(2017.7.14 update)
平多正於舞踊研究所を率いている平多実千子氏は、持ち前の明るさとエネルギーでいつも人を惹きつける。
今年70周年を迎えた研究所の記念公演を控えた忙しさの中、語ってくれたエピソードの数々をご紹介する。
Interview,Text : 林 愛子 Aiko Hayashi
「エーデルワイスのうた」での体験
つまり皆さん、師匠なんですね。
そうなんです、有賀二郎先生は愛情をこめて、舞台を贅沢なヤオヤにし、地がすりの美しい舞台空間は保存してあって、今回の70周年記念の公演でも使うことにしました。
実はあの時の「エーデルワイスのうた」の舞台では特別な経験がありました。オーケストラの生演奏、サウンド・オブ・ミュージックの音楽を小川寛興先生が舞踊曲にして下さいました。ドレミの歌のシーンで、私は踊っているのですがフッと踊っている自分が客席にいるのです。自分はどんどん踊っている、そして次の瞬間、客席が全部自分に集中しているのを感じたんです。今、思い出しても鳥肌が立ちます。なんともいえない経験で。
客席と舞台とが交信していたんですね。客席にいる自分とここで踊っている自分がいる、という。やっぱり劇場には魔力があるんですね。
ありますねぇ。身体は訓練しているからどんどん踊っている。その踊りが終わって、そのあと自分のソロがあるのです。お稽古場では、そこのイメージがどうしてもつかめなかった。ただ歩いてそこに行っている感じで。ところが本番では、拍手があり、子供たちを見送ってこの何歩でもない、時間にしたら何十秒の間にほんとうに幸せだっていう気持がわきあがり、ああこれだ、この気持だったんだということがわかってそのあとを続けて踊ることができました。私にとって「エーデルワイスのうた」は宝なんです。今、話をしていてよくわかりました。
忘れたくない、忘れないでほしい
その日の観客の皆さんは幸せな劇場体験をされたのですね。ところで、昨夏の現代舞踊展で発表された「あの日から」は詩情があっていろいろなこと想起させる作品でした。あれはどうやって生まれたのですか?
東北の3・11、平多浩子先生は、夏に会場を変更されながらも発表会を開催されました。発表会時には、いつもの方々がいつものように迎えてくださった。でも生徒さんのなかにはご両親を失くされた方もいらっしゃり、沿岸部はまだひどいと聞きました。世の中には怖いこと悲しいことが一杯あってもだんだん風化していってしまう。忘れたくない、忘れないでほしいという気持。幼稚園生から小学6年までの子供たちに聞きました。「8月6日と9日は何の日か知ってる?」「知らなーい」というので原爆の話をして、平和宣言の言葉の使用を広島の教育委員会に許可をもらって作品をつくりました。
9.11は在外研修でいたニューヨークでの出来事。関係された方はずっと忘れられないでいる。舞踊家として何かしたいと思いますが、すぐにはできなくて。時間がたって自分の気持が整理できてくると、やっぱりつくりたい。チャンスをいただけて発信できて、見ていただいた1人でも共鳴し忘れないと言ってくれる人がいたならば、幸せです。
子供たちと一緒
一方で、冨田奈保子さんみたいな素敵なダンサーも育てていらっしゃる。
今度、冨田が主役を踊ります。時には少数精鋭の舞台をつくりたいといって生まれたのが「エーデルワイスのうた」でした。内容は家族的な温かいものです。私にとっても思い出の作品です。思い切って生オーケストラの演奏で上演します。冨田の娘役にご期待下さい。
平多一門をまとめていかれるご苦労もおありだったかと。
平多舞踊を愛する多くの方々のご協力のお陰です。みんなに助けてもらっています。今は、子供たちと一緒にレッスンしている時が幸せです。
39年前に師匠である平多正於から写真のアルバムをいただきました。そこに師匠の言葉がつづってある手紙が入っています。時々、思い出しては手にとって読んだりして、私にとって力になっています。そしてこのインタビューで改めて気づいたのは、喜びと発見と驚きに満ちた経験をもたらしてくれた平多正於演出・振付による「エーデルワイスのうた」の舞台が大きな宝物であったということでした。
舞踊評論家 横浜市出身。早稲田大学卒業後、コピーライター、プランナーとして各種広告制作に関わる。そのかたわら大好きな劇場通いをし、'80年代から新聞、雑誌、舞踊専門誌、音楽専門誌などにインタビュー、解説、批評などを寄稿している。
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