D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.51 「桜と日本人」  
2002年3月27日

 一年ぶりで桜の話をします。ことしは桜の開花が予想外に早まりました。桜の開花は全国的に最もポピュラーな染井吉野(ソメイヨシノ)が基準になっています。東京地方では靖国神社の境内の指定された3本のソメイヨシノのうちの2本に数輪が咲いたら開花宣言が出されるとか。これ本当ですか?ことしは16日だかに開花宣言があり、21日、お彼岸の中日、春分の日には満開になってしまいました。観測史上最も早いとかで、例年より半月も早いそうです。
 こうなるとスケジュールも狂って来ます。例年のように4月に入ってから「さくら祭り」を予定していた各地の商店会なども、3月中に桜が散ってしまうのに、お祭り期間のくりあげが不可能ということで「さくら祭り」を中止したところも続出したそう。テレビで商店会長さんが深刻な顔をして嘆いていましたのでかわいそうになりました。世の中いろんなことがあるものですね。
 数年前までは、小学校の入学式に校庭のソメイヨシノが満開になることが多かったようですが、ことしは卒業式前に咲いてしまったことになります。入試合格の「サクラサク」がピッタリ一致した人もいるようです。開花の早期化は地球温暖化の影響もあるのかも知れません。
 現在よりもさらに科学が進歩して、気温の調節が可能になったりすれば、桜の開花をコントロールして「さくら祭り」に合わせることもできるようになるかも知れませんが、これも味気ないような気もします。
 桜前線の進行に一喜一憂するのはいかにも日本独自の趣を感じます。新聞やテレビでも桜の開花の報道が多いのは日本だけでしょう。日本人ってヒマネー!というヒマ人もいるのも愉快です。同時多発テロの可能性もないようで、つくづく平和ってありがたいと思います。桜を見ると日本に生まれてよかったと痛感するのも毎年のことです。
 そういえば桜の記事のほとんどはソメイヨシノについてです。しかしこの桜の起源は古くありません。江戸末期に江戸の花産地の染井の植木屋さんが大島桜と江戸彼岸(エドヒガン)を交配して作ったとか、自然交配でできたとか、説明する人によって違います。3月25日、朝日新聞の「花おりおり」欄ではいつ誕生したかわからない雑種とあります。明治初期の調査で染井から突然全国に広まったということで染井吉野と命名されたともいいます。明治時代に靖国神社に多数植えられて、全国の戦没者の慰霊碑のそばにくばられるようになって日本中に広まったともいわれます。
 片親の江戸彼岸は1000年もの長寿の木があるそうですが、染井吉野は親と違って短命です。私見では人間の寿命とほぼ同じような気がします。それも我々が親しみを感じる一つの理由かも知れません。上野公園の桜は多分にくたびれてきたようですし、戦後に植えられた隅田川岸の桜などはいまが元気ということになります。
 日本の桜の歴史を調べてみると、古くから桜が親しまれていることがわかります。日本書紀や古事記にも桜の記述があるそうです。しかし万葉集には梅の歌が118首あるのに桜の歌は44首しかないとのことです。ところが平安時代になると梅と桜の人気は逆転し、花といえば桜のことを指すことになりました。古今集をはじめ桜を詠んだ和歌は数えきれません。
 一例。天下の美女、小野小町の名歌「花の色は移りにけりないたずらに わが身よにふるながめせしまに」は、ぼんやりとしている間に私の美しさも失われてしまったというような詠嘆の歌でしょうか。桜の花の移ろいやすさと重ねて考えると切実な感じです。
 ところが江戸時代までの桜は、現在の人々が親しんでいる染井吉野と違って現在も吉野山に咲く山桜がほとんどだったようです。
 桜は日本の国花でもあり、日本産の日本独自の花のように思われていますが、実は外国にもたくさんの種類があり、サクランボの実のなる木はヨーロッパのあちこちに見られました。いまはアメリカの黒っぽいサクランボが多くなっています。
 日本の桜は明治以来、国策に利用されて、桜は日本だけのものだとか、パッと咲いてパッと散るので、武士道のいさぎよい死に方にたとえられたりと、日本人の愛国心の象徴のように宣伝されました。それが第2次大戦直後に、その反動で公園や並木の桜がどんどん切り倒された時期があったそうです。桜はだまって咲いて散り、悪いことをしないのに気の毒ですね。歴史に翻弄された珍しい花です。
 終戦から57年、終戦後に植えられた桜がいま最盛期を迎えているのは嬉しいことです。それにつけても終戦直後に日本で「白鳥の湖」全幕が初演されて以来、日本のバレエが盛り上がり、現在の隆盛に至っているのと同期しているような気もして感動もします。
 ということでことしも何か所かお花見にかけずり廻りました。ヒマネーと思う人もいるようですが時間は作るものです。桜の花なんてどこも同じじゃないのという人もいますが、どこも景色や雰囲気が違い、時間帯や天候によっても違うのです。バレエでも同じ「白鳥の湖」でも演出・振付や美術、踊り手によって違うのを見てまわるように、桜を見ても飽きることはありません。時間が足りなくても、名所でなくても桜は楽しめます。

 今春の東京新聞の全国舞踊コンクールは、僕は私的な都合でバレエ部門の最年少の第2部しか審査しないのですが、3月22日~24日の予選では、予選会場の目黒公会堂の前庭の染井吉野がもう満開でした。例年は花のつぼみのような少女たちが踊るのを見て、休憩時間には少しずつつぼみが開くのを見るのが楽しみなのですが、ことしは満開なので少し変な気分でした。もう満開ということで、22日の帰途には中目黒で東横線を下車して目黒川両岸の桜を見て、今度は中目黒発の日比谷線で上野に出て上野公園の夜桜見物に向かいます。ところが上野で地上に出たら雨です。しばらく待ってもやみそうにもないので、駅前で190円の透明ビニールの傘を買って公園に向かいます。真新しい透明ビニールをすかして見上げる満開の桜は妖しい美しさです。染井吉野の花は下向きが多いので、電気のぼんぼりに照らされた花がこっちを見ているようでした。いつもは大賑わいの宴会も雨のために静かなのが、ちょっと物足りない気もしました。
 実は、きょうも夕方に有楽町線の江戸川橋から神田川をさかのぼって夕映えの桜、さらに夜桜がほろほろと散るのを見てきました。帰りに「華屋与兵衛」という和食のファミレスで一人淋しく食事してきました。ということで原稿がおくれて申しわけありません。
 またお花見?お気楽だとかノーテンキだとも思われましょうが、桜の花は待ってはくれません。桜が一生懸命咲いているので、こちらもがんばって見に行きます。花よりダンゴといいますが、この時期はダンゴより花、そしてダンスより花ということになってしまいます。本当は桜の花だけでなく、一年中いろいろな花や草や木を楽しむことができるわけです。芸術もいいですが自然も大切なのです。双方をうまくバランスをとって見たり聞いたりすることで、芸術をちゃんと楽しむことができるのだと思います。お花見好きのいいわけみたいですが、本当は大切なことだと思うのです。




掲載されている評論へのご意見やご感想を下記連絡先までお寄せ下さい。
お寄せ頂いたご意見・ご感想は両先生にお渡しして今後の掲載に反映させて頂きます。
また、このページに関する意見等もお待ちしております。
 
株式会社ビデオ
〒142-0054東京都品川区西中延1-7-19
Fax 03-5788-2311