(2014.7.15 update)
親しみやすい物語バレエからエッジのきいたコンテンポラリーまで、鈴木稔氏の作品づくりは驚くほど幅広い。スター・ダンサーズバレエ団のバレエ・マスターとして若手の育成にも力を注ぐ鈴木氏のスタートはまずダンサーだった。その例にもれず素顔は少年のように若く、感性にあふれる語り口はみずみずしく快活だ。
Interview,Text : 林 愛子 Aiko Hayashi
鈴木版「くるみ割り人形」の誕生
2012年にバレエ団が初演した鈴木稔版「くるみ割り人形」もこれまでになかった演出と振付で話題になりました。どのようなきっかけでこれを作ることになったのですか。
僕はかなりアバンギャルドでマニアックなものを作るのも大好きで、そちら側の作品に高い評価を与えてくださる方々もいらっしゃる。ちょっと乱暴な言い方ですが例えるなら「左手側」の作品。しかしそれらはごく限られた範囲で、幅広い観客層に見ていただくというのは少々無理がある。そこまで専門的な知識を必要としない作品、例えば一般的なグランドバレエにしてもこの域を出ない場合があります。バレエ団が近年はじめた「小中学校や養護施設などでバレエを見てもらう」という文化庁からの委託公演をするようになって、それをより強く感じました。大都市からちょっと離れた環境にあるそれらの場所で「バレエを生で見た事がある人は居ますか?」と聞いても、大して手は挙げてもらえない。
それは地方で?
東京でもあまり状況は変わらない。子どもたちが一生のうち何回バレエを見るかわからないけど、バレエの楽しいところ、見やすいところを凝縮した分かりやすいバレエを作ろうと。バレエを身近に親しんでもらうために、例えば生のオーケストラのコンサートで、小さなスペース、短い時間で全幕バレエを見てもらうとか。学校での公演も含めてこちらは「右手側」の作品と言えるかと。
「ドラゴンクエスト」や「シンデレラ」のようなエンターテイメント性のある作品ですね。
はい。スターダンサーズ・バレエ団は大きな規模ではないし、「ドン・キホーテ」や「白鳥の湖」の全幕をやることを望んで発足したバレエ団でもないので、あるていどコンパクトでなおかつ楽しんでもらうことを念頭において、僕のなかで先ほどの右と左、両方で刺激しあってまず「シンデレラ」をつくってみた。そして次は、となった時に、クリスマスには欧米では各バレエ団が“くるみ”をやりますね、それでどうせやるなら、「くるみ割り人形」を、と。でも“くるみ”はいろいろ突っ込みどころが満載なんですよね。
そうですね(笑)、一番突っ込めるかも。
掘り下げていけばいくほどわけがわからなくなる(笑)。バレエの原作のおどろおどろしいところからスタートして、やれコッペリアの砂男とか、ホフマン物語のいわば錬金術の時代、科学と魔法の端境期みたいなところから、無から有が出てくるという背景がある。でもバレエでは、なぜお菓子の国に行くだろう、と。
いわゆる古典の“くるみ”では、1幕と2幕がまったく違ってしまうという流れですね。
バレエ団はピーター・ライト版の「くるみ割り人形」も上演させていただきましたし、僕もそこからたくさん勉強させてもらいました。しかし西洋ではやはりクリスマスは特別な行事で、彼らの宗教感とも密接している。いわゆる古典は僕ら日本人からすると違和感とまではいかなくても、なんだか不思議な感じがする事がある。流れが違うなと感じても、あまりつっこまない方が良いのかなということもある。同じピーター・ライト版「ジゼル」もバレエ団のレパートリーですが、その中で母親ベルタはおそらくジゼルと同じように貴族にだまされて娘を生んだのであろう、だからアルブレヒトに対してはジゼルの父親と同じ匂いがあるので彼を警戒する、という解釈と演出があります。これによってストーリーがとても骨太になる。バレエにとって必然が一番大切なことではありませんが、観客に分かりやすく親しみやすくと考えると、こんなふうに改訂演出してみるのも良いのかと思います。
振付家は水槽に水を張るだけ、ダンサーはそこで泳げばいい
鈴木版では、まずクリスマスの市が立つ広場が舞台で、クララの夢では、彼女がドロッセルマイヤーの持っている人形芝居の小屋に忍び込む。雪片の踊りもコンテンポラリー風で。スターダンサーズ・バレエ団らしい独自性を打ち出して、ダンサーたちの資質がとても生かされていました。
もともとスターダンサーズバレエ団は上演作品に対して、適材のダンサー達をバレエ団の内外を問わず出演させるというスタイルでした。ここ20年はバレエ団所属のダンサーたちも育ち、僕の作品も多くなってきました。作品に人を当てはめるだけではなく、人材を生かした作品も作れるようになりました。例えば「ドラクエ」もそうです。先ほどの「左手側」の作品に強いダンサーたちも居て、だからくるみの雪片の踊りもああいう踊りになりました。また新しいダンサーたちが増えてきましたので次回作にも影響があると思います。
それは楽しみですね。「ドラクエ」の初演は西島千博さんの主役で拝見しました。これは再演が重ねられていますが、そこではまた違うダンサーがまた命を吹き込む。
そうですね。だから新しいキャストになって作品の感じがずいぶん違うなと思われることもあるでしょう。「私はこの役をこう踊る!」というダンサー。これがなきゃダメですよね。しかしダンサーはあくまで作品の中でのみ生かされるんです。バランシンの言葉ですが、自分は水槽を作って水を張る、君たちダンサーはその中で自由に泳げば良い、でも水槽から飛び出したら死んでしまうよ、と。実はこのやり取りが一番楽しい。振付家の醍醐味ですね。
鈴木稔 Minoru Suzuki
1958年 | 東京生まれ。 |
1977年 | 小林紀子バレエ・シアターに入団。 |
1983年 | 渡米。ニューヨークのチェンバー・バレエ団に入団。翌年コロラド・バレエに移籍し、多くの公演に参加。 |
1986年 | 帰国。 帰国後は、多くのバレエ団に客演するかたわら、振付家としても盛んな活動を展開。 |
1993年 | スターダンサーズ・バレエ団入団、バレエ マスターに就任。 |
1999年 | 文化庁在外研修員としてウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルト・バレエ団にて研鑽を積む。 |
2000年 | 帰国。 |
また、NHKニュイヤーオペラコンサート、日本フィル夏休みコンサート、藤原歌劇団オペラ公演などのバレエシーンの振付も手がけている。近年では、日比野克彦、ひびのこずえなどのアーティストとのコラボレーションにも、積極的に取り組んでいる。 日本バレエ協会振付奨励賞、音楽舞踊新聞村松賞、芸術選奨文部大臣新人賞など多くの賞を受賞している。
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