D×D

舞台撮影・映像制作を手がける株式会社ビデオが運営するダンス専門サイト

 

ニュース・コラム

幕あいラウンジ バックナンバー

藤井 修治
 
Vol.68 「見たり聴いたりベートーベン」  
2002年12月3日
 12月になると楓や桜、いちょうなど多くの木が落葉して裸になってしまいます。あの華やかな紅葉は葉っぱの死の直前のはかない美しさなんですね。そして地に落ちた葉っぱは間もなく土に帰って行って次の世代の栄養にもなるはずなのに、コンクリート道路では車にひかれてどこかに消えてしまいます。道に落ちた落葉を注意して見ると、一枚の葉にも美しいだけでなく何となく小宇宙まで見えてきたり、人生を考えるきっかけにもなります。しかし落葉したあとの枝先きにはもう来年の葉の芽のようなものがあるのでほっとします。
 前回とりあげた小川亜矢子さんのバレエ「秋のソナタ」は、紅葉した葉っぱの役の女性陣がフロアに伏して落葉となり、一人の男性ダンサーが裸の木になって中央に立ちつくしてのポーズで幕が下りました。しかしクラシック音楽のほとんどは抽象曲です。小川さんがこのバレエで使ったベートベンのピアノソナタ第1番もそう。初期の作品らしく厳格な形式にのっとった構築感の強い作品ですが、短調の部分が多く緊張感や抒情味もあります。中期や晩年の作品に比べてあまり知られていないし、「月光」とか「熱情」とかいうアダ名もないので特定のイメージにも縛られません。だから小川さんが秋をイメージして作舞しても抵抗感もありません。小川さんは全曲の形式感を残しながらも秋のもの悲しさを見事に表現するのに成功し、ベートーベンも想像しなかった世界を創造して楽しませてくれました。
 さて、ベートーベンは楽聖ベートーベンといわれるだけあって一曲一曲渾身の力を込めて作曲をつづけ、力作・傑作・名作を続出させていて、クラシックファンには抜群の人気があります。しかしそのおかげでどの曲も存在感が強くて舞踊化するのは大変なんです。音楽負けしてしまう危険性が大きいのです。そして固苦しいクラシックファンはベートーベンを冒涜するななどと怒る人もいるはずです。19世紀までのバレエ音楽は、大作曲家でなくて劇場専属の作曲家が、振付家や主役のバレリーナらの注問に合わせて作曲していた場合が多くて、音楽そのものの発言力が大きいとはいえませんでした。それでも作曲者が題材に霊感を受けてすばらしい音楽が生まれることもありました。「ジゼル」などは好例でしょう。しかし多くは伴奏音楽にとどまり、バレエ化されて視聴覚がいっしょになってはじめてステキーということになったのです。
 そして20世紀になると優れた音楽を用いることで舞踊も充実した芸術になるのだという考えが浸透して、大作曲家の既成の楽曲を聞いて舞踊を作ることが多くなりました。ところがベートーベンはあくまで演奏会で聴衆を感動させるようなこわもての曲が多いので、いまだに舞踊化されることは多くはないのです。しかし有為の舞踊家はそれにも挑戦してそれなりに成果 をあげているのです。
 20世紀初頭、1908年のニューヨークで、モダンダンスの産みの親、イサドラ・ダンカンがベートーベンの交響曲第7番を舞踊化して自作自演したといいます。これは近年、男性ばかりの「トロカデロ・デ・モンテカルロ・バレエ団」の公演の中で、一人の男性ダンサーがダンカンに化けてオーバーに踊っていた記憶があります。本物は名曲を利用してハッタリのきいた気宇壮大なものだったと想像できました。
 ロシア革命直後のソ連では、1923年にロプホーフが交響曲第4番全曲を聞いて宇宙の運行を描いた「ダンスシンフォニー」を作っています。これは近年日本でもNBAバレエ団が再現していました。M、ベジャールはついに交響曲第9番全曲によって壮大な「第9交響曲」をものにしています。これも日本で見ることができました。
 日本では戦後、橘秋子さんが「第5交響曲」を作って、大原永子、森下洋子らが主演して大評判となっています。これは日本での本格的なシンフォニック・バレエといえます。そしてNHKでもベートベン・バレエを放送しました。僕がまだNHKにいた時代に、毎春「NHKバレエの夕べ」という公開の催しがありました。僕はしばらく企画から放送までを担当した時代があります。1969年でしたが、幕あきにベートーベンの交響曲第8番をバレエ化しようと企画しました。後半に「火の鳥」という装置や衣装に費用がかかるバレエと上演するので、前半は装置なし、衣装もレオタードだけという美術費がかからないバレエを上演しなくてはならなかったのです。そしてさらに、物語のあるバレエ「火の鳥」に対して物語のない抽象的なシンフォニック・バレエと同時に上演して観客や視聴者に比較してもらいたいとの気持ちもあったのです。振付はいまでも健在な関直人さんにお願いしました。題名は「パ・サンフォニーク」。交響的な踊りの意味でした。関さんはまさかベートーベンでバレエを作るとは思わなかったといいながら元気なバレエを作ってくれました。そして各バレエ団からのピックアップメンバーが集まって競演しました。オールスター戦といった感じでした。こんなこともだいぶ昔のことになります。
 交響曲だけでなく、ベートーベンの他のジャンルの音楽もバレエ化されています。佐多達枝さんは若いころ、ピアノ協奏曲第3番の第1楽章を使って「陽のあたる場所」という小品を創作しました。これも芸術劇場で放送したのも懐しい想い出です。
 ところでベートベンにもバレエ音楽が2曲あるんです。20歳のころ作曲した「騎士のバレエ」、そして30歳のころの「プロメテウスの創造物」ですが、二つとも現在は無視されています。しかし僕はその存在を知って後者の楽譜を探し出してバレエ化を企画しました。1970年のことです。これはニューヨーク・シティ・バレエをやめて日本に定住していたロイ・トバイアス氏に振付をお願いしました。ギリシャ神話による物語で、故遠藤善久のプロメテウスが人間を創造するのです。男はこれも故人の江川明、女は早くに引退した蒲原敏子、そして踊りの神様の役で谷桃子さんがちょっとだけ出演してくれました。しかし全体的にはあまり盛り上がらず、このバレエもいつか忘れられてしまいました。舞踊は公演だけでなく放送も一回で消えてしまうのです。まだビデオが発達していなかった時代の話です。
 ベートーベンは構成感とか高み深みが評価されるので、やはり聴くだけのほうがいいのかと思ったりもします。
 実はこの夏、双子だった兄を失いました。まじめな生物学者で、昨年ガンで倒れてからも寝ながらノートパソコンで英文の論文を書いたりしていましたが、その間にCDを聴いていました。兄と僕とは対照的な面 が多かったのですが、少年時代からクラシック音楽が好きでした。しかし好みが違うので相談しながら乏しいおこずかいを出し合ってレコードを買ってくり返し聴き込んだものです。兄は日本の典型的なクラシックファンらしく、バレエやバレエ音楽を少しだけ下に見る傾向もあったようです。理科系のためかきっちりと形式感のある曲目と演奏が好きなようでした。しかし病床にあって聴いているCDを覗くと、それなりに癒し系の曲も加わっていたようです。僕も何回かCDをおみやげに持って行きました。
 科学者の兄らしく葬儀は本人の希望で仏式を避けて音楽葬ということになりました。ところが本人が選んだのは全部ベートーベンでした。演奏者も指定してのCDを兄の娘が編集したようです。ヴァイオリン協奏曲や交響曲第6番「田園」をはじめ有名無名の作品から穏やかな楽章が羅列されていました。通 夜と告別式で聴くと兄が平和な境地に達しようと、ここでも努力しているのが感じられました。ベートーベンは人を元気づけてくれるだけでなく慰めてくれるのだということを実感させられました。私事で申しわけありませんが、兄の死後半年たつとようやく僕も落ちついてきたのでこんなことを書かせていただきました。
 年末です。バレエ界は「くるみ割り人形」でいっぱい、クラシックファンは「第9」に行きます。クラシックの高級ファンを自認する人はチャイコフスキーの甘ったるくてセンチメンタルな音楽はもう卒業したなどという人も多いのです。しかし僕はベートーベンもチャイコフスキーも大好きです。この両方が好きだったまだお若い高円宮様もあっという間に亡くなりました。年長の僕もいつまで生きられるかはわかりません。年末は「第9」「くるみ」ばかりでなく、もっと別 のものを見たり聴いたりしたいのが現在の心境です。飽きっぽいのか未知のものを知ろうという前向きの姿勢か、自分でもわかりません。その両方だと思ったりもしています。花も紅葉も好きなのです。紅葉が散ったいま、来年の桜も見たいと痛切に思っています。



掲載されている評論へのご意見やご感想を下記連絡先までお寄せ下さい。
お寄せ頂いたご意見・ご感想は両先生にお渡しして今後の掲載に反映させて頂きます。
また、このページに関する意見等もお待ちしております。
 
株式会社ビデオ
〒142-0054東京都品川区西中延1-7-19
Fax 03-5788-2311