あるいは
初演時の形で再現して見せた「ダンスシンフォニー」などがそれにあたる。そし
て例えばバレエ・リュッスの高名なレパートリーの一つ、ニジンスカの「女鹿
(ビッシュ)」を、初めてこの国で上演して見せた快挙などは、今でも忘れられ
ないNBAの仕事である。

ところが今回の“ジャパン・プレミア”は、ちょっとニュアンスが違っていた。1
世紀も前の原形などはどこにも不在で、作られたのは今からわずか13年まえの
2000年、つまりれっきとした21世紀の作品であり、初演はアメリカのコロラド・
バレエ団によって上演された作品らしい。そしてその時振付・演出を担ったの
が、現在はアメリカで活躍するクリストファー・ウィールドンだったのだ。

この振付家はイギリス生まれで、ロイヤル・バレエ・スクールを出た純血の逸材
である。卒業後まっすぐロイヤル・バレエ団のダンサーとして入籍、「シャコン
ヌ」(バランシン)、「ストラヴァガンツァ」(プレルジョカージュ)など一連
の作品に出演して頭角を現したが、1993年に至りアメリカへ渡ってニューヨーク
シティ・バレエへの入団を決意する。そこでG.バランシンやJ.ロビンスの手掛け
た多くの名作に、ソリストの肩書で活動したのち、一転してスタッフに専念する
ことを決意、今世紀に入って常任振付家として、ペンシルバニア・バレエ団な
ど、アメリカのみならずヨーロッパのバレエ団にも、広くその作品と才能の供与
を乞われる貴重なダンス・アーティストとなったという。そしてそんななかで、
この「真夏の夜の夢」は、彼が2000年に、コロラド・バレエ団のために手掛け
た、最初の全幕ものだということがわかった。

ところでふつうこの世界で、シェイクスピア原作のバレエ「真夏の夜の夢」と言え
ば、上記したバランシンの手になるニューヨークシティ版(2幕 1962)よりも、
むしろその2年後にF・アシュトンが本場のロイヤル・バレエに振り付けた1幕
物のそれを思い起こすのがふつうではないだろうか。なにせメンデルスゾーンの
原曲が、チャイコフスキーの古典版の場合のように、それ自体が音楽としてしっ
かり出来上がっている構成ではないので、勢い振付・演出家によって、全体をか
なり自由にまとめ上げることが可能だからだ。

そういえばわれわれ日本人には、戦後演劇界の鬼才としてこの作品に取り組んだ
ピーター・ブルック版という異色のヴァージョンもある。明らかにこちらは演劇
作品として披露されたものだが、それでも舞台の中央にハンモックのような揺り
籠を吊り下げ、それを基軸に妖精パックをふんだんに活躍させて、一夜の夢を自
在に演出してみせた舞台空間は、むしろダンス作品に近いめくるめくような魅力
を生み出していたことを思い出す。

さてバレエの正史に戻って、タイトルをあえて戯曲の原題から離れて「ドリーム
(夢)」としたアシュトン版は、オベロンとティターニャの諍いから、突如森の
中に繰り広げられるロマンティック・コメディであり、この振付家得意のユーモ
アと物語性を付与して、巧みに1幕にまとめた、楽しいバレエ作品の見本のよう
な1本である。

その点バランシンの方には、古典を引き継いだグランドバレエのおもむきがあ
る。そして華やかなティターニャを軸として展開するストーリーではあるが、総
体的にはより大勢の妖精を駆使したフォーメーションを意識したバレエであり、
特にウエディングマーチで始まる2幕の構成と振付には、このころからバランシ
ン・スタイルの真髄となった抽象バレエへの大いなる傾斜がはっきりと読み取れ
る。つまりこれは古典と現代をつなぐスケールの大きい、正統バレエのひとつな
のだ。

そんな先達たちの実績を踏まえて、今回C・ウイールドンが手掛けた「真夏の夜
の夢」は、いったいどんな視点と切口を日本へ持ち込んだことになるのだろう
か。結論からいうと、形式的にはちょうど両者を足して2で割ったような作品だ
といえなくもない。原作を2幕に分けて構成した点はバランシンを踏襲したもの
だし、キャラクターの運びや親しみやすさからは、アシュトン譲りのおかし味や
あたたかさを感じさせる。そしてそれをNPO法人であるNBAが、あえてスター
中心主義の派手さやケレン味を避けながら、地道ではあるがしかしわかりやす
く、大方の一般客をじっくり楽しませてくれる誠実な舞台だったという印象が強い。

もうひとつ今回の公演は、新しい芸術監督である久保紘一が、アメリカ時代に20
年間コロラド・バレエ団に在籍して踊っていた実績が、大きな力となって実現し
ている。彼はそのときこのウイ-ルドン・ヴァージョンで、パック役も演じてい
るのだ。その時の縁で今回の上演は、キャステイング以外は美術・照明・音楽
(テープ再生)など、バレエミストレスを含め、大幅に同バレエ団のモノとヒト
を生かして作られた。文字通りのパーフェクトなウイールドン版の日本初演である。

マティネとソワレの2ステージで、ティターニャはNBAの峰岸千晶と長崎真湖をダ
ブルで振り分け、ゲストにはサンフランシスコ・バレエ団からプリンシパルの
D・カラペティアンを招いて、昼夜通しでオーベロン役を踊らせている。大柄で
いかにも妖精王に似つかわしいダンサーだ。なおパックは昼が貫渡竹暁、夜が皆
川知宏。その他ハーニアをはじめとする2組4人の恋人たち、ロバ役をはじめとす
る職人連中のドタバタなど、NBA団員はそれぞれの役を落度なく堅実にこなし
ていた。演出では森のシーンで宙吊のフィギュアを多用することで楽しさが倍加
されたし、また驚くほどリアルに描かれた森の切り出しと明るい褐色の宮廷広間
を、吊りもの方式で何度か切り替えた美術が出色だったが、プログラムにはデザ
イナーの名は見当たらなかった。

もう一つの出し物はこちらも日本初演の「Celts」という作品。ただし厳密には
本来のバレエではなく、バグパイプを生かした民俗音楽に乗り、キルトの衣装を
着けたNBAのダンサーたちが、グループでアイリッシュ・ダンスを踊ってみせ
る舞曲ショーだ。その中をリーダー格のグリーン着の男を、昼夜を通して久保紘
一(代演:高橋真之)が踊る。振付けたのはかつて12年間ポール・テーラー舞踊
団に在籍したという女性舞踊家ライラ・ヨーク。ご存じ脚の運びとタップを生かした
ケルト=アイルランド系のダンスは、リズミカルで変化に富み、衣装ともども観てい
るだけで心が弾む。

バレエの原点を大切にしたいと、新しい体制で再スタートを切った新生NBAだ
が、その点充分に顧客を楽しませる、意欲的で明るい今回の公演であった言える
のではないだろうか。




(6月23日 マティネ所見)

日下四郎
日下四郎(Shiro Kusaka)
芸術文化論・ダンス批評・演出
 
本名:鵜飼宏明 京都市出身。
東京大学ドイツ文学科卒業後、東京放送(現TBS)へ入社、ラジオ・テレビのプロデューサーとして数々の番組を送り出す。1979報道制作部長職を経て退社、 故・三輝容子とダンス・シアター・キュービックを設立、13年間にわたりトータル・アッピール展の創作(台本・演出)にかかわる。90年代は淑徳短期大学、日本女子体育大学大学院にあって非常勤講師、主にドイツ表現主義芸術を論じた。現在はフリー・ランス。著書:「モダン・ダンス出航」「太陽と砂との対話」「竹久夢二」「現代舞踊がみえてくる」「東京大学学生演劇75年史」「ダンスの窓から」「ルドルフ・ラバン」(翻訳)など。他に、ビデオシリーズ「日本現代舞踊の流れ」(全6巻)の完成があり、その全テキスト・演出を担当した。