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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.52 「あらためてのごあいさつ」  
2002年4月9日

 この欄が始まってもう2年が経ってしまいました。その間に社会的にもいろんな事件があったりして、世の中はけっこう変化しています。そして僕自身もいやおうなく時の流れに押し流されています。しかし、2年前に書いた原稿を出して見ると、考えていることは変わっていません。進歩がないといえますが、ある程度の年齢になっていれば、自分なりの考え方がきまっているのは当然のことだとも思います。
 2年も同じ文脈、文体で書いてきたので、疲れてきたのでそろそろやめさせていただこうかと御相談もしたのですが、楽しみながら読み続けてくださる方も多いとのことでもあり、結局はもう少し書かさせていただきます。
 年をとってくると体力や記憶力などはガタ落ちですが、経験による判断力などは高まるような気もします。例えば人と話をしたり、第3者を観察していても、その人がどんな人なのか、いま何を考えているかが若いときよりもすぐわかります。自然界の物事を見たり聞いたりしても感じることが多くなります。これは僕個人の場合だけではなく、どんな人でも同じ能力を持っているはずです。政治家とか学者とか評論家でなくても、農民とかお手伝いさんでも同じはずです。その人が偉いとかお金持ちかでなく、要はいつも自分の周囲に気を配り、遠く近くのものにも目を向けることが必要なのでしょう。人間だれでも年をとってくると体力や気力等々の衰えが来てしまいます。しかしその間に自分のものにできるものも多く、努力すれば衰えをカバーすることもできます。ということで、とりたてて偉くない僕でも少しは皆さんのお役に立つこともできるかなーと思って、もう少し続投させていただく気になったのです。ヨロシク!
 サテ、最近になってこの欄を読んでくださっている方々の中に藤井って誰?という人もおられるかと思い、自己紹介を少々。
 実は僕はかつてNHKのディレクターでした。シンフォニーを中心としたクラシック音楽をはじめ、オペラやバレエ、現代舞踊の番組、そして教養番組や教育番組などをつぎつぎに作りました。テレビだけでなく、ラジオ、FM番組も量 産したのです。その中で舞踊の番組を作る人が少ないので特に熱を入れました。新作の創作にも参加したりすることも多く、一般 のかたがたには体験のできない創造の秘密、喜び苦しみを知ることもできました。内外のバレリーナたちの素顔にも接することもできました。こういうことは将来御紹介する機会もあるかとも思います。
 こういう仕事は僕が学校で学んだこととは全く無関係で、最初はとにかく戸惑いました。しかし子どものころから好きだったことでもあり、しばらくしてからはこれこそ天職だと思うようになって、それこそ必死になって仕事をしたのです。ところが日頃の無理がたたって遂に体調をこわしてしまいました。そして寝ている間に考えに考えた結果 、もっと長生きして21世紀まで見てみたいと思って、思い切って翌年の春、いまから17年前に退職したのです。なにも悪いことをしてやめたわけではありません。
 幸い、在職中から新聞や雑誌に舞踊についての批評のようなものを書いていたのが好評だったことで少々自信があったことも退職を早めたようです。NHKの上層部には、退職しても他の組織には属さず、NHKからたのまれた仕事を優先するという口約束をして無事、天下晴れて自由の身になりました。収入は激減ですが、自由ってこんなに楽しいものかと感動しました。3月31日の退職の翌日、NHKに遊びに行って、退職を知らなかった人にヤメタヨといったらエイプリルフールだと思って相手にされなかったのも今は昔になってしまいました。
 テレビディレクターの仕事はとにかく激務で平均寿命が短いことでも知られています。しかしすごくやり甲斐はありました。そして芸術を扱う場合は、その芸術に近づくことができる点では最高に有利です。オーケストラを映像化する場合、名曲群をつぎつぎに楽譜で勉強して分析したりします。オペラやバレエの構成や約束事、振付の方法やクラシックの技術を知ったり、一般 のかただけでなく、研究者や評論家でも体験できない芸術の歴史の流れを体感することもできました。
 NHKの職員としてではなくフリーのディレクターになってからは都合のいい時に、好きな演目を選んで番組作りをするというぜいたくな立場にいたのですが、次第に人生も残り少なくなってきました。人間だれでも同じですが死に近づきつつあることを実感せざるを得なくなってしまいますと、死に急ぎはしたくないので生き急ぐことになってしまいます。仕事もしたいけれど他のこともしたい。その間に体力も集中力も衰えてくる……!
 ということで20世紀の末、2000年の12月を節目に、テレビ番組作るのをやめて、テレビは見るものにしてしまいました。同時に20年以上書いていた読売新聞の舞踊評などもやめさせていただいたのです。ところが、仕事の量 を半分に減らしたものの、一つの原稿を書くのに七転八倒、多少は楽しみながらであっても時間がかかるようになってしまいます。そんなわけで働いている時間はけっこう長いんです。もっと外に出て自然と親しみたい。映画も見たい。展覧会も見たい。等々。当然、舞踊は減少。人生って短いナーと実感するきょうこのごろです。
 ということで、僕はいま肩書きのない人間になっています。ところが日本人はどうしても肩書きで人間を判断してしまう傾向があるんですネ。僕はNHKをやめてから、やはり名刺が必要なので肩書きなしの名刺を作りました。これを見てケゲンな顔をした人もいましたし、「NHKにいらしたそうなのに惜しいことなさいましたワネー」などと超親切なことをおっしゃる御婦人もいたのです。何か悪いことをしてNHKをやめさせられたかと思われたのかも知れません。
 一度だけフリーターという肩書きの名刺を作ったのですが、早速若い女の友人におこられました。厚かましい!フリーターっていうのは20代前半までヨ!というのです。僕はそうは思ってなかったけど、ふざけすぎかと反省してやめてしまいました。しかし肩書きがないのは自由の象徴。少しでも長生きできるかと最高のぜいたく気分を楽しんでいます。
 現在もあちこちに記事を書かせていただいてはいるのですが、うらわさんと交代で書いているこの「今週の評論」は楽しみながら書かせていただいています。しかし僕の場合は、評論というよりも雑文とかエッセイといったようなものを狙っています。コンピューターの画面 をがんばって見つづけてくださる人は相当我慢強い人だと思います。そのためにできるだけ難解な表現を避けながらもけっこう大切なことをお伝えしようと努力してはいるのです。口語体で、皆さんと直接お話するような気持ちで書いているんですが、どんなものでしょうか?  
 いっぽう、うらわまことさんは批評家協会の重鎮として批評家の立場を堅持して書いておられます。これは大切なことです。彼は批評家たるものは、できる限り公演を見るべきだ、つまらないことがわかっていてもとにかく見なくてはと、日本中を東奔西走して、年間に300以上の公演を見続けています。これは立派です。古今東西の舞台を見て、比較した上で判断する。批評家の鏡でしょう。ほとんど舞台を見ないでも、受験でものにした現代文のような筆力で批評を書いている人もいます。判断に自信がないので表現が難解にならざるを得ないわけです。それに対してうらわさんは日本では最も多くを見ている人です。僕が最も信頼を寄せている理由です。
 ということで、うらわさんと僕、多分に違った立場にいますが、皆様に何かをお伝えしようという気持ちは同じです。そんなわけでもう少し書かせていただくことにしたのです。




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