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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.60 「『ジゼル』昨今」  
2002年8月13日
 先日二日つづけて「ジゼル」を見ました。まず小林紀子バレエ・シアターのもの。このバレエ団の創立30周年記念公演で久しぶりに上演したものです。そういえば「ジゼル」は小林紀子さんの最も得意の演目でした。
 今回はデレク・ディーンの演出・振付の版を採用しています。彼はイギリスのロイヤル・バレエで長く踊ったのち、イングリッシュ・ナショナル・バレエの芸術監督をつとめた人です。彼はここでは見せ場での伝統的な振りを守りながらも、160年も前の古いバレエを現代人にも納得できるように最大限の努力を払っていました。
 第1幕はヒラリオンを重視して舞台の奥行きを深めます。開幕早々ジゼルの母親に狩りの獲物をあげたりして歓心を買っています。母親も物をもらえばやはり嬉しくてヒラリオンに好意を示しています。ヒラリオンがアルブレヒトが実は貴族であることを解明する手順なども刻明で理詰めです。アルブレヒトの婚約者バチルド姫はこの版ではすごく高慢な女性のように描かれています。そのためにアルブレヒトが村の素朴な娘にひかれてしまうのも無理はない気もします。第1幕の幕切れ、ジゼルが息絶えると、母親は娘を抱こうとするアルブレヒトを押しのけて人々を去らせ、ジゼルを抱きしめて幕をおろします。
 第2幕の幕あき、普段はヒラリオンが現れるのですが、この演出では母親が村の女に支えられて、ヒラリオンを従えてジゼルの墓参りに来ています。哀れな娘への母の愛で二つの幕をつないだわけです。次いで現れるウィリーの女王ミルタは、血色のない白い顔、眉を消した幽霊のよう。現世への怨念、男性への恨みを強く感じさせます。いつもはミルタに従っていただけのウィリーたちもそれぞれに恨みがましい様子に見えます。
 デレク・ディーンは演劇の国イギリスの人らしく演劇的な首尾一貫を意図しています。第1幕はリアルに、衣装も農村の人々は茶系で統一するなどして現実味を強調しています。第2幕は死者の世界のおどろおどろしさを前面 に出して二つの幕の対照を示すところに主張が見られます。スターダンサーズ・バレエ団のピーター・ライト版「ジゼル」も、やはりイギリス人の作らしく劇的で緻密な「ジゼル」です。この二つの版は演劇的に優れますが、第1幕での素朴さや第2幕での古典的均整美は少々薄らいでいるかも知れません。
 いっぽう、井上バレエ団も10年ぶりに「ジゼル」を上演しました。前回の公演では、関直人氏の演出・振付がことさらな自己主張を避けて、日本の観客が「ジゼル」というバレエに持っている既成概念を裏切らないようにという態度が見えました。全体的に淡彩 な感じが魅力にもなり、物足りなくもありといった印象があります。今回の上演では、前回ヒラリオンで名演を見せたパリ・オペラ座の元エトワール、シリル・アタナソフに演技指導を受けたとのことです。アタナソフはかつてアルブレヒト役で長い間世界に君臨し、前回はヒラリオン、今回はクーランド公で顔を出してくれました。その彼の指導のおかげで、全体的には変わらなくても細部の仕上げが精密になっています。結局は前世紀の遺物どころか前々世紀の古めかしいバレエの魅力を味わうことができたのです。主役の二人、ジゼルとアルブレヒトは標準タイプですが、ヒラリオンがまじめで一本気、バチルドも優しさを優先して演技しており、ミルタもそんなに恐ろしくない。全員に悪い人がいないので、この悲劇が一層哀れを誘っていました。
 結局のところ、この二つの対照的な「ジゼル」の両方に、なるほどと感心し、感動してしまったのです。この二つはともにピーター・ファーマーの美術を採用しているのですが、演出の違いで、こんなにも舞台の効果 や印象が違うものかと、いまさらのように認識をあらたにしてしまいました。
 さて、僕も長い間飽きもせず「ジゼル」を見ていますネ。日本で「ジゼル」全幕が初演されたのは1952年、ちょうど50年前のことです。松尾バレエ団の公演で主役は松尾明美さん、この欄の筆者うらわまことさんのバレエの先生です。ミルタは若き日の松山樹子さんだったとか。でもこの舞台は見ていません。残念!でもこのあとに内外のいろんな「ジゼル」を見ました。谷桃子バレエ団、松山バレエ団では当然のようにバレエ団主宰者が踊りました。谷桃子さんの舞踊生活30周年記念公演では島田廣さんが、そして彼女の引退興行では三谷恭三さんがパートナーをつとめていました。多くの「ジゼル」を見て、ようやくこのごろになって理解が深まり楽しめるようになりました。
 僕はテレビのディレクターだったので、一般のかたより遠くから近くからこのバレエを見てきたようです。テレビ作りは、作品を巨視的につかみながら、細部にわたっても微視的に見つめなければなりません。そのためには同じものをくり返し見ることと、同時に違うものを平等に一生懸命見る必要もありましょう。テレビでバレエを放送する時にはそれなりの手順があります。普通 の場合は、バレエ団のスタジオかどこかでリハーサルを見て構成・振付・演出をものにし、カメラ割りを台本化してスタッフ打ち合わせ。劇場やテレビスタジオでカメラリハーサルをしてからも、直したいところはカメラ割りの修正をしたりして本番を収録します。これを試写 して時間を計ったりしてから放送のための字幕やアナウンスの言葉を作ったりして最終的に放送番組を作ります。完成したらちゃんと番組ができているかとチェックする試写 があります。同じバレエを何回も見るのでウンザリもします。しかしこんな呑気な僕でもこういった経験のおかげでバレエを少しずつ血や肉にできたとも思うのです。
 ついでだからテレビでの「ジゼル」の思い出を少しお話しましょう。
 1969年、牧阿佐美バレエ団が「ジゼル」を上演、ゲストのブルガリアの名花ベラ・キーロワがジゼル、アルブレヒトはダミアノフという人でした。そして当時まだ牧阿佐美バレエ団にいた森下洋子と、帰国早々の深川秀夫が組んでペザント・パ・ド・ドゥを踊ったのです。この二人があまりに見事に踊ったので主役二人の御機嫌が悪かったとか。このころから日本のダンサーが世界に通 用するようになってきた証拠でしょうか。
 翌70年、万博の年でしたが、ボリショイ・バレエの「ジゼル」も収録しました。ジゼルはコンドラチェワ。この人は最近新国立劇場の「ジゼル」を指導した人です。行儀のいい踊りでした。この機会にソ連系の「ジゼル」を何とか理解しました。
 森下洋子が松下バレエ団に移籍してからは清水哲太郎とのコンビで多くのバレエをテレビ化しましたが、中でも「ジゼル」の全幕は日本のバレエもここまできたかと、感銘深いものがあったのを記憶しています。
 かつてNHKでは新春バレエコンサートなどと題して日本バレエ界のスターの数組をスタジオにお迎えしてパ・ド・ドゥを放送したものです。ある時は谷桃子さんに十八番の「ジゼル」のパ・ド・ドゥをお願いしました。「私みたいなおばあさんがもう」「先生のジゼルをどうしても視聴者に見せたいんです」「そおですかあ」と嬉しそうに承諾してくださったり。この時はまだこのバレエ団にいた小林恭氏がパートナーで柄にないといいながら懸命に踊っていました。別 の年、いつもは明るく楽しい役を踊っていた貝谷八百子さんがどうしてもこのパ・ド・ドゥを踊りたいというので思い切ってお願いしました。彼女が長身なので、これも長身、谷桃子バレエ団の浅見捷二氏にアルブレヒトをお願いしました。二人とも神妙に踊り納めてくれました。ところが収録が終わったとたん、貝谷さんはスタジオ中央に股を広げて座り込んで舌を出しながら「ツカレター」。いつも楽しそうにしながらも周囲に気を使う人でした。このペアは故人になってしまいました。時の流れを感じます。
 僕はNHKを退職してからもテレビの仕事をつづけました。10年ほど前に韓国のユニバーサル・バレエの「ジゼル」のビデオを収録しました。韓国人のジュリア・ムーンが典雅なジゼルを披露し、パートナーには大スター、フェルナンド・ブホネスが迎えられました。芝居も丁寧でしたが、フィナーレでの連続する強いアントルシャなど技術的な完成度の高さに感心、やはり基礎は大切ですね。
 内外の多くのバレエ団の「ジゼル」。テーマは同じですし、振りも同じ場面 が多いのですが、それでいて多種多様です。バレエについて舞台芸術について考えさせてくれます。



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