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ニュース・コラム

ロンドン在住・實川絢子の連載コラム「ロンドン ダンスのある風景」

ロンドン ダンスのある風景

Vol.2英国ロイヤル・バレエ団「ニュー・ワークス・イン・ザ・インバリー」

 
 前回紹介した、ロイヤル・オペラハウス内のLinbury Studio Theatreで、新作の発表をするというので足を運んでみることにした。プログラム内容は劇場に着くまで全くわからなかったのだが、振付家クリストファー・ハンプソンの新作と、バレエ団プリンシパルのヨハン・コボーをはじめとする現役団員による6作品が上演され、キャスティングも大劇場の公演に劣らず豪華だったので、なかなか観応えのある公演となった。英国ダンス界の寵児と呼ばれるウェイン・マクレガーがロイヤル・バレエ団のレジデント・コレオグラファーになってから、現役ダンサーによる振付の試みが発表される機会が格段に増えたが、そうやって内部で振付家を育てていくこと自体が、ロイヤル・バレエ団の、ひいては英国ダンス界の貴重な財産になっていくのだと思う。
 
   
 7作品のうち、振付として最も印象に残ったのが、現在ロイヤル・バレエ団のファースト・アーティストとして活躍中のジョナサン・ワトキンスによる「Now」。アレクサンダー・バラネスク作曲「No Time Before Time」のチェロの躍動感あふれる音に合わせ、シンプルなレオタードに身を包んだ7人のダンサーが感情豊かに踊った。それぞれのダンサーがまるでバラバラの動きをしているのに、全体としてひとつの大きなうねりとなって舞台全体を不思議な高揚感で満たした。ワトキンスはこの作品に寄せて、「人は常に、過去を思い出しては懐かしみ、未来に不安を覚えてプレッシャーを感じながら生きている。そんなことばかり考えいるから、一瞬一瞬を楽しんで今を精一杯生きることのほうが、ずっと難しくなってしまっている」(プログラムより、實川訳)とコメントしているが、刻々と刻まれていく時の中で、止まらずに舞台で踊り続けるダンサーの存在そのものが、我々観客に今この時の意味を問いかけているようだった。後になって知ったが、来シーズンに初めて、ワトキンスの新作が大劇場で上演されることになったそうだ。内外で高い評価を受けているワトキンスの今後の活躍に、私も注目していきたいと思う。
 また、観客の反応が一際よかったのが、ヨハン・コボー振付の「Les Lutins」。1人の女性(アリーナ・コジョカル)をめぐって、2人の男性(スティーブン・マックレーとセルゲイ・ポルーニン)がこれでもかと技を繰り広げて競い合うが、結局彼女は舞台上で演奏するハンサムなヴァイオリニスト(チャーリー・シーム)に恋してしまうという、コミカルな筋書きの小作品。シームによるヘンリク・ヴィエニャフスキ作曲「奇想曲」の情熱的な演奏とその驚異的技巧に、文字通り挑むようにして2人のダンサーが繰り出すブルノンヴィル風のアレグロのステップが圧巻だった。現在若手ダンサーの中で注目を集めているポルーニンは、今年の1月にバヤデールに主演した時は、その成熟した踊りにまだ19歳とはとても信じられなかったが、今回は茶目っ気たっぷりに踊る姿が若々しく、また、ポルーニンと技を競い合ったマックレーの身体能力にも目を見張るものがあった。首の怪我で最近まで長く舞台から遠ざかっていたコジョカルも、3人の男性の間で揺れ動くさまを少女のように愛らしく表現し、彼女の踊りを心待ちにしていたファンを喜ばせていた。
 他にも、ロイヤル・バレエスクールの振付教師であった、故ノーマン・モリスに捧げられた作品で、老いたバレエ教師をコボー、若い男子生徒をポルーニンが演じた「Dear Norman」の他、ケネディ大統領、オバマ大統領の演説に振付けられた「Yes we did」など、チャレンジングな小作品も上演された。一夜の締め括りに上演されたのは、2005年にバレエ団に入団したばかりのLiam Scarlettが振付た「Consolations and Liebestraum」。タイトルにあるリストの叙情的な音楽に載せて、3組の男女のそれぞれの愛の形を描いた。中でも恋人との別れを演じたプリンシパルのタマラ・ロホの演技が素晴らしく、18分間という短い時間の中でさまざまな感情を喚起させてみせた。

實川絢子
實川絢子
東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。現在、翻訳・編集業の傍ら、ライターとして執筆活動を行っている。