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(2016.9.23 update)

冨田実里 Garden vol.30

早くから将来を嘱望されていた冨田実里。
昨年、英国イングリッシュ・ナショナル・バレエで「ロミオとジュリエット」「くるみ割り人形」を指揮して英国デビューを果たしたことは、私たちにとって大きな快挙となった。

Interview,Text : 林 愛子 Aiko Hayashi

 

原点は「ドン・キホーテ」と「シンデレラ」

ダンサーという仕事についてはどう思いますか?

印象に残っている方々は大勢いますね。自分を常に磨き続けること、その努力を重ねている方々と一緒に仕事をしていると、私も頑張らなくてはと思います。それから、たとえば地方のバレエの大きな発表会で地元のオケと共演する場合でも、なかなか手足の伸びないお子さんたちを教えている先生方って素晴らしいと思います。

2014年、山梨の若尾バレエの「シンデレラ」では山梨交響楽団で振っていらっしゃいましたね。振付は石井竜一氏で。

あれは心が温まる公演でした。プロコフィエフの全幕バレエですから、山梨交響楽団とは何回もリハーサルに通いました。若尾バレエの先生や石井竜一先生は小さいお子さんたちをていねいに指導して、ほんとうに愛情を注いでいらした。その前の13年には日本バレエ協会神奈川ブロックで「ドン・キホーテ」を振りました。これは石井先生の師である横瀬三郎先生の演出・振付ですが、私にとってバレエを初めて指揮した本番でした。「シンデレラ」とあわせてまさに私の原点なんです。

音楽ファンとバレエファンの架け橋になれれば

指揮者として、本番に向けて心がけていることはありますか?

とにかく作品を知ることですね。物語の内容や楽譜をよく読むこと。これは私の師匠の湯浅勇治先生がおっしゃったことなんですが、古いものから勉強しなさい、と。その作品ができた歴史や、どういう背景やどういう風習があるか、名作は古いものから新しいものが創られた結果ですから、そこでは何が革新的なのか考え方がどういうふうに変遷したか、古いものから順番に見ていくとわかるよと言われたことが、私はすごく心に残っているんですね。
たとえばチャイコフスキーにしても、彼がバレエを書いた経緯や、彼が音楽史の中でどういう位置づけでどういう作曲をしてきたかを知ることは大切だと思います。プティパとチャイコフスキーが「眠り」をつくった時、音楽と振付の関係について細かく手紙のやり取りをしています。王様が登場する場面には変ホ長調という調性が使われていますが、変ホ長調を見ていくと、その前にベートーヴェンの「皇帝」や「英雄」という曲があって、それは威厳を示す調なんです。そのことをわかってチャイコフスキーはこの場面に変ホ長調を選んでいる。こういう経緯を知れば、それは演奏する時に大きく活かせる事だと思うんです。
そうして音楽家としてのアプローチの方向が見えたら、次に振付家がどういうやり方で振付けたかを考えます。その振付も過去から見ていくと、長いものだったのが時代に合わせてだんだん変わっていったとか、今はこういう流れでやってきている、とか。あとは稽古場に行って、ダンサーの稽古の仕方、踊り方の癖などを見ます。ピアノで弾けてリハーサルができたら最高なんですけど。

 

なかなかそうもいかない場合もあるでしょうね。

そうですね、新国ではピアノを弾いていますが、皆さんが踊れる方々なので音楽をだいじにしてついてきてくれます。今日はこう弾いてみたらどうなるだろうとやってみる時もあります。
もちろん相手の状況を見ながら。音楽と舞踊が合う、呼吸が合うということはタイムで測れるものではなくて、緊張すればダンサーも音楽家も心拍数が上がるし、その時その時の出会いなんですね。お互いに自由に掛け合いができる関係がつくれたら、今日の本番を楽しみに臨むことができる。
そういうふうになれるのが一番おもしろいですよね。

 

これから振りたい作品は?

ずっと「ロミオとジュリエット」をやりたかったから夢がかなってうれしかったです。あとはもちろんチャイコフスキーの三大バレエはやりたいですね。堤先生の下振りは何度も経験しましたけど「眠れる森の美女」の本番をまだ振ったことがありません。それからバレエ・リュスの作品は興味がありますね。コンサートでよく演奏されていますが、舞台でなかなか見られないのでそこに立ち会えたらいいなと思います。
新国では「火の鳥」をやりましたが、私は音楽ファンがもうちょっとバレエを見てくれたらと思うことがあります。それがこれから自分のやりたいことにもつながるので、そういう架け橋になれたらいいな、と。逆にバレエファンの方にも音楽についてもっと知ってほしいと思います。

本当におっしゃる通り。今日は音楽がさらに身近になるお話をありがとうございます。最後に今後の予定について教えていただけますか?

来年、新国が富山オーバード・ホールとびわ湖ホールで上演する「シンデレラ」、NBAバレエ団の「ロミオとジュリエット」があります。それからENBからも呼んでいただいています。ENBが日本人に好感をもっているのは、それまでの日本人がきちんとやってきたおかげなんですね。多国籍の人たちのバレエ団ですが、ありがとう、と日本語で言ってくれたり、とてもフレンドリーなんです。前人が築いてきた信頼関係に恥じないようにしなければいけないと思っています。

こだわりの品


私はこだわりがあまりないので、ほんとにつまらない人間なんですけれど(笑)。楽譜に書き込みをするのにちょうどいいよ、と私の先生(湯浅勇治先生)が勧めてくださったのが3Bの鉛筆なんです。2Bでもなく4Bでもなく3B。実は今回これしか浮かばなかったんです。濃すぎず堅すぎずというので、よく使うようになりました。今ではすっかり愛用して、持ち歩いています。

 
林 愛子 (インタビュー、文)
舞踊評論家 横浜市出身。早稲田大学卒業後、コピーライター、プランナーとして各種広告制作に関わる。そのかたわら大好きな劇場通いをし、'80年代から新聞、雑誌、舞踊専門誌、音楽専門誌などにインタビュー、解説、批評などを寄稿している。