王子役といえばこの人といわれるほど、逸見智彦は日本では数少ないノーブル・ダンサーだ。
気品ある踊りと相手役を大切にする優れたパートナリングは、常に高く評価されてきた。
率直な彼の話には、穏やかで温かみのある人柄がそのままにじみ出ている。
Interview,Text : 林 愛子 Aiko Hayashi
Photo : 長谷川香子 Kyoko Hasegawa
逸見さんは、ベテランなのにお若いからそう見えませんね。
もう、年は大ベテランですよ(笑)。
牧阿佐美バレヱ団でのデビューは「三銃士」のアラミス役、そのあと「くるみ割り人形」の王子を踊って。
自分では「ラ・フィーユ・マル・ガルデ」の、村の青年コーラスのほうが好きかもしれません。
やっぱり王子は地じゃないですから。「くるみ割り人形」の場合はクララの夢の中の王子だから王子像としてはつくりやすい、というか踊りやすかったというのはありますね。「白鳥の湖」とか「ジゼル」とか”眠り”の王子とは違って。
逸見さんの師でもある今村博明先生や三谷恭三先生が、王子であり続けるのはほんとに大変だと以前におっしゃっていました。
スキがあっちゃいけないですからね、王子をやっている時っていうのは。ふだんの生活からそうやっていたらおかしな人に見えるかもしれないけど(笑)、王子らしくっていうのは、歩き方、振る舞い方ですよね。踊っている時は決められたパとか動きがあるけど、舞台で何もしていない時こそいかに王子に見えるかが大事かなと思う。つまりたたずまいとか。
振付家のテリー・ウェストモーランド氏が王子は振りむき方ひとつでも他の役とは違う、と。
それを一から教わったと今村先生が言ってらしたことがありました。そういう意味では逸見さんは、先輩にもあたる今村、三谷の両先生がいらっしゃるから。
そうですね、ラッキーだと思います。先輩を見て、勉強して、役をイメージしやすい。自分の中の王子のイメージは先生方の影響を受けています。外国のダンサーの方も見ていますけど、ロシア系だと若々しく見えるし、英国のウェストモーランド版だとどこか重厚な感じで。新国立劇場で初めて「白鳥の湖」の王子をやった時は、意識して若々しくやった。道化がいたりして、雰囲気が違うので。うぶな王子が若々しく明るい感じで、だんだん成長していくっていうところは気をつけましたけど。ただ、牧阿佐美バレヱ団でやる時にはウェストモーランド版だから、あんまりそれをやると浮いちゃうんですね。同じ”白鳥湖”の王子でも少し違う。
逸見智彦(牧阿佐美バレヱ団「白鳥の湖」より)
撮影:鹿摩隆司
「白鳥の湖」は王子の成長の物語でもあるんですね。
僕はウェストモーランド版の4幕仕立ての悲劇が一番好きなんです。昔、牧バレヱ団でまだ役がそんなにつかない頃、男性陣は3幕で出番が終わっちゃうんで、女性陣のために舞台のそでで片付けをするために待機しているんです。その第4幕の音楽を聞きながら、舞台を見られなくても曲だけで盛り上がってくるのが感じられるんですね。
王子がオデットを探しに来て見つけて、ごめんなさいと許しを請うところですね。
そうです。自分では悲劇のほうがいいと思っていたんですが、新国立劇場へ行ったら、悪魔をワーッとやっつけてハッピーエンドになるんでびっくりしました(笑)。
同じ王子役でも違う解釈、演出版に出るという経験をできる人はあまりいませんね。
それはありがたいことだと思います。
逸見智彦
Tomohiko Henmi
●出身地/東京都
●出身スクール
川口ゆり子バレエスクール
第14期AMステューデンツ、橘バレヱ学校卒業
●おもな出演作品
牧阿佐美バレヱ団
「白鳥の湖」ジークフリード王子、「眠れる森の美女」フロリモンド王子
「くるみ割り人形」王子、「ドン・キホーテ」バジル、「ジゼル」アルブレヒト、
「ライモンダ」ジャン・ド・ブリエンヌ、「ロメオとジュリエット」ロメオ、
R.プティ「ノートルダム・ド・パリ」 カジモド、
F.アシュトン「リーズの結婚 ~ラ・フィーユ・マル・ガルテ~」 コーラス、
「三銃士」ダルタニヤン、「ア・ビアント」リヤム
など主演
R.プティ「デューク・エリントン・バレエ」、
R.プティ「ピンク・フロイド・バレエ」、G.バランシン「セレナーデ」
など多数の作品でソリストとして出演
新国立劇場バレエ団
牧阿佐美振付「ラ・バヤデール」主演 ソロル役
F.アシュトン「シンデレラ」王子役ほか多数主演
●その他おもな経歴
東京新聞全国舞踊コンクール・シニアの部第2位('90)
第32回橘秋子賞優秀賞('06)
第24回服部智恵子賞('08)
舞踊評論家 横浜市出身。早稲田大学卒業後、コピーライター、プランナーとして各種広告制作に関わる。そのかたわら大好きな劇場通いをし、'80年代から新聞、雑誌、舞踊専門誌、音楽専門誌などにインタビュー、解説、批評などを寄稿している。
ステージフォトグラファー 東京都出身。海外旅行会社勤務の後、舞台写真の道を志す。(株)ビデオ、(株)エー・アイを経て現在フリー。学生時代に出会ったフラメンコに魅了され現在も追い続けている。写真展「FLAMENCO曽根崎心中~聖地に捧げる」(アエラに特集記事)他。
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