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ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.64 「楽しいバレエを素直に楽しみました」  
2002年10月9日
 夏から秋にかけて楽しく華やかなバレエをいくつか見ることができました。その中の二つ、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)が日本初演した「メリー・ウィドウ」と新国立劇場バレエ団が初めて演目にとりいれた「こうもり」は、いずれもオペレッタをバレエ化したものです。
 オペラがどちらかといえば悲劇喜劇を問わずまじめな感じなのに対し、オペレッタのほうは明るく楽しく華やかで、誰でもが口ずさめるわかりやすい歌が並んでいて、いつもいい気分で家路を辿れます。こういうオペレッタをバレエ化したら楽しいだろうと考える人がいるのは当然のこと。歌に歌詞があり、時に会話もあるオペラやオペレッタと違って、バレエには言葉による壁がないので、世界中の人々が100%理解できることにもなります。
 レハール作曲のオペレッタ「メリー・ウィドゥ(陽気な未亡人)」は大正時代の浅草オペラ時代から日本でも親しまれていたらしく、僕の母がその中のメロディーを口ずさんでいたのも記憶にあります。戦後は二期会がたびたび上演して人気を集めましたし、ウィーンの歌劇団ウィーン・フォルクス・オーパーの舞台はとにかく絶品で、ほのぼのとした気分で数日を過ごすことができたほどです。
 皆さんはクラシックの名曲を長い曲も短い曲も5分間にまとめてしまうミニ番組「名曲アルバム」を御存知かとも思います。これはといった曲を選定して5分にまとめ、この曲に関係のある国や場所を選んで現地で映像を撮ります。帰国後は録音したり、映像を細かく編集したり、作曲家の伝記や曲目の由来を調べたりしながら字幕の文章を作ったりと、さまざまな過程をへてあの短い番組が完成します。名曲を縮めるなどは名曲に対しての冒涜だというお固い人もいますが、くり返して放送するので、音楽が次第に身につくようで、これでクラシック・ファンになった人々も多いはず。この番組は1976年以来26年も続いている長寿番組なんです。僕はこの番組の初期に欧米で取材収録して40曲以上の番組を作りました。芸術劇場とかコンサートの中継録画と違って、いろいろ面 倒なことが多くてずい分苦労しましたがいまとなっては楽しい思い出になりました。
 話が横にそれてしまいましたが、僕はこの番組が始まった年にフォスターや黒人霊歌からバーンスタイン等々のアメリカの音楽を取りあげるために、アメリカを東から西へと映像収録で旅しました。アメリカの建国200年の年で東海岸はとにかく大さわぎでした。ニューヨークでは国内外の舞台公演が目白押しで、リンカーン・センターではABTがアメリカデビューの森下洋子を迎えての「白鳥の湖」に観客が殺到、カナダ国立バレエはヌレエフ自作自演の「眠れる森の美女」がとにかく豪華でした。そしてミュージカルの中心地ブロードウェイではミュージカルにまじって、ユリス劇場という劇場でオーストラリア・バレエ団がバレエの「メリー・ウィドウ」を上演していました。これはその前年にオーストラリアで世界初演されたばかりで、それをアメリカに持ち込んだんです。オペレッタの進行に忠実で、歌の部分をオーケストラに編曲してあるので見ていても歌を口ずさめるような舞台です。ロナルド・ハインズという人の振付はことさらに新しがらず、素直にオペレッタの真髄を伝えながらもオペレッタとは違う視覚的なよろこびを伝えてくれていました。
 プリマの未亡人ハンナはゲストのマーゴット・フォンティンでした。第1幕、階段上からの登場は黒いドレスです。夫の喪中ということでしょうが、周囲のカラフルな色彩 と比べ不思議な存在感がありました。そして第2幕は可愛らしい民族衣装、終幕はかつての恋人と結ばれることを予測させる白い羽根飾りのケープと絶白のドレス。もう引退も近いフォンティンの美しさは会場を圧倒していました。ブロードウェイは主役に美しく照明を当てるところです。あまりの美しさに翌日も市内の撮影を終えて劇場にかけつけました。ところがその晩はオーストラリア・バレエの若手が主役でした。彼女は前日にフォンティンがアラベスクでポーズだけしたところをちゃんとピルエットで2回転していました!フォンティンは手抜き足抜きしていたんです。しかし26年後のいまはフォンティンの姿だけが目に残っているのです。前回の敬老の話のつづきになってしまいますが、若さが物をいうバレエでも年齢が加わってこそ魅力が増す場合もあるんですね。そして観客のほうにもそれを見抜く能力や努力が要求されます。けっこう怖いものがありますネ。
 今回のABTの公演に「メリー・ウィドウ」があったのは嬉しいことでした。思うに、あの年のブロードウェイでの舞台がすてきだったのでABTが演目に加えたのでしょう。振付も少し複雑にはなっていましたが、受動的とまでいえるようにオペレッタに忠実だったのも一つの見識だと再確認しました。ところがオーストラリア・バレエと違っていたのは美術の豪華さです。三幕ともにパーティの場なのですが、とにかく派手です。第3幕のレストラン「マキシム」の場などレストランでなく宮殿のようです。ABTの本拠のニューヨークのメトロポリタン歌劇場では、オペラとバレエを問わず美術が豪華な演目の売れ行きがいいとか。「メリー・ウィドウ」はこの点でも人気があるようです。アメリカの観客は素直に正直に非現実の世界を楽しんでいるのでしょう。僕も26年前のオーストラリア・バレエの舞台とは内容的には違わなくても、格段に華やかな舞台を楽しませていただきました。今回のABTの来日公演の初日の未亡人役は人気のアレッサンドラ・フェリでした。かつての可憐なジュリエットは、いま陽気ながら陰もある未亡人役を好演していて、こちらも時の流れを痛感させられてしまいました。
 もう一つの演目は新国立劇場バレエ団が新しい演目に加えたローラン・プティ振付のバレエ「こうもり」です。これはヨハン・シュトラウス2世の同名の喜歌劇をバレエ化したもので、プティが芸術監督をしていたマルセイユ・バレエの2回目の来日時に日本に紹介されています。もう四半世紀も前のことです。僕はNHKで働いていたので、第1回の来日の時の「コッペリア」につづいて第2回公演では「こうもり」を放送しました。これも歌の部分をオーケストラに編曲したバレエ音楽を用いてはいますが、自己主張の強いプティらしく音楽の順序を入れかえたり、役の設定や物語の進行も原作のオペレッタよりも現代に近寄せて皮肉も利かせていました。しかし美術はオペレッタの雰囲気を生かしていました。
 ところがプティが今回新国立劇場のために改訂した新しい版は、物語もさらにスマートに、演出、振付もモダンになっていたのでびっくりしました。さらにこういった改訂に合わせて装置も抽象化され、直線ばかりで左右対称になっています。衣装もシンプルになって、19世紀後半のウィーンでなく、時代や場所は特定できません。そのために古今東西を問わず普遍的な人間像を伝えようとのことでしょうか。しかしこれには賛否や好き嫌いはあると思います。僕も年寄りらしくかつての舞台を懐かしく思いますが、今回の現代的な「こうもり」もすてきでした。
 さて今回の「こうもり」、初日の主役は「メリーウィドウ」も踊っていたアレッサンドロ・フェリが人気の的でしたが、僕はあえて真忠久美子さんという新人が踊る日に行きました。ローラン・プティがコール・ド・バレエの中から御指名した人だそうです。恵まれた体型で物おじもなく堂々と踊り演じていました。もっと大人っぽい表現もあったらさらによかったとも思いましたが、求めるほうが欲張りということでしょう。生まれて初めての大劇場の主役でこれだけ立派なのですもの、将来が楽しみです。年輩の人とは別 の登り坂の人の速力を楽しみ可能性を確認できました。
 時は流れます。私事で恐縮ですが、僕はこの夏に実の兄と義理の兄をつづけて失いました。覚悟していたとはいえショックでした。そしてそれをかくして元気にふるまうのにも疲れてきます。そんな時、音楽や美術などが心の支えになりました。そして今回話題にした二つのバレエも役に立ってくれたようです。いつもはクールに芸術を見たり聴いたりするようにつとめているのですが、二つのバレエには思わず笑顔になることができました。こういった楽しく美しい作品はいやしの効果 が強いのでしょうね。政治的にも社会的にもそして私生活にも深刻さが加わっている現代だからこそ、こういう作品も必要になっているのでしょうか。



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