D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.50 「本物と偽物」  
2002年3月13日

 NHKの朝のドラマ「ほんまもん」が終わり近いようです。実は連続ドラマは毎日見ないと筋がわからなくなるので見ないようにしているのですが、聞くことによると若い女性がすばらしい料理人になる話とのことです。
 僕が料亭でほんまもんのお料理をいただくのは経済的にも時間的にもなかなか余裕がありません。だから普段は普通 っぽい食事をして時々豪華に食べるようにしています。B級どころかC級グルメ風に立ち喰いそばやスタンドカレーや丼物も食べます。仕事部屋では3分間待ってのインスタントラーメンで間に合わせたりもします。これもけっこうおいしいものです。そしてこれも食事としてはニセ物でなくて多くの人々が心血をそそいで作ったホンマモンだと思うんですが、負け惜しみでしょうか。でも時には白いテーブルクロスのレストランでワインをついでもらいながら「アリガト」なんていう時もあって、精神のバランスをとってはいるんです。

 「開運!なんでも鑑定団」というテレビ番組があります。鑑定依頼人が家代々の家宝だといって持って来た大画人の掛物が偽物で一瞬にしてガラクタ扱いされることがあります。がっくりした依頼人が気の毒です。しかし偽物でも愛着は持ち続けて欲しい気もします。時には偽物どころか印刷だったりして、持参した人がかわいそうでなりません。
 かってある大評論家が巨額の金で買い求めた一休和尚だかの書の掛軸が偽物だと知らされて頭に来て、その軸を日本刀で一刀のもとに切って捨てたという話を聞いたことがあります。でも軸そのものは悪いことをしていません。だまして売った骨董屋か購った人が悪いので、だまされた本人も見る目がないことになりましょう。大文芸評論家でも本物偽物が判断できるとは限りません。何もそんなに怒らなくても、笑い話にでもしたほうが洒落ていると思います。その評論家はかっこよくしたつもりでしょうし、そういう話として伝わるのですが、少し安っぽい感じもします。
 「なんでも鑑定団」で、陶器の中島誠之助さんが、偽物とわかっても今後も大切にしてやってくださいと依頼人に話してるほうが人間的に感じます。逆に思いもかけない高価なほんまもんと判明して大喜びの人を見るとこちらまで楽しくなります。  大画家ほど偽物が多いとかの話もあります。偽物が出廻るようになれば一流ということでしょうか。
 宝石の本物偽物も悲喜劇が多いようです。フランスの文豪モーパッサンに「首飾り」という短篇があります。貧しい夫婦が舞踏会だかに招かれて、知り合いの金持ちの奥さんから真珠のネックレスを借りて舞踏会に行ったのですか、どこかでなくしてしまいました。困ったあげくそっくりのイミテーションパールのネックレスを買って何事もなかったように返却しました。そして何十年も働いて働いてようやく本物の真珠のネックレスを買ってお返しに行きました。そうしたらむこうの御夫妻はよく憶えていないよう、やがて思い出して、あの時お貸ししたのは偽物でしたという。貧しい夫婦は本物の返却のためにウン十年も無駄 な苦労をしたといった話だったと思います。
 真珠は専門家でもわからないような偽物が多いそうです。僕もいくつか真珠のカフスボタンを持っていますが、一番大きいのは安い偽物でした。夜のパーティなどにつけて行くと小粒の本物よりずっと目立ちます。アーラすてきねなどといわれるとあわてて手をうしろに廻してごまかしたりしたのも楽しい思い出ですが、片一方を落としてしまいました。偽物でよかったなと思ったりもします。モーパッサンを読んで2000円ほどで買ったものだったのですが、惜しかったとも思います。
 外国では泥棒が多いので、本物の宝石は銀行の金庫に預けておいて、偽物をつけてパーティなどに行くとか聞いたことがありますが、ありそうなことですね。
 本物にこだわる人は凄いものです。これもウン十年前、タマーラ・トゥマノヴァという大バレリーナがいました。バレエの宝飾などはガラス製を用いるのが常識ですが、彼女は本物のダイヤモンドのティアラをつけて踊ったそうです。ガードマンが数人もガードしていたとか。しかし遠くから見るとかえって大きい偽物のほうが見映えするような気もするのですが、話題作りもあったのでしょう。
 彼女は「シャーロック・ホームズの華麗な冒険」という映画で、引退する日の大バレリーナの役で出演していました。「白鳥の湖」第2幕のグラン・アダージュを踊りましたが、あのティアラも本物のダイヤだったのでしょうか。王子役にサポートされてのピルエットではダイヤの一粒がこぼれても大事件です。かえって思い切って踊れなかったかも。
 現在はファッション・ショーでもクリスタル・ガラスが流行っているようです。オーストラリアのスワロフスキーのガラスの装身具はダイヤ以上の華やかさです。ガラスといっても本物といってもよいかも知れません。
 いまだに女性陣に最高の人気を誇るルイ・ヴィトンやグッチやシャネルのバッグやロレックス、カルティエの時計なども偽物が多いんです。一流の証拠ということでしょうか。
 ソウル・オリンピックの前後、ソウルに往復しました。ソウルのイテウォンとかいう名の街はコピー商品の街で、面 白がってずい分買物をしました。ルイ・ヴィトンのコピーなどは本物の二十分の一以下の値段で買えました。ヴィトンとしては偽物ですが、ハンドバッグや財布としては本物です。その他にもそっくりのハンティング・ワールドとか、お安いロレックス風とかカルティエ風の腕時計などを買い込んで、コピーだと最初からことわって友人たちにお土産にしたら一同笑いながら受けとってくれました。こんな物でも遊び心で楽しめます。現在はこの手のコピーは輸入禁止で、成田空港で没収されてしまいます。だから偽物のほうがかえって珍しがられるという傾向があるとか。
 本物のルイ・ヴィトンのモノグラム模様のバッグを持った若い女性が電車の中で3人も並んでいることがありますが、こうなると本物のありがたみは薄らぎますね。本物はたしかに丈夫で長持ちしますが、彼女たちはデザインのよさとかでなく値段が高いから持っている人が多いようです。現代日本はまず金持ちが尊敬されます。だから金持ちでない人でも、家や車ではぜいたくできなくても、身辺の物で高価な物を買って他人に差をつけようとします。しかし沢山の人が持っていると、今度は新しいブランド品を探さなければならなくなります。ブランド物を買うのに批判的な人、否定的な人もいます。しかし若い時は高い授業料で本物を知るのも悪いこととは思いません。ても、グッチで身を固めたグッチャーとかシャネル好きのシャネラーなどと呼ばれる女優さんも似合わないとちょっと困りますね。本物を身につけて偽物に見えるよりは、偽物を持っても本物に見せてしまうほうが愉快なような気もします。高いものを自慢するよりも、身のまわりのものの組み合わせ、コーディネーションの美的センスが大切かとも思います。
 コピーといえば舞踊の振付のコピーも問題です。しかし古典の名作、例えば「白鳥の湖」などはプティパやイワーノフの伝承が中心で、コピーが大切になります。日本人が古典の名作群をいち早くものにしたのも、昔から外来文化をうまくコピーして自分のものにしてきたおかげかも知れません。
 いっぽうモダンな作品のコピーは問題です。文化庁の在外研修者に選ばれて海外で勉強して来た舞踊家が、外国で感心した舞台をうまくコピーして発表したりすることがあります。僕も海外で見た作品と似た邦人作品をいくつか見たことがあります。日本人に創造性が乏しいといったりするのは簡単です。しかし海外に行った若者が新しい発想や手法に影響されるのも不思議ではありません。コピーの程度も法律的な問題に至らず、道徳心を問う程度ならば仕方ないかも。そして彼らもしばらくすると自分独自の作風を確立しているような気もします。
 本物偽物とかコピーの問題、考えればキリがありません。要はいいもの悪いもの、いろいろ見たり聞いたりして真偽を見きわめ、物事を判断できる力を身につけて、少しでもほんまもんの人間にならなくてはと考えてはいるのです。




掲載されている評論へのご意見やご感想を下記連絡先までお寄せ下さい。
お寄せ頂いたご意見・ご感想は両先生にお渡しして今後の掲載に反映させて頂きます。
また、このページに関する意見等もお待ちしております。
 
株式会社ビデオ
〒142-0054東京都品川区西中延1-7-19
Fax 03-5788-2311