うらわまこと | ||||
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2002年4月4日 | ||||
ある雑誌を見ていたら、「世界一、『世界一』がないのが日本だ」、ということが書いてありました。これはスポーツについてのことでしたが、なるほどと思いました。たしかに、これまで世界一になったスポーツ選手あるいは団体が、いくつかの種目にないわけではありません。しかし、現在では個人でも世界的に一流として認められているのは、本家の柔道と、女子マラソン、短距離スケートにわずかにいる程度。いずれにしても、ほんの一部を除いて世界一が少ないことが、わが国のスポーツ界の不振につながっているような気がします。平均的なレベルが高いことも大事ですが、超一流、スーパースターの存在がその分野に対する一般
の目を引きつけ、それがまた裾野を広げ、レベルを高めることになるのです。MLB(大リーグ野球)に挑戦、見事にMVP(最優秀選手)になったイチロー選手がそうだといえるかもしれません。 では他の分野ではどうでしょうか。スポーツのように記録が明確でないために、なにが世界一ということを判断するのはなかなか難しいのですが、その分野で社会的、世界的に一流の、あるいは代表的な存在として認められることがその要件だと思います。 芸術の分野でもこのような存在として、たとえば小沢征爾さんはじめ幾人かの名前をあげることができるでしょう。 では舞踊の分野ではどうでしょうか。残念ながら舞踊(バレエ、ダンス)はまだ社会的にメジャーな存在とはいえませんが、少しづつですがレベルが上がり、社会的にも認められるようになってきています。世界的にはブトーが日本製のダンススタイルとして大きく注目されていますし、国内でも演劇や音楽に伍して現代芸術として高く評価される舞踊作家やダンサー、グループも生まれてきました。また海外の舞踊団でプリンシパルとして活躍しているダンサーも吉田都さんを筆頭に数多くいます。 これらのなかで「一人」といえば、やはりこの3月で舞踊歴50年の記念公演を終えた森下洋子さんです。小学生時代に広島から単身橘バレエ学校に通 った彼女は、早くも10代の前半に多くの少女雑誌の表紙を飾り、アイドルとしてあまねく知られるようになります。71年に松山バレエ団に入団、74年にヴァルナ国際コンクールで金賞を授賞、舞踊界のリーダーとしての地位 を確立したといえます。彼女の経歴を詳細に追うつもりはありませんが、引き続きABTのゲストとしてNYデビュー、ルドルフ・ヌレエフやマーゴット・フォンティンなどと共演、パリ・オペラ座、モーリス・ベジャールの20世紀バレエ団にもメインゲストとして出演しています。さらにいくつもの「ワールド・ガラ」に招かれ、清水哲太郎さんや世界の一流のダンサーをパートナーとして踊っているのです。これらはすべて『日本のダンサー』初、あるいは日本人では彼女だけということなのです。 この『初』、あるいは『だけ』というのは舞台のみではありません。つぎに記します授賞のほとんどがそうです。あまり数が多いので羅列するにとどめます。 日本芸術院賞、文化功労者、外務大臣賞、婦人関係功労者内閣総理大臣表彰、都民文化栄誉賞、日本顕彰会特別 表彰、毎日芸術賞、朝日賞、広島県民栄誉賞、さらにローレンス・オリビエ賞など。これ以外に舞踊関係では、芸術選奨新人賞・文部大臣賞、舞踊芸術賞、服部智恵子賞、橘秋子特別 賞・優秀賞、舞踊批評家協会賞など受賞可能の賞はすべて手にしたといってもいい状況です。さらに昨年はロシア芸術アカデミー名誉教授の称号を受けています。これからも各種の褒賞など受賞の機会は多いと思います。 こう延々と並べてきましたが、賞をたくさん受けたから偉いと単純にいうつもりはありません。申し上げたいのは、すでに述べたとおり、彼女のこのような授賞が、バレエ界、さらに舞踊界の地位 を高め、一般の関心を高めてきたということ、そして、その前提としての彼女の素晴らしい踊りと芸術性、そして舞踊に対する姿勢が、多くの人々を感動させ、揺り動かして、舞踊にかけようという若者を増やしているということです。 森下洋子さん自身がいうとおり、彼女は決して人並みはずれた素質、条件をもっていたわけではありません。その彼女が人並みはずれた世界的なダンサーになったのは、人並みはずれた努力のためであったでしょう。しかも基本的には本拠を日本において世界的なレベルの活動をしているのも、私たちにとっては大変すばらしく、ありがたいことです。 「もし」をいっても仕方がありませんが、彼女がいなかったらどうであったでしょうか。もちろん、バレエ界がまったく存在していないということはないでしょう。しかし、彼女を見てバレエを志したダンサーが多いことも事実で、現在とは違ったかたちになっていたかもしれません。それほど『森下洋子』という存在は大きいと思います。 彼女も人間ですから、永久に踊りつづけるわけにはいきません。もちろんまだしばらくは発展をつづけるでしょうが、今回松山バレエ団の団長に就任されましたし、『踊る』以外の仕事はほかにも増えてくると思います。時代も違いますから、総合的な意味での『第二の森下洋子』はもう生まれないかもしれません。しかし少なくともバレエに対する姿勢については、それを継ぐダンサーがたくさん生まれて欲しいし、ぜひその育成に力をそそいで欲しいと思います。 |
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