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カバーストーリー

ダンスの世界で活躍するアーティスト達のフォト&インタビュー「Garden」をお届けします。

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津村禮次郎 Garden vol.21

津村禮次郎 大切なのは確固たる技術と豊かな内面性

相手の心を包み込むような温かい眼差し、説得力をもった響く声。年齢、踊り、芝居、音楽のあらゆる垣根を超え、文字通り八面六臂の活躍を続ける津村禮次郎氏は舞台芸術を牽引し続ける。
津村氏が語るダンス、能、師匠との出会いには、すべての表現者へのメッセージがこめられている。

能の世界とのコラボレーション

舞踊も近年は、さまざまなジャンルの方によるコラボレーションが盛んに行われていますが、津村さんのように、お能の世界から参加されている方はなかなかいらっしゃらないですね。

客演で能をやられたりしても、作品全体に関わるってことはあまりないですね。

秋に初演された新国立劇場の「パゴダの王子」でも、津村先生のご出演を楽しみにしていた舞台ファンは多かったと思います。

あれは5月でしたか、アイデアの段階で芸術監督のビントレーさんにお会いし、部分的なリハーサルをしました。結局、本格的には8月の後半から2ヶ月ほどで2時間の作品をつくることになって、音楽とのなじみの問題もあり、なによりも練り上げていく時間がなくなってしまいました。
それで記者会見の翌日ですが、稽古が始まってまもなく、ビントレーさんと話し合いがあり、私から降りますと言わせていただいたんです。でも、「和」の作品だからとアドバイザーとして参加するように要請されたので、振付でも立ち回りのシーンなど長刀なぎなたの使いをアレンジしたり。着物姿で酔っ払う退廃的なシーンでは、ダンサーたちが衣裳をきちんとしていて酔っ払っているふうに見えないんです(笑)。
それで片袖を脱いででしどけなくするにはどうするか、そういう細かいところまで指導しました。

それはダンサーにとっても、たいへん貴重な経験だったと思います。

ビントレーさんからは、演出上、作品全体の流れのなかで遠慮なくなんでも言ってほしいということでしたので。打ち上げではダンサーのみんなも喜んでくれました。

津村禮次郎が現れると空気が変わった舞台「トキ」

ARCHITANZ 2011
スタジオアーキタンツ
10周年記念公演より
 

11月には、スタジオアーキタンツの10周年記念公演で「トキ」を拝見させていただきました。
先生が中央にスーッと進み出たり、横に移動したとたんに空気がパッと変わって。本来、そういう空気が舞台から客席に伝わるには劇場の大きさに関係して、限りがあります。
私は客席の後ろのほうに座っていたんですが、迫ってくるような力を感じました。それは何十年と能舞台に立っていらっしゃる津村先生の強烈な存在感、オーラのなせるわざだと思いました。

能は、照明にたよらないで身体だけで表現しなきゃいけないから、今まで習得したものが身についているのかな。少しは違ってくるのでしょうか(笑)。

「トキ」は以前に津村さんがトキの再生を願って発表された創作ですが、これをもとに今回は小尻健太さんが再構築したとのこと。それは、幻想的で味わいのある舞台になっていました。先生はお能の声と面を使っていらして、なんとも言いがたい不思議な時間が流れていました。

僕は楽しみながらやれました。小尻健太君が僕の作品をよく勉強して、能の「トキ」は佐渡で初演したので、彼も一人で佐渡に行って見たりしたようです。7月くらいから作っていますから作品がだんだん変わってくるんですね。
もともと僕は佐渡の村人みたいな役でしたが、最終的には能楽師という役で次第に抽象化された存在になりました。で、ああいうからみを、パ・ド・ドゥを(笑)。

あの酒井はなさんとのパ・ド・ドゥも本当に素敵で。客席も楽しんでいました。
先生はいろいろなステップで踊って、パ・ド・ブーレまでしていらした。

パ・ド・ブーレは能では「流れ足」といって、妖精を表したり、水の上を流れる、霊的な存在を表現したりするんです。はなさんとは前に「ひかり―肖像」で共演して何回も踊っています。彼女は”ため”がきくんですね、私たち能役者はリズムをカウントしてパッと出られない。パッ、のあとにがある。
間の取り方が重いんですね。彼女はそういうことも包み込んで、バランスもしっかりしていますね。

コラボレーションを具体的にうかがいますと、「トキ」の場合はミーティングを重ねていって、ここはこうしようという風に作っていったのですか?

パーツごとの場合もありますし、全部最初から出来てくることもあります。小尻君の場合には無に近いところから始まって、パーツから始めて作品のコンセプトを作りあげていく。森山開次君もこれまで一緒に舞台やってきましたが、彼は最初から自分で図面書いて全部出来ていて、稽古を始める時にプレゼンができるんですね。ただそれは途中でどんどん変わる。そこに僕がアイデアを出したり、やるだけのことはやって中盤から消していくというやり方ですね。最終的には音も削りながら何回かやって作り上げて行く。
今回の「トキ」ではパーツを作りながら話し合いをしながら、踊りをつくっていきました。はなさんとのパ・ド・ドゥも、やってみましょうか、と。僕がはなさんをしっかりホールドしちゃうもんで、そんな握らないでとか(笑)。
能の所作のように腕を出すと、そこにはなさんがバレエの身体で動いてきてぴったりと決まる。僕の能の要素と交わる。まさにそんな感じでした。
大いに勉強になりましたし、夢が叶いましたね。

 

うかがっていると、そういうやりとりがとても楽しそうですね。

同じ舞台に立ったらアーティストとしてイーブンだし、同じ経験値からものを言います。
だから、自分の直属の先生のことは先生と呼びますけど、津村さんとか禮次郎さんと呼ばれるほうがうれしいですね。

津村禮次郎

津村禮次郎 Reijiro Tsumura 観世流緑泉会代表 重要無形文化財(能楽総合)保持者 社団法人日本能楽会・社団法人能楽協会会員
二松学舎大学文学部特任教授
一橋大学社会学部講師(2009)
1942年福岡県北九州市に生まれる。
1964年一橋大学経済学部卒業。
1969年同社会学部卒業。
在学中に女流能楽師の草分津村紀三子に師事。
卒業と同時に能楽師の道を志し先代観世喜之に師事。
1974年津村紀三子死去により緑泉会を継承する。
1963年能「花月」初シテ。
1971年能「道成寺」初演。
91年文化庁により重要無形文化財(能楽総合)保持者に認定される。
年4回の緑泉会定例公演(喜多能楽堂)のほか、79年小金井薪能を作家林望氏等と設立、本年28回を迎える(8月20日 都立小金井公園内)。

 
林 愛子 (インタビュー、文)
舞踊評論家 横浜市出身。早稲田大学卒業後、コピーライター、プランナーとして各種広告制作に関わる。そのかたわら大好きな劇場通いをし、'80年代から新聞、雑誌、舞踊専門誌、音楽専門誌などにインタビュー、解説、批評などを寄稿している。
長谷川香子 (フォトグラファー)
ステージフォトグラファー 日本写真芸術専門学校 広告・肖像科卒業後株式会社エー・アイに入社。飯島篤氏のもとで舞台写真を学ぶ。幼少時より習っていたクラシックバレエを中心にコンテンポラリー等多くの公演の撮影を経験。現在フリーで活躍中。