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ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.2ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ「歌川国芳展」

 さらに驚いたのは、今回展示されていた作品150点以上が、アメリカ人であるアーサー・R.ミラー氏ひとりのコレクションであるということ。私はこれまで、ダンスを含めて西洋文化にばかり関心をもってきてしまったのだが、今回西洋人の日本文化に対する興味という逆のベクトルを間近に見て、改めて色々と考えさせられるところが多かった。西洋の古典芸術であるバレエをやっている日本人は数え切れないほどいるが、日本舞踊をやっている西洋人というのはなかなかいないだろう。英語で小説を読める日本人は沢山いても、日本語で、日本文学を読める西洋の人間の数はまだまだ少ない。こちらの図書館でも、中国に関する本に比べたら日本関連の本の数は本のごくわずかであり、英語に翻訳された本の数も比にならない。それでも、日本文化はそのアクセスの難しさゆえにより神話化されてしまうという点も含め、その比類ない独創性と神秘性でもって、常に多くの西洋の人々を惹きつけてきたのだ。
 国芳の作品は、役者絵、武者絵、名所絵、美人画といった浮世絵でおなじみのテーマの他に、「寄せ絵」というパズルのような絵や、動物を擬人化した戯画など、ユーモア溢れる作品が沢山あり、まるで漫画を見ているようだった。中でも印象に残ったのが、『相馬の古内裏』。大きな骸骨の絵がものすごい迫力で、これまで私が持っていた浮世絵の概念が180度変わった。『宮本武蔵の鯨退治』は、私が思い描く鯨像とは全く異なる鯨だったが、その構図のダイナミックさ、波と鯨の大胆かつ洗練されたデザインに思わず目を奪われた。『源頼光公館土蜘蛛妖怪図』は幕府を皮肉った大胆な諷刺画で、グロテスクな妖怪が描かれており、『ガリヴァー旅行記』や『パンチ』などで諷刺に歴史ある英国人も、これには度肝を抜かれたに違いない。猫やねずみ、蛇や海老、蛸といった動物の描き方も、とてもリアルなのに遊び心に溢れていて印象的だった。
 ちなみに、KUNIYOSHI展は特別展示だったので入場料がかかったが、ロンドンの美術館の常設展示はほとんどが無料である。私が英国で好きなのはこういうところで、市民が気軽にアートを楽しめる環境が整っているという面では、英国はかなり発展している(その代わり交通や食などの面では、まだまだ発展途上である)。好きな作品があれば、美術館の前を通りかかった時にその作品だけ鑑賞して帰る、なんていう贅沢な鑑賞の仕方もできるし、少し時間がある時に、美術館内のベンチで絵を鑑賞しながら休憩することもできる。忙しいロンドンでの生活、ちょっとした時間に美術館を取り入れると、ずいぶんと心豊かになる気がする。

實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。